【十四】警察からの捜査依頼 ―― 青波警視正 ――
帰宅すると、エントランスに黒い革靴があった。来客だろうかと首を傾げながら、僕はその場合に備えて、静かにリビングへと向かった。するとまだ午後だが灯りがついていた。今日は雨だから、薄暗い。
「だから、頼んでるだろう。力を貸してほしいんだ」
「検討しておく。朝倉が帰ってきたみたいだから、そろそろ口を閉じろ」
その声に、僕は邪魔をしてしまったようだと判断しつつも、リビングの扉を開けた。
するとそこには、背広の上に緑色の外套を羽織っている青年が一人立っていた。
切れ長の目をしていて、黒い短髪をしている。僕を見ると、その青年は満面の笑みを浮かべた。三十代半ばくらいに見える。
「お。こんにちは」
「こ、こんにちは」
僕が会釈をすると、ソファに寝そべっていた山縣が、キッチンの方へと視線を向ける。
「朝倉、珈琲が飲みてぇ」
「あ、俺も飲みたいな」
「青波はとっとと帰れ」
それを聞いて、僕は対面する席に座っている青年の前に、何も飲み物がないことに気が付いた。慌てて僕はキッチンへと向かい、珈琲を三つ用意して、リビングへと戻る。すると起き上がった山縣が、僕の座る場所を開けていた。
「お気遣いなく。でも、ありがとう。ごちそうになる」
「いえ……ええと……」
「――こいつは、青波悠斗。よろしくする必要はない」
山縣の声に、僕は座りなおす。
「はじめまして。山縣の助手で、朝倉水城といいます」
「――はじめまして、か。そうだな。確かにそうなるんだろうな」
「え?」
「いいや、なんでもない。俺は青波。よろしくな。俺としては、よろしくしてほしい」
笑顔の青波さんは、楽しそうな目をして僕を見た。
「朝倉くんからも、山縣に言ってくれないか? 事件を解決してほしい、って」
「事件、ですか? え? どういった?」
驚いて僕が目を丸くすると、外套の胸ポケットから、青波さんが黒い手帳を取り出した。僕は思わず息を飲む。
「警察からの依頼だ。俺は特別指定事件担当の実績で、これでも警視正だ。若いだろ? 史上最年少だ。まだ三十代半ばなんだけどなぁ。ま、職務内容としては、探偵に依頼をもっていって、犯人を教えてもらって、証拠固めをするって係だ」
「それってAランク以上の事件担当の部署じゃ……?」
「その通り。探偵が真相を暴く、警察が証拠を固める。この流れにのっとり、俺は証拠を固める捜査会議のトップをしている事が多い。ただ、探偵に依頼する時は、所轄と同じように、自分の足を使ってる」
明るい声で述べてから、青波警視正が改めて山縣を見た。
「と、いうわけで、山縣にも依頼にきたわけだ。いやぁ、居場所探しにこれほど手間取るとは思わなかったよ、俺は」
「考えてはおくが、マイナスの方向だ。とっとと帰ってくれ」
冷ややかな山縣の声に、僕は二人を交互に見る。
「あの、どんな依頼なんですか?」
僕が尋ねると、困ったように青波警視正が笑った。
「連続放火事件なんだ。手がかりが何もない。山縣なら、犯人を見つけてくれると思って、ここに来たんだよ」
「山縣なら……?」
「そ。山縣は、こういう手がかりがない事件も得意だからさ」
「え? そ、そうなんですか?」
「俺が知るかぎりは、そうだよ」
笑顔の青波警視正の言葉に、僕は目を丸くする。
「青波、余計なことを言うな」
「俺、おしゃべりだから、山縣が引き受けてくれないと言うんなら、もっとペラペラと喋るぞ?」
「――分かった。もう一回資料を出せ」
「そうこないとな」
僕が見ている前で、青波警視正が、鞄からいくつかの写真や分厚いファイル、捜査資料が入っているらしいタブレット端末を取り出した。