【四】山縣のリクエスト ―― 肉じゃが ――
山縣を一瞥すれば、シャワーは浴びていた様子で、黒い髪は艶やかだ。目の色も同色の黒で、髭も幸いそっていた様子だから、そこは安心した。部屋は汚いが、せめてもの救いは、山縣がシャワー好きという部分だろう。
少々釣り目だが、形のいい大きな目をしている山縣は、鼻筋も通っていて、薄い唇も形が良い。顔面だけは、男前だし、食生活は破綻しているが、それなりに背丈があり、筋トレも好きらしく細マッチョだ。
僕は山縣よりは背が低いが、世間一般と比較すれば決して低くはない。平均よりは少し大きい。だが筋力はあまりない。髪と目の色は生まれつき茶色で、これは朝倉家に多い色彩だ。耳につけているピアスは、いつ買ったのか覚えていないが、なんとなくこれがないと落ち着かない。
「朝倉、腹減った」
「……何が食べたいの?」
幸い掃除が一段落していたので、僕は尋ねた。するとスマホをテーブルの上に置いてから、ソファに座りなおした山縣が、まじまじと僕を見る。
「肉じゃが」
「今から……?」
現在は午後三時を少しまわったところで、三日前には材料もあったが、肉じゃがを作るには時間がかかる。
「僕、急いで帰ってきたから、疲れてるんだけど」
「食べたい」
「……分かったよ」
僕としては宅配サービスを利用したかったが、おずおずと立ち上がる。何故なのか、山縣は僕に家庭料理を作らせる事が非常に多い。その後僕は、黒いエプロンを身に着けて、肉じゃがを作る事にした。
アイランドキッチンの向こうへ行き、僕は黒いギャルソンエプロンを腰もとに身に着ける。僕の実家の地方では、肉は豚肉を用いるのだが、牛肉も決して嫌いではない。いつもこの部分は、冷蔵庫の食材と相談している。その結果、本日は豚肉に決まった。
じゃがいもとたまねぎ、およびニンジンは、いつも常備するようにしている。それぞれ皮をむいて包丁で適切なサイズに切っていき、まずじゃがいもは水にさらした。味がしみ込むに越したことはないが、煮崩れを阻止するためだ。その後白滝の処理をした。
油を少しひいた鍋で、僕は特にじゃがいもの加減に気を配りながら、食材を軽く炒める。
そして鉄板といえる、砂糖・みりん・醤油、それからだし汁を、事前に混ぜておいたので、ゆっくりと鍋に加えた。火加減と煮込む時間に気を配りつつ、それから豚肉を入れて、淡々とアクを取り除く。いよいよ白滝を入れてから、味を確かめ、火を止め蓋をした。冷ます事で味が馴染むのを待つ。
腹が減ったという割には、それなりに時間を要するこの工程を、大人しく山縣はリビングから時折こちららを見ながら、大人しく待っていた。
僕は皿に盛りつけ、最後に彩りを考えて、絹さやをのせる。
こうして完成した肉じゃがを見れば、じゃがいもには調味料の色がしみ込んでいて、具材は全て柔らかそうに見えた。僕の作るこの家庭的な肉じゃがは、僕自身はとても味が気に入っているが、何故山縣が好むのかはあまりよく分からない。