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【四十七】朝倉の好きな花



 ――それから、三ヶ月が経過した。

 冬。

 その日は、雪が舞っていた。その日、山縣は朝倉の目が覚めたという知らせを受けて、息を切らして走ってきた。すると病室にいた天草医師が、無表情で、ベッドの上で上半身を起こしている朝倉と、駆け付けた山縣を交互に見た。

 山縣の記憶の中の朝倉は、いつも困ったように笑っていた。あるいは、満面の笑みだった。時には苦笑や悲しそうな顔、怯えた顔もあったが、いつも柔らかな印象を受けた。

「朝倉……?」

 山縣が、震える声をかける。目の前にいる朝倉の茶色の瞳が、まるで人形のようで、何も映し出していないように見えた。あんな事件があった、それも己のせいで。だから、だから朝倉に嫌われた可能性を、何度も山縣は検討していた。朝倉は顔を上げる。しかしその瞳は、山縣を捉えない。

「山縣くん。朝倉くんは、意識が戻ったけれど、心的外傷で今、精神が摩耗している状態なんだ。こちらの声も認識していないし、自発的には食べることも、何もしない」
「っ」
「昔の言葉でわかりやすく言うのであれば、廃人の状態だよ」
「……」

 山縣は何度か瞬きをした。

「でも、意識が戻っただけでも、これまでよりは――」
「うん、そうだね。一歩前進したとしてもいいと思うよ。僕は生涯目を覚まさない可能性も考えていたからね」
「……」
「ただ、ここから自我を取り戻すまでには、かなりの時間を要するよ。覚悟しておいて」

 天草はそう述べると、部屋を出ていった。二人で残された部屋で、山縣はじっと朝倉を見る。そして泣きながら笑顔を浮かべた。生きていて、よかった。

 だがそれは――苦しい日々の始まりでもあった。

 次の春になる頃には、山縣の目は虚ろに変わっていた。

 今日も反応のない朝倉の病室に行き、山縣は無理に笑顔を浮かべる。
 過去には、作り笑いをした経験なんてない。

「おはよう、朝倉」

 微笑みながらそう声をかけて、山縣は持参した花束を、花瓶にいける。古いものは処理をする。見舞いに来るたびに、山縣は朝倉が部屋に飾っていた花を思い出して、購入している。そう、朝倉が花を好きだと、知っていた。なのに、過去には気に留めなかった。

「今日は、屋上庭園に出てみるか?」

 山縣はそう言って微笑し、朝倉を車いすに乗せた。
 車いすの操作方法も、入院期間の内に学んだ。

 天草クリニックの屋上にある庭園には、春の花が咲き誇っている。そこで山縣は、車いすを止め、何度も朝倉に話かけた。反応が返ってくる事はない。

「なぁ、朝倉……もう二度と、お前を危険な目には遭わせない。俺が守る。だから、頼むから、自分を取り戻してくれ」

 その場でつらつらと、山縣は切実な声を放った。
 しかし、反応はない。

 それからも代り映えのしない日々が流れていき、夏が来た。

 山縣は捜査協力依頼を何度か青波警視から受けたが、すべて断った。
 もう、事件になど関わる気力が起きない。
 見かねた両親が、代理で捜査をしてくれた。

 朝倉の家族は、山縣に対し、気に病む必要はないと声をかけてくれたが、山縣にとっては、逆にそれが辛かった。周囲の優しさが、逆に悔恨を招き、心の傷と無力感を抉る。

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