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第十九話 王国


 国王の下に、辺境伯からの書状が届いた。
 普段と同じ書き出しであるが内容は、石納の眉を顰めるのに十分な威力を持っていた。

「クラウスを王都まで呼び出す」

「陛下!」

「宰相か?なんだ?余の判断に異を唱えるのか?」

「いえ違います。クラウス辺境伯からの情報は、確かな物でしょう。ならば、陛下と私が辺境伯領に向い・・・」

「そうか・・・。御仁と会う事も考えた方が良いと言うのだな」

「はい。ユーラット一つで王国の安全が・・・」

「言うな。考えるまでもないが、ユーラットは、切り離さない(約束を違えるわけには・・・)」

「陛下?」

「なんでもない。まずは、レッチュガウに行く。クラウスと会って情報に関して話をする」

「はっ」

「余と宰相が居ない間は、王太子が余の代わりを務める」

 少しだけ無理がありそうな命令を下す。
 宰相は、大きくため息を吐き出した。

「陛下。我が息子と妻を補助に着けたいと思いますが、ご許可を頂けますか?」

 国王は、宰相の提案を”是”として採用の意思を伝えた。
 これにより、次期国王と次期宰相が、”ほぼ”決定したと言える。しかし、執政が滞りなくできるのか、監視を置くのは忘れていなかった。王太子は、今の国王よりも先代の賢王と呼ばれた祖父に似ている。神殿への配慮もしっかりと考えている。バランスを取るのが上手い。
 宰相の息子も、幼年期から父を見て育っている。王太子の3つ上という年齢で、王太子の兄のような存在になっている。

 国王から呼び出された3人は、謁見の間で跪いている。王都に居た貴族も招集された。
 現状の説明を聞いて、貴族家当主は顔色を変えている。

「陛下。それでは?」

 国王は、王太子からの質問を手で制した。

「現状は、クラウスから”大丈夫”と返事が来ている」

「それでは、アデーは大丈夫なのですね?」

「そのアーデルベルトだが・・・」

「アデーが何かしましたか?」

「クラウスの話では、別荘に帰らずに神殿で生活をしているようだ。数名のメイドを引き連れて・・・」

「あぁ・・・」

「ジークムント。何か、知っているのか?」

 神殿から帰ってきて、王太子になったジークムントは、国王とは違うラインから神殿の情報を得ていた。国王との信頼関係や神殿との信頼関係を崩さない様に気を使うのが馬鹿らしく思えるほど、神殿の情報は簡単に手に入っている。
 神殿に関する情報の中に、アーデルベルトに関する情報が含まれていた。

 国王に包み隠さずにジークムントは、アーデルベルトが神殿で”軍師”の役割を担っていることを伝えた。

「あやつは・・・」

「神殿には、辺境伯家のサンドラ嬢も居まして・・・。その、アフネス殿から・・・」

 ジークムントが言葉を濁しているのは、アーデルベルトの事を思っているわけではない。
 謁見の間に並んでいる貴族の中には、未だに女性が外に出るのを”是”としない者が居る。神殿との関わりで、風通しは以前に比べて良くなっている。

「わかった。それを踏まえて、余、自ら確認をしてくる」

「陛下!お待ちを!」

 一人の貴族が、国王の決定に異を唱えた。
 宰相が制しようとするのを、国王が手で制した。

「なんだ?」

「陛下!お許しを頂き、有りがたき幸せ」

「いい。申せ」

「はっ。陛下は、神殿に」「あぁスマン。言葉が足りなかった。許せ」

「え?」

「貴殿たちには、伝えていなかったが、今回は、クラウスからの要望で、辺境伯領に視察に赴く、宰相も一緒だ。視察の名目は、”物資の集積場”だ」

 貴族たちの視線が宰相に集中する。
 宰相は、大きく息を吐き出して、国王を軽く睨んでから、一歩前に出る。

 ”最初から説明を自分に任せてくれたらこれほど拗れなかった”という言葉を飲み込んで説明を始める。

 クラウス辺境伯から、神殿でユーラットを巻き込んだ作戦が進行している。
 作戦は、帝国との戦闘になると思われるが、神殿からは王国に被害が行かない様に配慮するという連絡が来ている。また、被害が王国に及んだ場合には、運搬などの溜まっている支払いの一部を免除する考えを示している。神殿から距離が遠い場所から免除を行う準備があると通達が来ていることも説明された。
 国王と宰相は、クラウス辺境伯からの要請を受ける形で、辺境伯領の視察を行う。
 神殿勢力が、帝国からの進軍が本当に防げるのか確認を行うことを目的としている。

