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【二十五】大切 *魔王



 魔王は、執務室で指を組んで、肘を机についた。その上に顎を載せる。
 ――ジークが可愛くてたまらない。
 今、城の中にいると考えるだけで、幸せな気分になる。

 見ているだけで抱きしめたくなるし、キスをしたくてたまらなくなる。

「でもな……焦るのではなく、ゆっくりでいいから、ジークには俺を好きになってほしいものだな」

 ロイはそう呟いて、苦笑した。
 まだロイも、ジークの気持ちを確信できないでいる。

 ジークの事が大切でたまらなくて、つい押し倒してしまいそうになる己を、ロイは必死で制している。大切すぎるから、絶対に傷つけたくないという想いが強い。

「どうしてこんなに好きになってしまったのだろうな」

 考えてみるが、分からない。じわりじわり好きになった。そしてそんな自分が、ロイは嫌いではない。ジークを好きになれたことが嬉しい。

 それからロイは、書類を一瞥した。
 秘宝についての調査の結果の続報だ。古文書によると、秘宝の在り処は、既に分かっていた海底遺跡と天空の塔の他に、二か所――竜の巣とミミルネ山脈と判明した。

「全てをそろえれば、古代の遺物を停止させられる。そうすれば、もう勇者は生じない」

 ロイは、魔王城に一つだけ伝わっていた宝玉を、引き出しから取り出した。虹色に輝くガラス玉に見える。

「しかし、山脈のどこにあるのかは不明だし、竜の巣に至っては、大陸中にいくつかあるから特定に時間がかかるな」

 難しい顔をしたロイは、暫く宝玉を見つめていた後、それをしまった。
 それから窓を見る。本日は、三日月だ。巨大な白い月が、窓の外によく見える。

 三日月の夜は、魔族や魔王としての力が弱まる。
 ただ、利点もある。
 元来魔王に限らず魔族と人間は、魔族の魔力が強すぎるため、子供を作る事が出来ない。だが、三日月の夜に限っては、魔力が低下し、人間に近づくため、人間との間に半魔をもうける事が出来る。

「いつか、ジークとの間に子供が出来たならば、きっとかわいいのだろうな」

 そんな幸せな空想をしたロイは、静かに目を伏せた。

「俺が魔王だと知っても、ジークは受け入れてくれた。まずは、それでいい。一歩ずつ、この気持ちをジークに知ってもらえたならば、俺は幸福だ」

 そう口にしてから、目を開けて、ロイは立ち上がった。
 執務室から出て、ジークが滞在している客間へと向かう。既に深夜であるから、音をたてないように扉を開けた。するとジークが、ベッドで寝入っていた。微笑して歩み寄り、ロイは、すやすやと眠っているジークの髪を撫でる。ジークの茶色い髪は、一本一本が細い。ロイは、この触り心地をとても気に入っている。

 それからロイは、屈んでジークの頬に口づけてから、近くの椅子を引いた。
 座して紅茶をスキルで淹れてから、静かにカップを傾ける。
 ジークの寝顔は、いくらでも見ていられる。ジークが安心して眠れる場所を、ずっと提供していきたい。そのためにも――人間の国との諍いは起こしたくない。勇者という存在も、二度と現れないような世界にしたい。

 ただ、ジークが神託を受けなかったのならば、この出会いは無かったといえるから、その点は、ロイも感謝せずにはいられない。ジークと出会えた事は、本当に奇跡のような幸せの到来だった。

 そのまま朝まで、ロイはジークの寝顔を見ていた。
 日の光がカーテンの向こうから差し込んでくる頃になって、ジークの瞼がピクリと動いた。ジークはゆっくりと起き上がり、眠そうな瞳をロイへと向ける。

「おはよう、ジーク」
「あ……おはよう、ロイ」

 嬉しそうな笑顔を浮かべたジークを見て、ロイの胸が温かくなる。自分を見てジークが微笑んでくれる事が、とても嬉しい。

「朝食にしよう」

 ロイはそう告げ、テーブルの上に料理を用意した。そしてジークとともに、椅子へと移動する。本日の朝食は、白身魚のムニエルだ。切り分けて食べながら、二人で談笑する。ジークといると、会話が途切れない。話したい事がいくつでも生まれてくる。かといって、沈黙が訪れても、気まずいとは感じない。ジークの空気感が、ロイはたまらなく好きだ。

「ジーク、何か不便はないか?」
「ない。俺は十分よくしてもらってる」
「そうか?」
「ああ。それに――毎日ロイの顔が見られるから、それだけで俺は嬉しいんだ」

 微苦笑しているジークを見て、ロイは胸を射抜かれたような心地になった。ジークは、心を揺さぶるような可愛い台詞を口にしてくる。きっと無自覚なのだろうが、あんまりにも可愛くて、都度都度ロイは、ジークを抱きしめたくなってしまう。だが今は食事中なのだからと、そんな内心に蓋をした。

「俺も同じ気持ちだ。ジークがそばにいてくれると、俺は幸せになれる」
「ロイ……俺でよければ、ずっとそばにいさせてくれ」
「ジークがいいんだ。俺は、ジークがいなければ、幸せにはなれない」

 本心から、ロイはそう考えている。
 ロイの言葉に、ジークが目を真ん丸にしてから、赤面して、顔を背けた。
 耳まで真っ赤になっている愛しい相手の姿に、ロイは幸せな気持ちになる。
 照れて初々しい反応を見せるジークが、本当に大切でならない。

 こうして朝食のひと時は流れていった。





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