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【三十】庭園にて



 ――大陸新聞に、勇者達が魔王の手で倒されたという記事が躍ったのは、数日後の事だった。その記事の横には、小さく、王国が次の勇者候補を育成しているという話が書いてあったが、『神託が下りない』と出ていた。今後も、神託が降りる事はないと、俺は知っている。なにせ、俺とロイで、停止させたのだから。まぁ、俺は隣に立っていただけなのだが。

 別の、もっと大きな記事がある。帝国が、他の国々に、和平交渉をするのを手伝ってくれたおかげで、魔王国は今、多くの国と条約を結びつつあり、人間の国々との戦争を回避する事が出来ている点について、仔細に書かれた記事である。

「落ち着いてきたな」

 俺はそう呟いて、新聞をテーブルの上に置いた。
 それから俺は立ち上がり、俺の部屋を出た。現在俺には、客室ではなく、専用の部屋が与えられている。俺は今、魔王城のきちんとした住人となった。だから自由に城を散策する権利も得た。

 そのため――ロイの執務室に行くことも許されている。
 俺が扉をノックすると、ロイの声が返ってきた。中に入ると、羽ペンを走らせていたロイが、顔を上げて、微笑した。隣には、呆れ顔のオズワルドが立っている。

 俺は仕事の邪魔にならないように心掛けながら、ソファに座った。そしてじっとロイを見る。ロイは再び書類に視線を落とし、サインを沢山している様子だ。

「なぁ、俺にも何かできる事はないか?」

 思わず尋ねると、一瞬だけ顔を上げたロイが、嬉しそうな顔をした。

「ジークはいてくれるだけでいい」

 それを聞いて、嬉しくもあり悲しくもあり、複雑な心地になっていたその時、オズワルドが咳ばらいをした。

「そういうことであれば、たまりにたまっている書類を、ぜひともジーク様にも手伝っていただきたい」
「それは俺にできる事なのか?」
「やり方はいくらでも教えますので」

 有能な宰相は、そういうと俺の前に、書類の山を出現させた。思わず俺は、引き気味に笑ってしまった。ただ、手伝えるのならば、俺は手伝いたい。

「人手不足ですので、よろしくお願い申し上げます」

 歩み寄ってきたオズワルドは、その日、ずっと俺に書類の処理方法を伝授してくれた。
 この日から、俺はどうどうと執務室に入り、書類を手伝うようになった。

 他にも、俺にもできる事があった。
 それは、人間の国と、魔王国が条約を結ぶ場に、同席する事である。
 俺は――魔王を説得し、人間に融和的にした、平和の象徴、と、最近謳われている。勿論、そんなのはデマだ。だが、大陸新聞の記事を鵜呑みにする人は多い。なので俺もそれを利用し、人間と魔族の架け橋役をしているのだったりもする。

 さて、本日は、他国との仲を仲介してくれている、帝国の皇族との食事会だ。
 俺は、そこに姿を現したフォードを見て、思わず噴き出した。

「フォード、久しぶりだな」
「おう! 元気だったか?」
「ああ。懐かしいな」
「そうだなぁ!」

 俺達は笑顔で談笑してから、打ち合わせをした。少し遅れてロイも顔を出し、三人で思い出話にふけった。

 さて、そんなある日。
 魔王城に客人が来た。それも、俺への客だった。

「アルト師匠!」

 驚いて俺が声を出すと、細い目をさらに細めて、師匠が笑った。

「いやねぇ、私は未来が見える星読みの一族の出だから、色々と予想をして動いてはいたんだけれどねぇ」
「ああ、竜の巣の件とかです?」
「それもあるし、君が勇者パーティに選ばれるという神託を予想したりもしていたんだけど……ただ一つ、本当に予想できなかったよ。まさか、魔王と恋に落ちるなんてね!」

 それを聞いて、俺は真っ赤になってしまった。
 すると師匠がくすりと笑った。

「結婚式はいつなんだい? よかったら、私の事も招待してほしいな。愛弟子の幸せな姿を、見たいからね」

 照れたままで、俺は頷いた。
 ――実は俺は、魔王の妃になる事が決まっている。
 ロイに、プロポーズをされたからだ。

 あれは、先週の事である。三日月が輝く夜の事だった。珍しくロイが、俺に言った。

「少し、外に出ないか?」
「うん、いいけど」

 頷いた俺の手を握り、ロイが魔王城から外に出た。連れられて、俺は庭園へと向かう。そこの四阿のベンチに座り、俺は正面にある湖に、月が映っているのをぼんやりと見ていた。すると隣に座っていたロイが、俺の肩を抱き寄せた。

「ジーク」
「ん?」
「俺と結婚してほしい。俺の伴侶になってくれないか?」

 直接的な、まっすぐな言葉だった。息を飲み目を瞠ってから、驚いて俺はロイを見た。

「俺で、いいのか?」
「お前以外、考えられない」

 嬉しくて、俺は涙ぐんだ。そんな俺の唇に唇で触れたロイは、それから俺の左手を持ち上げた。そして、豪奢な指輪を、俺の左手の薬指に、静かに嵌めた。それは、魔王の証であるロイの指輪によく似ていたが、宝石の色は紫ではなくて、茶色をしていた。

「ジークの髪と目の色に似せて、作った伴侶の証だ」
「……!」
「ジーク。俺は、お前とずっと寄り添いたい。お前に、俺のそばにいてほしい。だから――魔力を混ぜる事を許してもらえないか?」
「魔力を混ぜる? そうすると、どうなるんだ?」
「人間を、魔族や魔王と同じ寿命にする事が出来る。即ち、俺が混ぜれば、ジークは俺と同じように、ほぼ不老不死となる。俺と共に、悠久の時を歩んでくれないか? 永遠に、そばにいてほしい」
「俺もロイとずっと一緒にいたい。俺でいいなら、そばにいさせてくれ」

 俺が嬉しくて涙で瞳を潤ませると、真摯な顔をして、ロイが頷き、俺に深いキスをした。すると、俺の中に、魔力が流れ込んできた。全身が、ロイの色に染め上げられたような感覚になって、俺はロイの胸板に倒れこむ。そして目を伏せ、幸せに浸った。

 これが、プロポーズされ、俺がほぼ不老不死になった日の記憶だ。

「幸せそうで何よりだよ」

 師匠の言葉で俺は我に返り、静かに頷いた。




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