第六十話 死闘
クラーラ!
お前だけは、お前だけは・・・。
『アルノルト様。その”絡繰り”はダメです』
指を鳴らす音が響いた。
「アルノルト様!」
カルラが慌てて、俺に駆け寄ってくる。
剣は構えたままだが、クラーラの姿が見えない。スキルを使うが、クラーラを補足さえできない。
「アルノルト様!クォートとシャープが!」
カルラに指摘されて、二人を見ると、糸が切れたかのように、身体から力が抜けて、座り込んでいる。
バックアップは作成してあるので、復元はできるだろう。
しかし・・・。
その前に、クラーラは、”何を”やったのだ?
それに、”絡繰り”と言っている。方法は解らないが、クォートとシャープを”絡繰り”と呼んでいる。もしかして、似たような技術が確立しているのか?
『おや。違うのですね。動かなくなった様ですが・・・。ふむ。盟主様に、ご報告しなくては・・・』
クラーラの声だけが聞こえる。
「クラーラ!どこにいる!出てこい!殺してやる!」
『怖い。怖い。アルノルト様。貴方様は、いろいろな所で恨まれていますよ。注意してください。貴方様は、盟主の贄なのです』
「クラーラ!贄とはなんだ!俺に何をさせたい!」
『
「クラーラァァァァァァァァァ!」
俺の声だけが、虚しく森に吸い込まれていく・・・。
探索スキルを限界まで広げたが、ヒットしない。
転移?そんな事ができるのか?
似たような事はしているが、あれはダンジョンの権能を使っている。ダンジョンの領域内でなければ使えない。
奴らは、ダンジョンの外でもダンジョンの権能が使えるのか?
「アルノルト様!黒い獣です。数、多数!」
「何!?アルは!」
「だ、大丈夫。兄ちゃん。戦える」
頬を叩く。
そうだ、クラーラに構っていられない。
アルバンとカルラと生きて帰らなければ、約束が・・・。
「すまん。アル。俺と一緒に突っ込むぞ。カルラは、補助。行くぞ!」
「「はい」」
黒い獣の置き土産
これではっきりとした。
黒い石と黒い獣は、帝国の・・・。クラーラが属している組織が作った物だ。解ったから、何か解決するわけではない。しかし、点と点が結ばれた。
正面だけではない。
後ろ以外から黒い獣が攻め込んでくる。
立ち止まっていれば、囲まれてしまう。ワクチンのスキルを発動するが、効き目がない。
新しくワクチンを作っている暇はなさそうだ。
後ろは安全だとは思う。
クォートとシャープの後をついてきた”元アルトワ町の住人”たちだ。戦いは難しそうだ。
唯一の救いは、疲れ切っているのか、心が死んでいるのか、黒い獣を見ても、反応が薄い。
大声を上げられたり、暴れられたり、パニックになって黒い獣のヘイトを獲得しないだけ”まし”だと思っておこう。
黒い獣が、俺たち以外に向っていくのは、別に構わない。その結果、元住民が殺されても、かまわない。自分の身は、自分で守って欲しい。俺が懸念するのは、住民がヘイトを獲得してしまって、パニックになって逃げ出すのが怖い。黒い獣が群れでまとまっているので対処が出来ている状況なのに、住民を襲うために、戦線が広がってしまうと、俺とアルバンとカルラだけで支えるのは不可能だ。
今の広がりでギリギリなんとか戦えている。
もしかして、クラーラが俺たちを分析して・・・。
今は、あいつの事は考えない。考えるな。
まずは、この戦場から生きて帰る。
クォートとシャープが動いてくれれば、戦線の維持が楽になるのに、ダメなようだ。
二人を感じることは出来ている。しかし、生体情報が壊れているのか?情報伝達が出来ていないのか?動くことが出来ないようだ。
「アル!」
「うん!」
アルバンが、下がって俺を回り込んで反対側に移動する。
スキルを発動して、アルバンが居た場所に石壁を作成する。
「カルラ」
「はい!」
カルラが、石壁を回り込んで、黒い獣の集団に切り込む。
空いたスペースにアルバンが追い打ちをかける。
「アル!カルラ!下がれ!」
そこに、雷龍のスキルを放つ。
今まで、黒い獣と対峙してきた。戦いを経験して、”雷”が効果的なのは解っている。
雷龍は二人が下がった隙間に降り立つ。
加速して、黒い獣に襲い掛かる。クォートやシャープたちの戦闘経験から動きも洗練されている。出し惜しみはしない。プログラムが付与されている魔石も利用して、雷龍を産み出す。
「カルラ!」
「およそ、1割」
まだ10%程度しか倒していないのか?
