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エピソード6 ゲームオーバー

 魔王城の裏口から入り、階段を上って魔王のいる間へと向かう。
 いつもの通り、そこにモンスターの姿は一匹たりとていない。当然だ。だってこれはエリーの罠なのだから。その邪魔にならぬよう、人払い(モンスター払い?)をしたのだから。
「モンスターの姿がありませんね」
「ああ、これなら魔王のところまで一直線だな!」
「いや、逆に怪しめよ。で、何でエリーはこんな裏道知ってんだよ?」
「私はここから逃げて来たのよ? 裏道くらい知っていて当然でしょ」
「さすがエリーさん」
「頼りになるな」
(お前らもエリーの事信用し過ぎだろ)
 エリーの事を信じて疑わない二人に、サクヤは頭を抱える。
 二人が少しでもエリーの事を疑ってくれていたら、少しは勝機があったかもしれないのに。
「着いたわ。この奥が魔王のいる間よ」
 階段を一番上まで上った先。そこにある扉の前で、エリーは足を止める。
 ああ、ここだ。いつもこの扉の先にいる魔王の御前で、自分達は命を落とす。
 今の今まで仲間だと思っていた裏切り者、エリーのその手によって……。
「扉を開けたすぐそこに、魔王がいるハズよ」
「みたいですね。禍々しい気配がします」
「よし、気を引き締めて行こう」
 いよいよ迎える直接対決に、それぞれが気合いを入れ直す。
 そうしてから、エリーは三人の仲間達を振り返った。
「サクヤ、カグラ。突入は二人に任せていい?」
「ああ、もちろんだ。僕とサクヤで突入し、魔王を引き付ける。だからエリーとヒナタは後方支援を頼む。行こう、サク……」
「いや、ちょっと待て」
 張り切って突入しようとするカグラを引き止めてから、サクヤはその鋭い眼差しを改めてエリーへと向け直した。
「お前の作戦に乗ってここまで来たんだ。エリー、お前が最後まで責任を持って突入しろよ」
「え……?」
 どうせ自分達の背後を取って、そこから一気に闇魔法で殺すつもりなのだろう。その証拠に、エリーはサクヤの指示に驚いたように目を見開いている。
 しかしエリーを仲間だと思っているカグラとヒナタには、サクヤの案は到底納得出来るモノではない。
 当然のように、二人は反対の声を上げた。
「サクヤ、それはちょっとどうかと思うんだけど……」
「そうですよ。エリーさんは魔術師です。確かにその魔術は強力ですが、それでも前衛には向きません。ここは剣士であるサクヤさんと、格闘家であるカグラさんで突入し、その後方から魔術師であるエリーさんと、僧侶である私がお二人を支援する。それが良策ではありませんか?」
「どうだろうな。そうすると見せかけて、エリーがその強力な魔法で、オレ達を後ろから殺すかもしれないぜ?」
「サクヤさん、あなたマジいい加減に……」
「おい、エリー。お前がお前自身で証明しろよ。本当に裏切り者じゃないってんだったら、先陣切って突入し、魔王に向かって魔法をぶっ放すくらい出来んだろ」
「……」
 仲間の反対を押し切ってまで自分を突入させようとするサクヤに、エリーは表情を歪めて押し黙る。
 そりゃそうだ。だってサクヤの言葉は真実なのだから。扉の向こうに気を取られ、突入しようとする二人を目掛けて、闇の力を放つつもりなのだから。
「分かった、ならこうしよう」
 そのままエリーの自白を待つつもりだったサクヤであったが、そんな膠着状態の二人に、カグラが割って入る。
 そして困ったような笑みを浮かべながら、とんでもない事を口にした。
「ここは僕が先陣を切って突入する。だからエリーとヒナタは後方支援を、サクヤは殿を務めてくれ」
「はぁっ?」
 このまま待てば、エリーが白状するかもしれないのに!
 それなのにそう言うや否や突入しようとするカグラを、サクヤは慌てて引き止めた。
「バカ! お前、何回死ぬつもりだよ!」
「え? 僕はまだ死んだ事はないけど……?」
「じゃなくて! このまま行くと死ぬんだよ、お前は!」
「心配しなくても、扉の向こうの様子を窺いながら突入するよ。一気に突入したりはしないから安心しろって」
「そうじゃなくって!」
「エリーの事? それならそれはサクヤの勘違いだって、僕が身を持って証明してやるから安心しろよ。それに万が一サクヤの言う通りだったとしても、死ぬのは僕だけだ。だからお前がそんなに不安がる事はない」
「不安にならないわけねぇだろ! お前、死ぬんだぞ!」
「死なないよ。僕はエリーを信じている。だから大丈夫だ」
「おい、カグラ!」
「サクヤさん、お静かに。魔王に気付かれます」
「いや、だからもう気付かれてんだって!」
 柔らかい笑みを最後に、カグラは扉へと向き直る。
 それでもまだカグラを引き止めようとするサクヤをヒナタが押さえ付けた時、遂にエリーの纏う雰囲気が変わった。
(ヤベェ!)
