バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【七】魔王城 *魔王


「魔王様。どちらへ行ってらっしゃったのですか?」

 魔王が転送鏡で魔王城へと戻ると、待ち構えていた魔王国の宰相であるオズワルドが声をかけた。転送鏡がある玉座の間には、他にも魔族である部下達がいる。

「少しな。面白い者を見つけたんだ」
「面白い? 魔王様……お戻りにならないので、我輩は不安でした。なにせ後三分で会議が始まるのですから。それが開始の二時間前に急にお姿が見えなくなったので、お忘れなのかと。魔王様に限ってそれはないと信じていましたが、意図的に魔王様は嫌な議題の時にふらりとお出かけになる事がございますからね」

 宰相の言葉に、魔王は綺麗な唇の片端を僅かに持ち上げる。
 普段は無表情が多い魔王であるが、先ほど言葉を交わしたジークの事を想起すると、自然と笑顔が浮かんできた。

「魔王様……そんなに面白い者なのですか?」

 長きにわたり宰相職にあるオズワルドも、あまり魔王の微笑は目にした事がない。
 魔王は頷くと、瞬きにしては長い間目を伏せる。

 ――まさか永久ダンジョンをクリアする人間がいるとは考えていなかった。だからあの最上階の部屋は、一人で息抜きをするために、魔王本人がボス役をかってでて、休憩室として用いていた。そこに約三年ほど前にやってきたジークは、いまだにロイが魔王だとは気づいていない様子だ。スキルの一つに、【読心】があるので、ロイはそれを幾度か利用し、ジークが本気で気づいていない事を知っている。ただ【読心】には制約があって、簡単な事しか分からないのが難点だ。たとえば人間の好意や気持ちなどは分からない。思考を少しだけ、特定の条件がそろうと知る事が出来るだけだ。だから永久ダンジョンで最後に会ったあの時、別れる前にそれを発動し、魔王だと気づかれなかった事をロイは今でも思い出すと楽しい気持ちになる。当時も気になって、何度か本当に永久ダンジョンをクリアしているのか、スキルの【遠隔視】で眺める事があった。その度に、ジークは少しずつ努力し、どんどん力をつけていった。

「ああ。俺は努力を惜しまない者は、とても魅力的だと思うし、心根が優しい者には好感を抱くし、それらをあわせもつ者は面白いと感じる」

 素直に答えてから、魔王は瞼を開けた。
 ――人間に好感を抱いたのは、実を言えば百数十年ぶりである。外見こそ二十代後半のままのロイではあるが、実年齢は六百歳を超えている。不死ではないが、老化も遅く、めったな事では死ぬ事もない。そんな長い生の中で、振り返ってみてもジークはロイにとって面白いと評するのが相応しい青年である。

 スキルの【位置把握】と【危機察知】を、ロイはジークを対象に発動している。だから死ぬような危険が迫れば、スキルがジークの窮地を魔王に教えてくれる。よって今回も会議が迫っていたその時、咄嗟に【遠隔視】で状況を確認してから、つい助けに駆け付けた。

 人間とは、多くは他害する可能性のある存在だと、ロイは思う。そんな相手の命乞いをしたジークを見ていたら、純粋だなと、そんな風に感じて、可愛いものだから思わず抱きしめてしまった。額に口づけをした理由は二つで、一つはしたいと直観的に思ったからだ。可愛いと思ったからだ。顔の造形という意味ではなく、表情や行動が、たまらなく可愛い。

 茶色い髪と目をしているジークは、一見すれば平凡だが、努力の才能があるのは間違いない。それでもまだまだ実戦経験が浅いのは明らかで、もっと見ていたかったから、あの場で殺されてしまうのを惜しいと感じ、助けに入った。そして腕の中でまだ怯えているように見えたジークの緊張をほぐそうと、キスをしたというのがもう一つの理由だ。その目論見は成功し、真っ赤になっていたジークは、ロイの腕の中で落ち着いたような表情に戻っていた。

「そんな人物がいるのならば、魔王城に登用なさっては?」
「――それは困難なんだ。宰相、あまり詮索をしないでくれ。そろそろ会議室へと移動すべきではないか?」

 無表情に戻り、透き通るような眼をオズワルドへと、魔王が向けた。その言葉に宰相は頷き、二人は隣にある会議室へと向かった。

 毛足の長い絨毯の上に円卓があり、既に幾人かの魔族の姿がある。
 魔王軍四天王の四名、魔王国の貴族筆頭であるロズフェル公爵、魔王軍総司令官のマックスベルがいた。そこにある中の、もっとも豪奢な椅子、それが魔王の席である。ロイがそこに座り、その隣の椅子に宰相が座った。魔王国アルマスエンドで行われる会議のメンバーは、大体この顔ぶれだ。

