【五十】助手不在時不安症
留学して離れるというだけでも、実際には息苦しくなる。朝倉の顔を見ていないと、そばにいられないと、辛さが押し寄せてきて、気が狂いそうになるからだ。胸が苦しくなって、とても痛い。離れていると、朝倉がいなくなってしまうような感覚がして、息ができなくなってくる。
その足で、山縣は天草クリニックへと向かった。
真っ青な顔をしている山縣を見て、嘆息しながら天草が、点滴の用意をする。
そして、助手不在時に探偵が患う特殊な助手不在時不安症の薬の錠剤を渡した。
そこへ来ていた青波警視が、それを見て複雑そうな顔をする。
青波警視と天草医師は、高校時代の同級生だ。
山縣は、幾度も助手不在時不安症に耐えながら、時折青波警視から、朝倉の留学先での様子を聞いたり、写真を見せてもらったりした。
警察機関と探偵機構は、双方朝倉を遠くから見守り、保護しているという。元気そうな朝倉の姿を見て、山縣は元気でいてくれるならばそれでいいと思いながらも、助手不在時不安症で苦しくなっては震えた。
「助手がいないと探偵は、生きていけないからな」
――助手を喪失して助手不在時不安症や、あるいは探偵を喪失しての探偵喪失感で、何人もが苦しんでいったのを、仕事柄見てきた青波が呟く。
山縣にとっての不幸中の幸いは、他の人々とは異なり、それこそ朝倉がまだ、生きている事だろう。
そのような過去を経て、探偵機構は落ち着いた後、山縣と朝倉を引き合わせた。
即ち再会といえる二度目の出会いではあるが、朝倉はそれを知らない。
この頃山縣は、現在個人的に追いかけている事件の関連で、コンビニで働いていた。
バイトとして入ったが、実際には調査だ。
しかし、朝倉と再会して、そはやめた。
何故ならば、常についていたかったからだ。
守るために。
眠っている朝倉の髪を、優しく山縣が撫でる。
「事件にさえ、関わらなければ……もう、危険はねぇからな。俺が、必ず守る」
本当は、掃除も料理も朝起こすのも何もかも、山縣は、してやりたいと感じていた。
けれどいつか、家事だけでもやらせてほしいと朝倉が述べていたことを思い出し、あえて何もしない事にした。そして個人的に追いかけている事件に関連するのだろうアプリのゲームをしながら、毎日朝倉の顔が見られる生活が戻ってきた事に、内心で歓喜していた。
幸せが、戻ってきた。
もう決して、手放さない。そう、決意していた。