 エリーの表情が無となり、赤と青のオッドアイが、真っ赤な双眼へと変わる。
 扉の向こうの様子を窺っているカグラや、サクヤを押さえ付けているヒナタは気付いていないようだが、これもまたいつものパターンだ。
「させるかよ!」
「きゃっ!」
 自分を押さえ付けていたヒナタを乱暴に突き飛ばし、いつもの闇魔法を放とうとしているエリーを羽交い絞めにして取り押さえる。
 とにかくエリーに魔法を使わせてはいけない。彼女に魔法さえ使わせなければ、こちらにだって勝機はあるのだから。
 しかし、
「そのくらいで、私を止められるとでも思っているの?」
「っ!」
 エリーの無機質な呟きが聞こえたかと思えば、彼女の体から闇の力が溢れ出す。
 しまった、これは取り押さえたくらいじゃ止められない、と察した直後、エリーの体から溢れ出た闇の力が、四方八方に飛び散った。
「ぐあっ!」
「きゃあああっ!」
 突然の事に驚いた二人の悲鳴が聞こえる中、放たれた闇の力に吹き飛ばされ、その身を強く壁に叩き付けられる。
 エリーを羽交い絞めにしていたために、その力をまともに受けてしまったのだろう。これは肋骨と……それから内臓も潰れているな。
(くそっ! 分かっていたのに!)
 いつもの後悔を胸に、状況を確認する。
 エリーの力のよって自分達だけではなく、城の内部も破壊されてしまったのだろう。カグラが様子を窺っていた扉は破壊され、そこには代わりに大穴が開き、中の様子が見えるようになっていた。
(ああ、だから言ったのに!)
 エリーの力に吹き飛ばされる事によってその扉を突き破り、魔王の足元に叩き付けられてしまったのだろう。仰向けに転がるカグラの胸から魔王が剣を引き抜けば、彼女は口からゴボリと血を吐いて、完全に動かなくなってしまった。
(くそ……っ!)
 既に事切れてはいるが、それでも仲間の下に向かおうと、サクヤはよろよろと立ち上がる。
 しかし潰れた内臓を抱えたままでは、歩く事すら困難だったのだろう。彼は仲間の下に辿り着く事なく途中で膝を折ると、そのままうつ伏せに倒れてしまった。
「ふん、滑稽だな」
「だまれ……っ!」
 最早戦える状態ではないサクヤを眺めながら、魔王は嘲るように鼻を鳴らす。
 自分が手を下す必要はないとでも言いたいのだろう。カグラを貫いた剣をサクヤに向ける事なく鞘に戻すその動作が、またサクヤの癪に障った。
「だから言っただろう? どうせ貴様らは死に、この世界は我が手中に堕ちる、と。残された人生、せいぜい楽しめたか?」
「テメェ……っ!」
 そのスカした顔面を殴り付けてやりたいが、潰れた内臓を抱えた状態ではそれもままならない。
 今のサクヤには、憎らしげに男を睨み付ける事くらいしか出来る事がなかった。
「ねぇ、何で私が裏切り者だって分かったの?」
 不意に聞こえて来た声に、サクヤは視線を魔王から移動させる。
 視線を向けた先、そこでは大量の返り血を浴びたエリーが、冷酷な赤目でサクヤを見下ろしていた。
「テメェ、ヒナタをどうしやがった……ッ」
「階段から落ちて、苦しそうだったから。だから止めを刺してあげたのよ」
「ヒナタを殺しやがったのか!」
「何を驚いているの? あなたが言っていた事をやっただけじゃないの」
 そう言い捨てると、エリーは息絶えているカグラには目もくれず、恋人であるリオンへと歩み寄り、そしてその胸にそっとその身を寄せた。
「ただいま、リオン。やっと終わったよ」
「ああ、お帰り、エリー。これでやっと、こうしてキミを手に入れる事が出来る」
 甘えるように顔を埋めるエリーの肩を、リオンは優しく抱き止める。
 そんな彼を見上げて幸せそうに微笑んでから、エリーはその身を離し、改めてサクヤを冷たく見据えた。
「テメェ、やっぱり裏切ってやがったな!」
「やっぱりって何よ。私がリオンと恋仲だって事まで知っていたクセに」
 冷たく光る血色の双眼に、間もなく死を迎えるだろうサクヤの姿が映る。
 体を動かす事すらままならなくなっているサクヤを眺めながら、エリーは最後に彼へと問い掛けた。
「ねぇ、どこで私が裏切り者だと気付いたの? そんなに怪しい行動、取ってなかったと思うけど?」
「はッ、テメェに教えてやる義理はねぇよ」
「そう、それなら別にいいわ。私もあなたに大した興味はないもの」
 そう言い捨てると、エリーはゆっくりとした動作で、サクヤに向かって片手を翻す。
 そこに集まって行く高い魔力。
 ああ、九回目もダメだったか。
「さようなら……サクヤ」
 その言葉を最期に。
 サクヤの意識はそこで途絶えた。

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