【三十五】夏休みとその終わり
翌日も、その翌日も、山縣は僕を置いていった。
僕は次第に、それに慣れつつある。
「はぁ……」
溜息が出てしまう。
山縣が僕を連れて行くのは、助手が絶対参加と探偵機構から指示があった場合だけだ。
そして最近では、それもめったにない。
もうすぐ、夏休みも終わりだ。
八月に入り、外は蒸し暑い。劈くようなセミの鳴き声を聞きながら、窓を開けて僕は歓喜をした。その時、インターフォンの音がした。
めったに来客なんてないし、鍵を持っている山縣は鳴らした事がないから、不思議に思ってモニターを見に行くと、そこには、笑顔の御堂さんの姿があった。
驚いてエントランスに向かうと、御堂さんが僕に対して微笑した。
日向の姿はない。
「こんにちは、朝倉くん」
「こ、こんにちは……?」
「遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」
「いえ……あ、どうぞ」
驚きつつも、僕は御堂さんをリビングへと促した。
するとテーブルの上に、御堂さんがケーキの箱を置いた。
「よかったら、食べてくれ」
「ありがとうございます。すぐに珈琲を淹れますね」
「気を遣わないでくれていいんだけどね」
気さくな口調で、御堂さんがいう。
僕は笑顔を返して、珈琲を二つ用意した。
そしてカップの片方を、御堂さんの前に置く。
「美味しい」
御堂さんの言葉に、僕の胸が温かくなった。
山縣からは、決して出こない言葉だ。
僕は、いつか山縣に、美味しいと言ってもらえたら、幸せだろうなと考える。
「――だけど、捜査に置いて行かれているというのは、本当なんだね。今日は山縣は、事件の捜査で呼ばれていたから、スクリーニングに来なかった」
「っ……はい」
隠してもしょうがないので、僕は苦笑しながら素直に頷いた。
すると真面目な顔をした御堂さんが、少し悲しげに僕に言った。
「辛いよな。俺はいつでも話なら聞けるからね」
御堂さんは、とても優しい。
僕が小さく頷くと、御堂さんも頷いた。
この日を境に、特に用もないのだが、御堂さんはちょくちょく遊びに来るようになった。
正直僕も、置いて行かれて、一人で暇だったので、話をする内に、楽しくなってきた。
御堂さんは、素直に僕を褒めてくれるし、冗談も好きらしい。
山縣とは百八十度違う性格をしている。
……山縣と、違う。
僕はそればかり考えている。山縣と話したいし、山縣は今どうしているのかと、御堂さんと話をしている最中も、山縣の事ばかり考えていた。百八十度違う優しさがそこにあるのに、考えてしまうのは運命の探偵の事なのが不思議だ。
大体御堂さんは、山縣が帰ってくる前に、家に帰る。
だから現在までに二人が顔を合わせた事はない。山縣は最近深夜に帰ってくる。
僕は起きて待っている。
本日は、山縣はどんな事件に関わっているのだろうとばかり考えていた。
その内に、夏休みも終わり、御堂さんも来なくなった。