第六十一話 黒ドラゴン
黒ドラゴンは、黒い靄を纏っているようにも見える。
ブラックドラゴンではなさそうなのは・・・。不幸中の幸いか?
考えていても意味がなさそうだ。黒ドラゴンは、既に戦闘態勢だ。
四体の龍を呼び出す。
黒ドラゴンに突っ込ませるが、ダメージを与えているようには思えない。靄は、一瞬だけ剥がれるがすぐに元に戻ってしまう。それだけではない。龍を吸収しているようにも見える。
アルバンとカルラも、後ろを気にしながら攻撃を加えるが、黒い靄が崩れるだけで、すぐに戻ってしまう。
「カルラ!」
「はい。スキルで攻撃します」
「頼む。アル。下がるぞ」
「うん!」
カルラにスキルで攻撃をくわえてもらう。俺とアルバンは、カルラの斜線に入らない様に前面をあけるが牽制の為に、適度な距離で牽制を行う。ヘイトが俺に向っていればいいのだが、この黒ドラゴンはヘイトが俺たちに向ってこない。
攻撃を加えている時には、ヘイトが向いてくるが、近くに居る者にヘイトが向いたり、攻撃を加えた者に向いたり、弱い者に向いたり、不自然な動きが多い。ヘイトの管理ができない。不自然なくらいに攻撃対象が定まらない。規則性がない。
問題は、弱い者にヘイトが向いた時だ。
俺やカルラやアルバンではなく、後ろに居る死んでいない者たちにヘイトが向った時だ。逃げてくれればいいのだが・・・。水から出た魚のように、その場で蠢いている。逃げる行動を取らない。バラバラに逃げられないだけマシというレベルだ。
「カルラ!アル!時間を稼いで欲しい」
「はい」「うん」
俺は戦列から外れる。
二人の戦闘力でも十分に戦える。倒すのは難しいかもしれないが、その場に留めることはできる。大丈夫だとは思っているが、心配になってしまう。
トリックが何かあるのではないかと観察を行う。
後ろに回ってみたが、ドラゴン?の形態だ。
でも、何か違和感がある。
なんだ、この違和感は?
考えろ。思考を止めるな。
「カルラ!アルバン。スキルを使わないで攻撃をしてくれ!」
「はい」「うん」
カルラとアルバンから出ていたスキルが止まった。
やはり。
黒い靄のような物は、スキルを吸収している。
攻撃が効いていない様に見えるが・・・。違う。スキルを吸収して回復をしている。
そうなると、スキルがついている武器もダメか?
「アル。スキルがついていない武器を持っていたな」
「うん?凄く弱いよ?」
「それで攻撃をしてくれ!カルラは、アルの補助を頼む」
「はい」
アルバンが剣を取り出すまでの間は、カルラが牽制を行う。
アルバンがスキルがついていない武器で攻撃を加える。
やっと違和感の正体が解った。
「カルラ!」
カルラも解ったようだ。
武器を持ち替えている。
模擬戦で使うスキルも刃もついていない頑丈なだけが取柄の武器を持ち出している。
スキルを吸収している。
それだけではなく、黒ドラゴンは実体が不定なのだ。多数の黒い石が集まっている。それが、靄で繋がっている。一つ一つを分離して倒していく必要がある。分離した物はワクチンが効くので、カルラとアルバンが分離した黒い石を俺が駆除する。ワクチンを適用することで倒せるので、倒すのは難しくはないのだが、嫌らしい作りになっていて、時々変異種と呼ぶべきなのか、ワクチンだけでは倒せない黒い石がある。
ワクチンが効かない黒い石も、二つ以上に割ってしまえば機能を失うようだ。
黒い石は、黒ドラゴンから引き剥がしても、ワクチンを適用するか、破壊しなければ元に戻ろうとする。
核となる物があるのだろう。
連戦で疲れていて、巨大なスキルを使って一気に倒そうとしていたら、俺たちがやられていた可能性が高い。
運がよかった。
1時間かけて、黒ドラゴンが一回りほど小さくなった。
それでも、まだ10メートルを越す巨体だ。
対処は作業になってしまっている。
攻撃の種類は多くない。対処はパターン化してきている。
もしかしたら、俺たちの使ったスキルを吸収する前提で動きがプログラムされているのかもしれない。
面白い試みだと思う。
スキルの吸収を考えたことが無かった。
結界に応用ができれば、結界が攻撃手段を得る事になる。
「兄ちゃん!」
俺の所に黒ドラゴンが突っ込んできた。
簡単に避けることができた。
俺は黒い石を処理しているだけだ。俺にヘイトが向くとは思えない。
しかしヘイトが向いている。カルラとアルバンが攻撃を加えているのに、俺に向ってくる。
黒ドラゴンの突進や攻撃を交わしているので、避けタンクのような感じになっている。
2時間くらいが経過したか?
