【三十八】山縣に推理できなかった事
翌日のプログラムは、登山だった。
僕は山縣と一緒に歩きながら、前を歩く御堂さんと日向の背中を見る。
親しそうに話している姿を目にし、学校での日向はいつも嫌味だから、全然違うなぁと考えていた。御堂さんを見る目が、とても優しい。御堂さんもまた、穏やかな笑顔を日向に向けている。
僕はチラリと山縣の横顔を見た。
僕は作り笑いをしていることも多いが、山縣は相変わらずめったに笑わない。
僕達の間に、談笑は存在しない。
今もお互い、黙々と登山道を歩いている。
「なんだ?」
すると山縣が僕の視線に気づいた。
僕は慌てて笑顔を浮かべて首を振った。
そうして進んでいくと――日向が足を取られて、僕の方に倒れてきた。
慌てて僕は受け止めたのだが、その時運悪く木が倒れてきた。
日向が転んだ時に、足が木を支えていた縄にかかったらしい。
僕は日向を抱きしめるようにしてかばい、ギュッと目を閉じ、衝撃を覚悟した。
しかし覚悟していた衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、僕達を抱き寄せた山縣が、落下していく木を睨んでいた。
「大丈夫?」
僕は腕から日向を開放する。
山縣はそれよりも一歩早く横に退いた。
「う、うん。ありがとう」
日向は真っ蒼な顔をしている。
御堂さんが走り寄ってきて、日向の両肩に手を置いた。
僕もまだ鼓動が煩い。
すると山縣が、僕の腕を強く掴んだ。
「お前は馬鹿なのか? 人をかばって、自分が怪我をしたら意味がないだろ。自分を優先しろ」
怒っている山縣の冷たい目を見て、僕は何度も頷いた。
「ご、ごめん」
「まぁまぁ! 山縣、人助けは立派じゃん? 俺は心優しい朝倉くんは、褒められるべきことをしたと思うけどねぇ」
その時、僕の後ろから、十六夜さんがそう声をかけてくれた。
「ああ。十六夜のいう通りだ。俺もそう思う」
春日居さんもそう声を放つ。
すると険しい顔をしてから、山縣が顔を背けた。
僕は、山縣が本当は、僕の心配をしてくれたのだと分かっているから、小さく口元を綻ばせた。苦笑が浮かんでくる。
このようにして、登山の時は流れていった。
下山し、キャンプ場へと戻ると、日向に袖をひかれた。
「一緒にお土産買いに行こうよ」
「え? う、うん」
僕はその誘いに頷いた。二人で学校のみんなに買っていくのもいいと思ったからだ。
こうして二人で、お土産が売っているキャンプ場のラウンジへと向かった。
僕はクッキーの箱を見る。
「ありがとうね」
その時、ボソっと日向がいった。
驚いてそちらを見ると、プイっと顔を背けられた。
思わず僕は小さく吹き出して頷いた。
こうしてお土産を買い、二人で外へと出た。
このようにして、キャンプは終了した。
帰り際に、十六夜さんと僕は、Sランク探偵の助手同士だから連絡を取ろうと話し合って、連絡先を交換した。
そうして僕達は、僕達の家へと帰宅した。
珈琲を淹れ、僕は山縣の隣に座る。ソファの背に山縣は腕を回している。
「楽しかったね」
僕が笑顔を浮かべると、山縣が半眼になった。
「どこがだ? 散々だっただろ」
そういうと、山縣が伸ばしていた手で、僕の髪を撫で始めた。
不意の事に、僕は驚く。
「お前の髪、触り心地は悪くないな」
その言葉に、僕は思わず照れてしまった。山縣に好きになってもらえるのならば、髪の毛一本も愛おしい。それは、山縣が僕を嫌いですらなく、役立たずだと思っていると感じているからで、何か一つでも取柄があるなら嬉しくてたまらないからだ。
「なぁ、朝倉」
「なに?」
「結局なんであの時泣いたんだ? それだけは、俺にも推理できなかった」
僕は肉じゃがを褒められた夜の事を思い出し、両頬を持ち上げる。
「秘密だよ」
「言え」
「秘密」
「おい」
そのまま山縣が僕の頭をかき混ぜるように撫でた。
その擽ったい感触に、僕はずっとニコニコしていた。