 四天王は、それぞれ、スカイデル・ナナガース・キットル・エレディアスの四名だ。
 皆忠実な魔王の部下ではあるが、個性的な一面もあり、癖がある。

「それでは、会議を始める。本日の議題は、勇者一行による、半魔への迫害についてだ」

 宰相の合図に、皆が真面目な顔になった。
 指を首、その上に顎を置いて、ロイは円卓の上に肘をつく。

 ――人間と魔族は、寿命や魔族特有の特殊能力を除けば、基本的な身体構造は同一だ。中には牙や角がある者もいるが、たとえば生殖機能はほぼ同じだ。よって、魔王国と人間の国の国境にある村々や、それより遠方でも魔族が旅をし住み着いた土地、もしくは魔王国内にて、魔族と人間のハーフである、半魔と呼ばれる者がいる。魔族と人間の両方の特徴を有している事が珍しくない。

「勇者一行は、『魔王との間者』であるなどと……『裏切者』だと、多くの場合は口にする。『魔族とみなす』と宣言していて、剣を向け、命を奪う例も珍しくない。それは老いも若きも問わないが、特に無力な子供の半魔の命を奪うなど、言語道断の悪行を繰り返している。ここまでが我輩が受けている報告だ。そうなのだろう?」

 宰相が言い終わると、その隣に座っていた四天王の一人であるスカイデルが頷いた。緑色の髪が揺れている。スカイデルは緋色の瞳に辛そうな色を浮かべてから、唇を開いた。彼は、魔王城に勤務しているが、魔王軍の諜報部の指揮官でもあり、城や魔王国、その他人間の各国の動向を部下に探らせ取りまとめている情報係でもある。

「この前も、勇者達が旅だったザンガリル王国の村の一つにあった魔族と人間が共存していて半魔が多かったレレリア村を、村を急襲したんだ。僕にその情報が入ってきた頃には、勇者達は村に火を放っていたよ。だから、駆け付けた時には、生存者はほとんどいなかった……本当に、残忍だよね……」

 スカイデルの声に、その場の空気が重くなった。
 その言葉を引き継いだのは、スカイデルの横にいたナナガースである。彼はこの場においてもっとも年長に見える白髪と白い顎鬚の持ち主であるが、まだ二百歳で、魔族にしては若手の方だ。

「保護した生存者は、魔王国西の人間街の横に保護区画を作って、治療しながら衣食住を振る舞っております。ただ同様の被害が各地で起きているため、保護区画はもう少し大きくした方がいいでしょう。また食料に関しても、追加で用意した方がいいですね」

 主に国民の生活管理を担当していて、魔王国の生活大臣も兼任しているナナガースの声に、多くが頷いた。その後、対面する席にいたキットルが短髪の赤毛を揺らし、後頭部で手を組んで、背もたれに体を預けた。

「つぅても、勇者達をどーにかしねぇと、被害は増え続けるだろ?」

 もっともな言葉である。彼の横にいた魔王軍総司令官のマックスベルが同意するように大きく頷いた。

「魔王軍はいつでも進行・撃退する準備も、各地の村の護衛に人手を割く準備も整っている。我々は泣き寝入りすべきではない。もう十年以上、被害が増え続けているのだから、今こそ行動に出るべきではないのか?」

 マックスベルは短い茶色の顎鬚をたたえている。人間でいうと三十代後半から四十代前半くらいの見た目だ。それを一瞥し、ロズフェル公爵が片手で頬杖をついた。

「僕は反対だけどね。今、人間の国と騒乱を起こせば、勇者達だけでなく人間の騎士団や冒険者も、各国の王侯貴族の命令や賞金狙いで、各地の半魔を襲い始めたり、この魔王国に攻め入ってくるかもしれない。僕は、対話による解決を推すよ」

 それを聞くと、四天王最後の一人であるエレディアスが俯いた。

「外交的な交渉は続けていますよ、勿論ね。ただこの大陸にある人間の国家で、窓口を開いてくれている人間の国は、僅か二か国です。大陸新聞が、勇者一行の賛美をしているので、ザンガリル王国以外の国々も、勇者達の力を見極めようとしているのでしょう。魔王国の領土は、魅力的でしょうし。勇者達に我々を倒させて、その後人間同士の戦争を始める準備をしている様子です」

 外交大臣も兼任しているエレディアスの声は、とても沈んでいた。
 宰相が小さく頷いた。そして続けた。

「幸いなのは、勇者一行が、まだザンガリル王国から出ていないことだな。ザンガリル王国は広大な領土を持つ国だからな。ただ今後、隣のアーゼアナ連邦や、大陸の最強国であるベルンバルド帝国なども経由するはずだ。通過するのはその二か国だろう」

