【十七】会談 *魔王
「フォードには気づかれたが、まだジークには気づかれていないな。ジークには、自力で気づいてもらいたいものだな」
思い出すように笑ったロイの呟きを、そばにいたオズワルドが呆れたような顔をして聞いていた。
「魔王様、ご報告いたします。ローズベリー村では、先に目を覚ました魔族は、一時的に撤退しました。勇者達は気絶していたので、放置しました」
「そうか」
「ただ大陸新聞では……ローズベリー村を勇者達が解放したと記していて……頭痛の種です。魔族への抗議を表明する国が増え、勇者をたたえる声もやみません」
「――帝国に送った使者は、なんと?」
「ああ、それは朗報がございます。帝国が、和平交渉に応じるとのことで、明日、会談の場を設けると」
「急だな。なにか理由があるのか?」
「なんでも第一皇子が、交渉の場を設けるべきだと進言したと、諜報部隊からは報告を受けております」
「第一皇子?」
「ええ。秘匿されていたので、名前すら不明ですが」
「気になるな。だが、場を設けてもらえるのはありがたい。俺が直接出向く」
「承知いたしました」
ロイは宰相に対して頷いてから、自室へと向かって歩く。階段をのぼりながら、ふとジークの事を思い出した。ジークに会いたい。ジークの事ばかり考えてしまう。
「恋だな」
自分の気持ちが分からないほど幼くはないので、ロイは微苦笑した。長い時を生きていれば、恋をした事は幾度かある。だが、このように頭に浮かんで離れないというような恋情を抱いたのは、初めてだった。
自室の扉を開けて、ロイは中に入ってソファに座った。
今頃、ジークは何をしているのだろうかと考える。スキルで見ればいいのかもしれないが、遠くから見たら余計に会いたくなりそうで、それは自制している。それに、実際に会って、言葉を交わす方が望ましい。ジークの声が聞きたかった。ジークの茶色い瞳が見たい。この日ロイは、暫くの間、ジークについて考えていた。
――翌日。
会談のために、ロイは帝国の皇宮へと転移した。転移先の部屋は指定されていたので、双方驚く事はなかった。だが、別の事にロイは目を見開いた。
「フォード?」
「ご、ご、ご無沙汰しております、ま、魔王様!」
「何故ここに?」
「えっとぉ、ここ、俺の実家でして」
「……――交渉の場を設けてくれた第一皇子という事か?」
「その通りです!」
フォードが硬い、こわばった笑みを浮かべて頷いた。
そういえば、第一皇子の片方の親は、初の平民出自だったという話を、ロイは想起する。
「おかけください」
そこへ咳払いをしてから、帝国皇帝が椅子を示した。
一礼して、ロイが座る。
「しかし驚いた。何故第一皇子が、冒険者の真似事など?」
「帝国では、次期皇帝となる者は、力をつけるために、旅をするのがしきたりなんです」
フォードはそう答えてから、携えている剣を撫でた。
「他国にいたのは、大陸一の鍛冶屋に行きたかったからです」
「なるほど」
「でも、俺の方こそ驚いたんですよ。本当に驚いた! やっぱり魔王様だったんですね!」
遠い目をしているフォードに対し、ロイは喉で笑った。
一見和やかな様子の二人を、皇帝が見守っている。
するとフォードが、父である皇帝を見た。
「父上。と、まぁ、これまでにも散々説明しましたが、魔王様に勝つなど不可能です。勝ち目はありません。それに、そもそも魔王が悪いというのは、誤解です。俺が証人です」
断言したフォードを一瞥し、ロイが真面目な顔になる。怜悧な目で、ロイはフォードを見ている。
「ふむ。して――妃の父は、魔王国に保護されているというが、それは実質人質ではないのか?」
皇帝の言葉に、ロイが首を振る。
「皇帝陛下の義父殿だという認識を欠いていた。今すぐにでも、こちらへお連れする準備がある」
「そうか。では後ほど、連れてきてほしいですな。それと、魔鉱石の件であるが――」
「帝国が提示した条件で、魔王国は構わない。ただ代わりに、和平条約及び人間と魔族の間での中立宣言を、約束してもらいたい」
「そうだな。約束しよう。帝国は、以後魔王国とは敵対せず、他国の人間にも、魔王国の魔族にも与しない」
皇帝の言葉に、ロイは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
それからフォードを見る。
「ありがとう、感謝する。フォード殿下」
「……いえ。出来ることが俺にもあって、よかったです!」
こうして、魔王国と帝国は、和平条約を締結したのだった。
その後、城へと戻ったロイは、即座にフォードの祖父を、帝国へと送り届けた。宰相には、条約に関する書類の整理を頼み、一段落してから、ゆっくりと入浴した。濡れた髪をかき上げながら、細く長く吐息する。
「これで一つ、前進したか」
ロイは片手でお湯を掬い、そこに映る己を見た。
望むことは、無論、平和だ。魔王国を統べる者として、民に平和をもたらしたい。
「それが叶ったら、ジークを迎えに行きたいものだな。いいや、叶わなくとも、迎えに行ってしまいそうで、自分が怖いな」
一人、ロイは苦笑した。それから目を伏せ、ジークの笑顔を思い出す。
それだけでも、幸せになれるくらい、ジークの事が好きになっていた。