スキルがギリギリだ。魔石の残数は多くない。帰るだけだと思って、アルトワダンジョンに置いて来てしまっている。
「くっ」
弓?
道具を使う者がいるのか?
「カルラ。後方に、遠距離を攻撃できる奴がいる。対処できるか?」
「兄ちゃん。おいらが!」
「アルは、雷龍が倒し損ねた奴を頼む」
「うん」
「やってみます」
カルラがスキルを発動する。
弓の精度を上げて、弓で攻撃を行うようだ。
スキルでの攻撃では、仕留めきれないと判断したのだろう。
アルバンは、俺の前に出て、襲ってくる黒い獣を切り始めている。
1体1体なら対処は容易だ。
1撃では屠れないが、負ける事はない。
戦闘が開始して10分近くが経過した。
雷龍の消耗から、時間を予測したのだが・・・。
徐々に、黒い獣との距離が空き始めている。
今なら逃げられるが、アルバンもカルラも逃げるという選択肢はないようだ。
後ろにいる住民たちから距離が出来たと思えばいいのか?
アルバンとカルラも、俺の意図がわかるのだろう。
徐々に黒い獣との距離を詰める。
木々が生い茂っている部分まで、後退させたい。
何度かの攻撃の波を乗り越えた。
黒い獣は、木々の辺りまで押し返せた。
「カルラ。右側に石壁を出せるか?」
「はい!」
カルラが、俺のいる位置まで戻ってきて、スキルを発動する。
右側に石壁が現れた。
俺も、カルラのスキルに合わせて、左側に石壁を生成する。
空地を石壁で覆う必要はない。
黒い獣が出て来る部分を少なくするのが目的だ。
戦闘時間は長くなるが、負担が減る。
「アル。休め。カルラ。前を頼む」
「兄ちゃん!おいら」「アル。ダメだ。まだ、半分にも到達していない。休める時に休め」
「わかった」
アルバンが抜けた場所をカルラが支える。
カルラ一人では、前衛を任せられないので、俺も近接戦闘に切り替える。
アルバンが復活してきて、前線が安定した。
1時間くらいが経過した。
「カルラ。下がれ」
「私は、大丈夫です。先に・・・」「カルラ!」
カルラの疲れが酷い。
支えられている間に休んで貰ったほうがいい。
言わなくても解っているだろうけど、焦りが見え始めている。
「わかりました」
カルラが後方に下がる。スキルを中心にして戦っていたアルバンが前線に上がってくる。
3人でローテーションを行い黒い獣を倒し続ける。
カルラの宣言で、残り半分。
スキルの底が見え始めている。
既に魔石は使い切ってしまっている。
相手が、死体が残らないのが攻めもの救いだ。
もう何体切ったのか、何体スキルで倒したのか解らない。
数体だけど、普通の魔物が混じっていた。
石壁への攻撃がないのも助かっている。
ひたすら、俺たちだけを狙ってきている。
クラーラの目的が解らない。
”
終わりが見えてきた。
本当に終わるのか解らないが、黒い獣の圧力が明らかに弱くなっている。
何とかなるのか?
刀を持つ腕に力を入れる。
アルバンもカルラも満身創痍だ。
怪我は無いようだが、疲労の色は隠せない。
後ろの使えない奴らは、本当に何ができるのだ?
俺たちの戦いを、眺めているだけだ。助けようともサポートもしようとしていない。
それどころか、生きているのさえ怪しい。息はしているようだけど、動きが遅い上に、規則的な動きしかしていない。初期に作ったヒューマノイドタイプのようだ。学習が施されていないのだろうか?
違う。人間だ。
ヒューマノイドではない。生きている。
でも、”死んでいない”状態にしか見えない。
「おいおい。クラーラ。最後に、それは・・・」
カルラがラスト1体と言ってから出てきたのは、今まで獣が狼型や猪型や鹿型などの野生動物の姿をしていたのに、最後に姿を現したのは・・・。
「ドラゴン?」
アルバンの呻きとも取れる呟きから、最後の相手は”ドラゴン”のようだ。
黒いドラゴン。ブラックドラゴンでないことを祈ろう。
「アルバン!カルラ!出し惜しみはなしだ!やるぞ!俺たちなら倒せる!」