黒い靄が殆どなくなった。
黒ドラゴンだと思っていたのは、キメラと表現した方がいいのか?
いくつかの魔物の特徴を兼ね備えた物だ。
吐き気がする。
クラーラたちが、こんな物を作って何をしたかったのか解らない。
そして、核となっているのは、魔物ではない。
人だ。
「カルラ!あの武装は知っているか?」
「はい。帝国の標準的な兵士が使う防具です」
「兵士?」
「士官級です」
「調べたら、部隊が解るか?」
「わかります。私ではなく、王国に居る者に・・・」
簡単に言えば、クリスティーネを頼る必要があると言うことだな。
でも、やっとクラーラに繋がる細い糸だ。しっかりと手繰り寄せたい。
「わかった。アル。カルラ。あの武装を確保。他は、送ってやれ!」
「はい!」「うん」
どの程度の魔物や人が繋がれているのか解らない。
生きているのかも解らない。
口や目や耳があり、動いているようにも見える。意識があるのか解らない。
俺には、助ける事はできそうにない。
黒い石が無くなって、本体が露出した。
「兄ちゃん!」
「あぁ。カルラ。試してくれ」
「はい」
最初に気が付いたのはアルバンだ。
近い所で戦っているので、当然だろう。
本体か解らないが、ドラゴンの形をした歪な物体は、スキルを使いだした。
それも、法則もなくいきなりスキルが発動している。
「カルラ。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
被弾はないが、俺たちは既に4時間以上戦い続けている。
気力だけで戦っている状況だ。
その中で、相克するスキルが放たれている。
対処が難しい。
カルラだけでは、抑えきれなくなってきている。
「俺も!」
「アルは、攻撃を続行。スキルへの対処は、俺が行う」
スキルを封殺するのが難しい。
アルバンの方向に向かない様にするので精一杯だ。
「アル。機動力を奪え」
「うん」
足になっている部分を倒してしまえば、動きが制限される。
動かなくなるだけで、スキルへの対応が楽になる。
アルバンに向ってくるスキルだけ対処すればいい。
アルバンにヘイトが固定されている状態になっている。
黒ドラゴン・キメラの本体への攻撃が開始された時点でヘイトが固定されている。
足の部分に居た魔物が離れた。
蠢いていた魔物をカルラが止めを刺す。
「うっ」
「悪趣味な・・・」
外側の魔物を剥がしたら、今度は人が大量に出てきた。
それも、どこかを繋げられた状態だ。
「兄ちゃん!」
「どうした?」
「あいつ!」
アルバンが剣で指し示した場所には、見知った・・・。言葉を交わしたことがある奴が居た。
帝国の軍服を着ている。
そうか、奴は帝国の密偵か何かだったのか?
共和国のダンジョン。
最難関だと言われていたダンジョンに入る前に、並んでいる時に声をかけてきた奴だ。
「アル。送ってやれ」
「うん」
アルバンの剣を握る手に力が入る。
アルバンを攻撃しているスキルも減ってきている。
「カルラ。対処は、俺がする。アルと一緒に攻撃してくれ」
「はい」
ほどなくして、黒ドラゴン・キメラは動かなくなった。
スキルの発動もない。
倒しきれたようだ。
キメラにされていた、魔物や人を送る。
炎龍を作り出して、遺体を燃やし尽くす。
赤い炎の形をした龍が、遺体を燃やす。
青白い炎で、暗くなってきた森を照らす。
俺たちなりの・・・。葬送だ。
黒い煙が空に上がっていくのを、俺とカルラとアルバンが見送るだけの寂しい葬送だ。