第1話 過ちの日
彼女とは順風満帆な日々を送っているつもりだった。...だった。
それは突然訪れたのだった。
–––– 6月12日の放課後 駅前
私立明道高校
ここらへんでは2番目に頭良い高校と呼ばれている。
総生徒数は1,000人と割と一般的な人数であり、偏差値は62ほどである。
そんな学校に通っている俺は放課後、友人と二人で駅前をプラプラと歩いていた。
「あー、暇だ。なんか面白いことねーかなー」と、ぼやいているのは俺の友人である美作慎二《みまさかしんじ》が聞いてくる。
「社会人になると、高校生の頃『あれをやっておけばよかった!』とか、『もっと青春すればよかった!』って思うらしいぜ」
「まぁ、よく聞くな」
「んで、あるスポーツ選手は『今の自分は未来からタイムスリップして来た2度目の人生だと思って、悔いが残らないようにしている』って言ってるの聞いて、はぁ〜って思ったわけよ。だから、俺も後悔が残らない人生を送ろうと思ってる」と、言いながら、ベンチに腰をかける。
俺もそれに合わせて隣に座る。
「こうやって、何をするわけでもなく、駅をプラプラして、ベンチに座り込んでいるのは、慎二にとって後悔が残らない人生なのか?」
「それ言うか?あー。彼女ほしい」
「彼女ねぇ...」
「なー、海斗《かいと》ー。この後どうする?」
「うーん...。どうしよ。ゲーセンとか?久々にUFOキャッチャーでもしちゃう?」
「お、ゲーセンか。いいな。てか、彼女といえば、佳奈《かな》ちゃんと遊んでんの?」
「うん?遊んでるよ。けど、もう付き合って1年過ぎたから、ある程度お互いにフリーみたいなところはあるな」
「へー。余裕が違うな」
そんな話をしていると、まるで運命に引き寄せられるように、佳奈の姿を視認する。
「って、噂をすれば...。あれ?でも今日は家族の予定があるとか言っていたよう...」
言葉を言い切る前に佳奈の横に知らない男がいることに気がつく。
友達?てか、あの制服...。
法言《ほうげん》高校の制服を着ているイケメンと、彼女である佳奈が、楽しそうに恋人繋ぎをしながら歩いている姿が目に入る。
言葉を失うとはまさにこのことだった。
法言高校は偏差値70越えの化け物が集まる高校であり、このあたりで一番頭のいい高校だった。
その上、男はまるでドラマに出てくるかのようなイケメンだった。
「...え?」
「ちょっ、え?あれ佳奈ちゃんだよな?あれ法言の制服だよな...。え?てか、手繋いでるし...」と、慎二も困惑する。
「...悪い。ちょっと行ってくる」
俺は荷物を慎二に預けて走り出した。
困惑、疑念、焦燥、動揺。
そんな感情が入り乱れながらもただひたすらに走った。
追いつくと相手の胸ぐらを掴む。
「俺の彼女に何してんだよ!」と、咄嗟にそんな言葉が出た。
やばい。勢いで胸ぐらを掴んでしまった。
冷静に考えれば俺と佳奈が付き合っていることを知らない可能性、つまり彼も被害者である可能性があるはずなのに、怒りで冷静な判断ができなくなっていた。
男は少しびっくりした表情を見せた後に、不敵に笑う。
「あ〜、君が噂の彼氏くん?佳奈から話は聞いてるよ。最近佳奈ちゃんのこと蔑ろにしてるんだって。...それに」と、見下したように笑いながらそんなことを言う。
いらない心配だったことをすぐに理解した。
「キスもセックスもめちゃくちゃ下手らしいじゃん。そのくせ何回も求めてくるから嫌だって佳奈ちゃん言ってたよ?あー可哀想。俺とした時なんてイキまくって佳奈ちゃんのほうから何回戦も求めてきたのに」と、駅構内で大声で言う。
「...は?何言ってんだよ」と、佳奈の方を見ると下を俯いていた。
すると、ようやくそいつは俺の手を払いのけて、今度は耳元で囁くように言った。
「顔も学力も夜も俺に負けた可哀想なわんちゃんはさっさと消えろ」
そのまま強引に佳奈の手を引いてそいつは去って行った。
