【五十一】戻った絆
……僕は、忘れていたんだ。大切な、思い出を。
「山縣」
思わず僕は、自然と両頬が持ち上がるのを感じていた。
驚愕したように、山縣が僕を見ている。
過去の記憶の中の山縣と、今の山縣が、僕の中で交差する。
僕は思わず、山縣の腕に触れた。そして一度瞬きをしてから、より笑みを深めた。
「全部思い出したよ」
「……っ、そうか」
「なんで今は料理しないの?」
「――お前の料理が好きだからだよ」
「なんで今はお掃除しないの?」
「お前が家事やりたがってたからだよ」
「なんで朝起きないの?」
「毎朝お前に会いたいからだ」
「なんで今は事件を解決しないの?」
「――お前を守りたいからだ」
その言葉を聞いて、僕は山縣の腕をより強くひいた。
僕達の間には、確かに探偵と助手の運命の絆が、そしてそれを超えて、僕だけが忘れていた友情と名付けていいような信頼感が、繋がっていたのだろう。
ねじれていた僕らの間の絆が、この時しっかりと元に戻った。
いいや、以前より、お互いが素直になれている。
もうどこにも歪みはない。
「山縣。僕はもう大丈夫だよ。強くなった。そう思ってる。だから、これからは昔みたいに、推理して、事件を解決してよ。僕は、山縣が推理しているところを、もっと見たい」
それから僕は、自分の耳に今もあるピアスに触れた。
山縣がくれたのだと、もう僕は、しっかりと思い出している。
「朝倉……」
山縣が、僕が腕に触れている手に、指先を添えた。
僕達はお互いを見て、それからどちらともなく破顔した。
――翌日。
じっくりと眠った僕は、朝になって山縣に揺り起こされた。寝穢いなんてただの嘘だったのだと思い知らされて、僕は苦笑した。
本日も、ミステリーツアーは続いている。
「本当に続けるのか?」
心配そうな山縣の手を取り、僕は頷いた。
今日は島を散策し、手掛かりを入手するらしい。僕達は島を回った。
すると、日向と御堂さんと遭遇した。
「昨日、大丈夫だったの?」
日向に言われたので、僕は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。もう平気だよ。それと――思い出したんだ、全部。久しぶりだね、日向」
「っ、記憶、戻ったの?」
「うん」
僕の言葉に虚を突かれたような顔をしてから、珍しく日向が笑顔になった。
「そう。じゃあこれからは、助手としても本気でライバルだと思わせてもらうね」
そう言って日向が楽しそうな顔をした。
並んで立っていた御堂さんも笑っている。
二人と別れてから、僕はそれまで無言で立っていた山縣を見た。
「ねぇ、山縣」
「あ?」
「絶対に勝とうね」
「――考えておく」
そうは言いつつ、山縣が嬉しそうに笑ったのを、僕は見逃さなかった。
このようにして、ミステリーツアーの時間は流れていった。
今回のミステリーツアーにおいても、探偵ポイントは更新される。
「お前の頼みだからな」
最終日、僕は結果を見て目を丸くした。
一位は山縣、二位が御堂さんだった。
御堂さんと日向は、呆れたように山縣を見ていた。
僕は山縣に笑顔を向ける。
これが、山縣が推理を再開した日の記憶だ。
その後僕らは、フェリーに乗って帰還した。