 魔王国は広大な領土を持っていて、ザンガリル王国とベルンバルド帝国とは国境をはさんで隣り合わせの場所がある。だがザンガリル王国側からは直接魔王国に入るのが、地理的に険しい。人間では登頂が難しい山脈が存在するからだ。凍土に覆われた山脈は、魔族でなければ通り抜けられない。そのため、ザンガリル王国からアーゼアナ連邦を抜けて、ベルンバルド帝国に入り、帝国から魔王国に入るのが、一番楽だ。だが、かなりの時間をかけた旅となる。勇者達は道中で人助けをしたり、レベルを上げたりもしている。それもあるのだろうが、ゆっくりとした旅をしているようで、まだザンガリル王国からは出ていない。大陸には、ほかにも国があるが、多くは小国だ。

「帝国は、数少ない、魔王国と外交窓口を設けている人間の国だよね?」

 ロズフェル公爵の淡々とした声に、エレディアスが頷く。

「ただ、勇者達が帝国に入れば、そちらの支援もすると話していましたよ」

 そんなやりとりを、静かに魔王ロイは、耳を傾け聞いていた。
 もっとも簡単な対応方法としては、勇者一行を倒す事である。だが、それが露見すれば、人間の各国家が、それを名目に、魔王国に攻め入ってきて、戦争になる可能性が非常に高い。そうなれば――魔王国は、勝利する可能性が高いが、それでも魔族の民にも犠牲は出るだろうし、返り討ちにした人間の国家は、滅亡し、大陸全土に死者と混乱が溢れかえるのは目に見えている。

 過去には、魔王が大陸を支配し、魔族が貴族階級となり、人間を一般の民として扱っていた時代もある。だがロイは、そうしたいとは思わない。しかしそうした時代を古文書で知る一部の人間はそれを恐れているし、魔族が何もしなくても襲ってくる。

 また魔物は魔族にとっても害獣であり、人間でいうところの熊のような存在なのだが、人間は魔族と魔物は同じものだと考えているから、魔物被害は全て魔王国の攻撃だとみなしていて、人間は魔王国が攻撃してきていると主張している。

 人間とは、非道だ。それは、ロイも思う場合がある。
 だがジークのように心優しい者を見ると、人間としてくくるのではなく、思考や行動で判断するべきだと思い出させられる。それもあって、ロイはジークを気に入っている。ジークをつい観察してしまうのも、いつジークも勇者達と同じ考えに染まるのか、興味があるという理由もある。

「俺達にとっては十年や二十年など短く一瞬で過ぎ去るが、人間達にとっては非常に長く、力を蓄えたり、戦をする準備を整えるにも十分すぎるほどのようだけどなぁ。やだねぇ、人間ってのは」

 キットルがあからさまに嘆息した。それから魔王を見る。

「で? 魔王様の見解は?」

 それまで沈黙していたロイは、小さく頷く。

「人間の国で暮らす魔族とその伴侶の人間、半魔達の保護を最優先とする。避難誘導と人間からの護衛として、魔王軍から兵士を現地に派遣してくれ。勇者達の動向は今後も諜報部で、外交関連は継続してくれ」

 端的な指示を出してから、魔王は腕を組んだ。

「魔王国を加害国と人間達は思っている。思っていない場合であっても、そういう事にして攻める口実を狙っている。これは、風評を我慢すればいいという問題ではない。勇者一行を賛美する記事ばかりの大陸新聞が、人間の民衆を扇動しているのも問題だ。なにか――それらにも対処をすべきだろうが……もう少しの間、様子をみたい。現状、勇者一行が俺を倒すのは不可能だ。よってそこに心配は微塵もない」

 ロイの言葉に、周囲が頷く。こうしてこの日の会議は終了した。
 ただ……と、ロイは内心で考えていた。もしもジークが勇者パーティに戻るか、単身であっても敵となれば、ジークにならばレベルとランクが拮抗しているので、倒される可能性もゼロではない。しかしそれは周囲には告げなかった。笑顔のジークを思い出しつつ、ロイは立ち上がる。

「俺は少し休む。では、それぞれよろしく頼む」

 会議室を先に出て、ロイは魔王城内の、己の部屋へと向かう事にした。
 会議の時間が迫っていたから別れの挨拶は出来なかったが、都市アーカルネに到着したのだし、しばらくの間はジークも無事だろうと考える。

「また話がしたいものだな」

 ジークの事を思い浮かべると、何故なのか胸がほんのりと温かくなる。
 やはり優しい者と話をするのは楽しい。
 次に会ったら、また真っ赤な顔が見たいから、より強く抱きしめようかと考えて、楽しくなってロイは一人微笑しながら部屋へと戻った。




しおり