「...は?」と、一人でつぶやく。
「待てよ」
足は動かなかった。
すると、自然と涙が溢れる。
いつもは人の目を気にする俺だったが、そんなことも気にせず、その場にへたり込む。
遅れて慎二がやってくる。
「ちょっ、大丈夫かよ!」と、涙を流してへたり込む俺を見て、困惑と恥ずかしさと怒り混じりの声でそんなことを言う。
「...もう...死にたい」
「ちょ、おっけ!おっけ!分かった。とりあえず、とりあえず行くぞ!」と、腕を引っ張られて、タクシー乗り場に連れていかれる。
慎二の家は超がつくほどのお金持ちだった。
だから、移動のほとんどがタクシーだったのが、功を奏した。
今はとてもバスや地下鉄には乗れそうになかった。
そのままタクシーに押し込められて、家に送り届けられる。
「俺...おれっ!!」
タクシーの中でもわんわんと泣いていると、慎二は何を言うこともなく、ポンポンと肩を叩いてくれた。
家に着く頃にようやく涙は収まっていた。
「悪い。俺この後、家の用事あるから帰んなきゃいけなくて...」
「...ううん。もう大丈夫」
そんな俺の言葉に『どうみても大丈夫じゃないだろ』という言葉が出かけて、飲み込んだことが分かった。
「変な気だけは起こすなよ」
「...うん」
そのまま勇足でタクシーに乗り込む慎二を見送ったのち、家に入る。
そっか...。今日は母さん帰ってこない日か。
父さんは単身赴任、そして母さんは夜まで働いており、一人になることも珍しくなかった。
今日に関してはその方が都合が良かった。
自室に入ると、そのままベッドにダイブする。
そして、徐に携帯を開くと、無心で彼女のRINEをブロックした。
そのままアルバムの写真を一つずつ消していく。
あ、この時財布無くして大変だったなーとか、イルミネーション綺麗だったなーとか、そんなことを思い出すと、また自然と涙がこぼれ落ちる。
俺、なんか悪いことしたかな...。
世の中は因果応報や自業自得だけでなく、理不尽な不幸が降り注ぐことがある。
そんな不公平な世の中への怒りとか、どうしたら良かったのかとか、自分に見せたことのない表情を見せている佳奈を想像するだけで胸が張り裂けそうになった。
「...もうっ...死にたい...」
すると、部屋の扉をノックされる。
突然のことにびっくりしていると、ゆっくりと扉が開く。
そこに立っていたのは俺の幼馴染である、雛瀬《ひなせ》アリスであった。
「...アリス」
「慎二から聞いたよ」と、言うとアリスは俺を抱きしめた。
「バカ...。こんな時こそ私を頼りなよ」と、言われた。
いつもツンツンしているはずのアリスのいつもと違う姿に困惑する。
「あり...す」
「...うん」
その温かさに安心して、ボロボロと涙が溢れ始める。
「あいつ...俺よりかっこよくて...ッ!!俺より頭良くて...ッ!!俺...頑張ってたけど...ッ!今思ったらッ...もっと!何かできたんじゃないかって...ッ!エッチも...ッ!...佳奈はあんまりしたがらなかったのに...あ、あいつには何回求めたってっッ!!」
「...そう」と、ただ俺を強く抱きしめる。
「俺、なんか悪いことしたのかなッ...なんでこんなことに...ッ!!」というと、アリスはゆっくりと体から離れる。
「大丈夫。私が慰めてあげるから」と言うと、アリスは着ていた服のボタンを一つ一つはずし始める。
「な、何してんだ...よ」
「私、こう見えてDカップあるんだよ?知らなかったでしょ?」
「いや、そうじゃなくて...」
「そういうことしたことないけど、いつか海斗とする時のために、ちゃんとエッチな動画見て勉強したんだから」 と、ブラジャーまで外し始める。
「いや、違くて」と、言いかけた口を彼女の口が閉じる。
「好きだよ。海斗。ずっと前から。だから今は全て忘れて」
そうして俺はアリスと...幼馴染となし崩し的にしてしまったのである。