 その際に、神殿の別荘区画に引きこもっている貴族家当主と面談を行う予定だと説明をおこなった。

 国王と宰相が、王都に不在の間は、王太子が代理として執政を行うことも発表された。

 また、クラウス辺境伯からは、移動には神殿からアーティファクトが貸し出されることも説明された。

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 クラウス辺境伯は、娘からの報告を受けて頭を抱えていた。

「ガイスト!」

 クラウスは、国王から王都に居なくてよいと言われている。
 跡継ぎであった次男が大きな問題を起こした。それだけではなく、辺境伯領の近郊にあった神殿を攻略して、手中に納めた者が現れたのだ、それだけでも辺境伯領や王国に大きな問題だ。
 その神殿勢力が、アーティファクトを大量に所有して、王国内に物流という革命を起こしてしまった。

 神殿のアーティファクトを使えば、通常なら隣の領で商売を行うにしても、半日か1日、広い領だと2-3日の行程になっていた。それを、半日どころかもっと短い時間で物品を移動してしまう。
 そのおかげで、今までは不可能だとおもわれていた内陸で海の魚を食べて、森の内場所に生肉を行きわたらせて、農村地帯から穀物を王国中に行きわたらせた。その拠点を、辺境伯領の近くに構築したのだ。

 王国としては、神殿勢力とは”いい”関係を築きたい。
 しかし、神殿に依存した状況は、状況は良くない。

 その為に、神殿勢力の監視を行う為に、クラウスには辺境伯領に居るように、国王からの指示が出たのだ。

「はい。クラウス様」

「殿下からの情報は・・・。いや、いい。何かの間違いであって欲しいいう思いが・・・」

「無駄でしょう。サンドラ様からも同じ内容の報告が来ています」

「どうしたらいいと思う?」

「そのまま、陛下にお伝えすべきだと愚考します」

 家令の進言をクラウスは受け入れた。
 他に、手が無いのも事実だ。辺境伯家が抱えるのには、あまりにも大きな問題だ。

「しかし・・・」

「はっ。帝国の皇女が、王都ではなく、神殿に行かれたのは・・・」

 クラウスが受け取った書類には、帝国の皇女が、神殿に亡命の意思を伝えて、神殿の主である”ヤス”が受け入れたという内容だ。
 細かい内容は、娘であるサンドラからの報告にも、アーデルベルトからの辺境伯への報告にも、同じ内容が書かれている。二人で、共謀している可能性もあるが、調べる事はできない。
 正確には、神殿を調べて、事実だった場合にはかなりの確立で巻き込まれる。クラウスは、事情を正確に把握するよりも、巻き込まれるのを回避する方が良いと考えた。

「そうだな。王都と言わずに、レッチュヴェルトに来られていたら・・・。面倒の火種を、神殿が抱えてくれたことに感謝をしなければ・・・」

「はい。それにしても、お嬢様だけではなく・・・」

 家令のガイストの下には、マリーカから報告が上がってきている。
 内容は、サンドラが関わった事案の報告と今後の流れが説明されている。

 当初は、サンドラのメイドは交代制を考えていたが、マリーカからやんわりとした内容ながら、”拒否”の意思が伝えられた。

「閣下。陛下にお伝えしますと・・・」

「そうだな。陛下なら、自らが・・・。考えたくないが、準備をしておくことにする。殿下には、陛下から連絡が行くだろうから、サンドラとマリーカに連絡を頼む。ヤス殿には、私から事情を連絡する」

「わかりました」

 クラウスとガイストは、アーデルベルトからの書状とサンドラからの報告を見ながら、大きなため息をついた。

 今回の件で発生する物事を考えながら、胃が痛む日々が近づいていると悟るのだった。

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