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【第七話】魔王、頼まれる。




 翌日の学院の昼休みも、俺はリザリアと共に昼食をとった。段々この生活にも慣れてきたなと思う。主にリザリアが話しかけてきて、俺がポツリポツリと返事をするかたちだ。リザリアは多少強引な部分はあるが、特別威圧的という事は無い。穏やかな部分の方が目立つから、淑女らしい淑女と言えるかもしれない。別に嫌いではないが、婚約はやっぱり破棄したい。俺の平穏のために。だが、円満解消を言い出す機会はまだ訪れないというか、そこまで踏み込んだ話をする仲ではなくて、俺達はなんというかまだまだ上辺だけの付き合いというか、お互い探りあっている部分がある気がする。観察していて気が付いた事としては、リザリアは意外と慎重だなという事である。

 帰路についた俺は、明日は再びお休みだなと考えた。明日はゆっくりと体を休める予定だ。ここのところ気疲れする事もあったから、惰眠を貪りたい。

 そう思いつつ馬車を下りて帰宅し、俺は真っ直ぐにダイニングへと向かった。
 そこには日雇いのシェフが作って帰った、冷めた食事が並んでいる。見た目はおいしそうな料理であるが、最近温かい料理を食べた記憶が、この家では全くない。日雇いの終了時間が早いから仕方ないと言える……。

 ちなみにこの時代の主食は、主にパスタとパンが半々だ。ライスはあまり食さない。
 隣国はライスがメインでパンを時折食べるらしい。この国には昔と変わらず四季があるから、冬に備えてパスタを常備・備蓄する家が多い事が理由で、パスタはかなり食べられるようだ。パンも小麦が保存可能だから多いらしい。

「冷めてるけど、やっぱり味は美味しいんだよね」

 呟きながら、俺はオリーブオイルで解しつつ、ボンゴレを食べた。アサリの味がいい感じだ。オニオンコンソメスープや、付け合わせのレタスのサラダにかかる塩と油のドレッシングも美味だ。食べ終えてから、俺は流し台に皿を運んでから、入浴し、自室で爆睡した。

 ――翌朝。

「グレイル様、グレイル様。起きてくだされ」
「ん」

 俺は爺やの声で目を覚ました。毛布も勢いよくはぎとられた。

「何?」

 眠い目をこすりながら俺が問うと、小柄な爺やが俺に言った。

「リザリア様がお見えですぞ!」
「え……」

 折角寝てすごそうと思っていたのに、なんという事だろうか……。面倒くさいなぁという心地になったが、仕方がない。婚約の円満解消のためには、ある程度親睦を深めておかなければならないからだ。好感度でいうと、52%程度の、大親友クラスにはなってほしい。そこまでいけば、さすがに気心も知れた感じになるだろうし、気さくに受け入れてくれるような気がする。

「応接間に通しておいてもらえる?」
「既にお通ししておりますぞ」
「ああ、そう。じゃあお茶でも出しておいて。あと着替えたら行くって言っておいて」
「分かりました」

 頷いた爺やが出ていったので、俺はしぶしぶ起き上がり水属性魔術で顔を洗って歯を磨いた状態にした。ぴしゃりと水の膜が、全身を通り抜けるような感覚がするのだが、俺はそれが嫌いじゃないし、すっきりするからどちらかと言えば好きだ。勿論、実際に入浴する方が断然俺は好きなのだが。その後俺は私服に着替えた。今日は俺の家で話すのだし、適当でもよいだろう。

 そして自室を出て、廊下を少し歩いてから、ゆっくりと階段を下りて一階へと向かった。応接間が視界に入ったところで嘆息した後、正面に足って飴色の扉に手をかける。中に入ると、リザリアがカップを傾けていた。俺が意外に思ったのは、本日の彼女の私服が、比較的地味だった事である。質は良さそうだが、一見すると裕福な平民に見えない事も無い。俺の私服と同レベルの装いだった。これまで見るからに上品なドレスばかり見ていたので、印象が変わった事に驚いた。

「お待たせしました」

 そう告げて、俺は対面する席である長椅子へと腰を下ろした。そこへ爺やが、俺の分の紅茶を運んできた。

「いえ、突然来てこちらこそ申し訳ありませんわ」
「いえいえ」
「本日は、何かご予定はありましたか?」
「まぁ、それなりに」

 爆睡するという大切な予定があった。だが潰れた。

「私に少しお時間を割いて頂けませんか?」
「構いませんが。どんなご用件ですか?」

 一体なんだろうかと考えて、俺はリザリアを見据えた。すると一度視線を下ろしてから、彼女は顔をあげると真っ直ぐに俺を見た。髪と同色の長い睫毛が僅かに揺れていた。

「実は相談があるのです」
「具体的には何?」

 俺が問うと、意を決したというような顔でリザリアが口を開いた。

「助けたい方がいるのですわ」
「助ける?」
「病気なのです」
「へぇ」
「――私の医療魔術では、いいえ、どの魔術師の医療魔術であっても、対症療法しか出来ない病の可能性が高いのです。快癒させるためには、治癒魔術が必要だと判断しておりますの。だから、グレイル。貴方のお力を貸してほしいのです」

 なるほどと俺は納得した。そういう種類の病気は、いくつかある。特に魔力関連の疾患は、魔力膜に関わるから、治癒魔術でなければ治療が難しい場合が多い。今発達している医療魔術は、もっと生活に根付いている、怪我や誰でもかかる病気への治療を目的としたものが多い。治癒魔術の対象は、それらより限定的だから、廃れているのだと思う。

「いいよ」
「ありがとうございます! その言葉、嘘はありませんね?」
「俺の治癒魔術で治せるならね」
「……治せると思います。ただ一つ、その……」
「なに?」
「助けてほしい方というのは、貧民街で暮らしているのです。ルゼラを覚えていますか?」
「覚えてるけど」
「彼女なんです。グレイル、貴方は偏見を抱くような性格ではないと、私は願っています」
「うん、別に構わないよ。ルゼラとは、この前ばったり会って、少し話もしたし」
「本当ですの? よ、よかった……ありがとうございます、グレイル」

 こうして俺とリザリアは、本日は目立たないように徒歩で、出かける事となった。本来なら、俺はともかくリザリアは、護衛を伴うべき公爵令嬢であるが、なにやら『俺と一緒』というのを免罪符にしているようだ。俺は魔獣を倒したのだから、人間の暴漢も撃退できるだろうという考えらしい。実際それは可能だが、俺はあまり暴力は好きじゃない。何事も起きませんようにと願いながら、俺はリザリアと共に王都の大通りを進み、少ししてから貧民街へと通じる路地へと入った。


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