第十六話 【ギルド】城塞町
帝国の辺境地域にある城塞町に、一通の召喚状が届いた。
「ボイド。魔王ルブランからの召喚状だ」
部屋に入ってきた、メルヒオールは執務机に座っているボイドに投げかける。
メルヒオールは、新ギルドの相談役のような役割になっているが、現状では、城塞町の領主になっているティモンの所で食客のような立場になって、新ギルドと帝国を繋ぐ役割を担っている。
入ってきたのが、メルヒオールだとわかっても、ボイドは言葉遣いを変えない。
今のギルドは、ボイドがトップの体制になっている。前ギルドマスターであるメルヒオールでも敬語を使わないようにしている。気を付けているが、素に戻ってしまうと敬語になってしまうのは、”慣れ”なのでしょうがない。
「連合国の情報か?」
連合国の軍勢が、魔王城に攻め上がっているのは知っている。
今、魔王からの呼び出しがあるというのは、連合国の情報が欲しいのだろうと、自然な流れで考えた。
「連合国との戦闘は終わった。魔王軍の一方的な勝利だ」
しかし、メルヒオールから語られたのは、魔王軍が一方的に勝利したという話だ。メルヒオールは、ティモンから、元7番隊の者たちが集めてきた情報を聞いた。状況から、魔王軍でも苦戦は必至だと思っていたが、蓋を開けてみれば、戦闘らしい戦闘もないままに、激突が終了した。
経過を聞いたメルヒオールも信じられない思いが強かったが、元7番隊からの情報は多岐に渡っていた。魔王が情報を隠そうとしていないために、戦略から捕らえた者まで情報が流れてきた。
「・・・。一方的?」
事情を知らないボイドは、戦闘の開始が行われそうな時期は知っていたが、始まったばかりのタイミングだと思っていたので、終了したことに驚いて、それが”一方的”だと聞いて信じられない気持ちが強い。
「戦闘と呼んで良いのか。俺には判断が出来ない」
事情を知っているメルヒオールも、魔王たちが”なぜ”勝てたのかわからない部分が多い。最終局面は、報告を受けていたティモンも、報告から詳細を聞いていたメルヒオールも、魔王軍の勝利を確信できる状況だが、最終局面を作り出せる手順がわからない。
魔王ルブランが優れているわけではなく、ティモンもメルヒオールも戦略家の側面が強い。戦術の重要性は理解をしているが、メルヒオールは個々での戦闘が多いギルドの生活が長い。ティモンは、部隊を率いていたが部隊の運営も基本の方針は決められていて動いていた。
「それは?」
ボイドは、メルヒオールの言い方が気になった。
「そうか、ギルドは、斥候を出さなかったのだな」
ボイドは、大外としての情報収集は行ったが、戦闘に関しては情報収集を行わなかった。
一つには、旧ギルドのギルド員に、自分たちの情報が渡るのを恐れたからだ。それは、些細な問題であった。ボイドが斥候を出さなかったのは、”魔王”との敵対を望まないことを示すためだ。斥候を出さないことに、反対を唱える者も居たが、ボイドは押し切る形で”斥候を出さないこと”を決定した。斥候が、魔王軍に見つかるのも避けたい。連合軍に見つかるのは、大きな問題ではないが、魔王軍に見つかるのは、ギルドとしては余計な猜疑心を魔王ルブランに持たれてしまうのだけは、絶対に避けなければならない。
「向こうで、連合ギルドに見つかると、こちらの情報が漏れてしまう可能性があった」
ボイドは、メルヒオールには最初の理由だけを述べた。
本当の理由は、伏せた。説明の必要がないと感じたためだ。
メルヒオールは、ボイドの説明を理解した。
「責めているわけではない。ボイド。ギルドの責任者を呼び出す召喚状だ。俺が行ってもいいが?」
「メルヒオール様が?魔王ルブランは、なんと言っているのですか?」
ボイドの口調が元に戻ってしまうが、メルヒオールは気にしない。
メルヒオールは、ティモンから渡された書簡を、ボイドに渡す。
封蝋が切られていないことから、ティモンもメルヒオールも書簡の中身は正確には知らない。実際には、書簡を持ってきた狐族の少女が、書簡の中身を口頭で説明したのを、報告として聞いているだけだ。
封蝋を切って、ボイドが書簡を読む。
内容は、狐族の
会談場所に、カプレカ島が指定されていることと、魔王ルブランは側近5名と従者2名を連れてくること、ギルドの責任者も護衛は必要ないが、必要なら10名以内にして欲しい旨が書かれている。
会談は、魔王ルブランと側近1人と従者2人が対応すると書かれている。ギルド側にも、同様の人数を望むことが書かれている。
それ以降は、魔王ルブランが会談で聞きたい内容が書かれている。
情報をもってこいという意味だが、ボイドもメルヒオールも魔王ルブランから渡されたリストを見て、頭を抱えた。
「メルヒオール様。このリストは?」
「いや、見ていない。俺が見ても良いのか?」
「大丈夫です。魔王ルブランも、参加者で共有して欲しいと言っています」
ボイドが見ていたリストを、メルヒオールに渡す。
そこには、魔王軍がこの戦いで捕虜にした者の名前が書かれている。魔王軍によって殺された者も判明した者だけは書かれている。
「酷いな」
リストを見たメルヒオールは、一言だけ漏らすような声量で、ボイドに返した。
「全滅ですか?」
「エルプレは、魔王討伐を大々的に宣伝しようとして、討伐部隊の出征式を開いた」
「愚か・・・」
「そうだな。しかし、問題は・・・」
「はい。デュ・ボアが捕らえられていることでしょう。エルプレはどう出ますか?」
「ボイド。この情報は、連合国に渡っていると思うか?」
「どういう・・・。そうですか、逃げた者が居たとして、エルプレに、デュ・ボアが捕らえられたと伝える者が居るのか?」
「そうだ」
「居ないでしょうね。エルプレ国の者がうまく逃げ出せたとしても、国に帰って、デュ・ボアが消息不明だと報告したら、間違いなく殺されます」
「そんな報告をする者は居ないだろう」
メルヒオールが断言する。ボイドも同じ考えだ。エルプレ国にはギルドの本部がある。新ギルドだとは言っているが、正式にはまだエルプレ国のギルドとのつながりが存在している。断ち切るためにも、魔王ルブランと密接な関係を気づかなければならない。
ボイドもメルヒオールと同じ考えだ。その上で、報告をした場合に、ギルドに送られて粛清されるのがわかっている。エルプレ国は、ギルドを使って粛清を繰り返して、連合国で序列一位の座を手中におさめている。
「しばらくは、死んだとも、生きているとも、わからない状況が、連合国にも魔王ルブランにも都合が良いのでしょう」
「そうだな。問題は、それだけか?」
「いえ、今のは、答えがわかっている問題です。本当の爆弾は、次です」
「まだあるのか?」
「残念ながら、次が魔王ルブランの本命でしょう」
ボイドは、書簡をメルヒオールに渡す。
渡された書面をメルヒオールは、嫌な表情で、書面に目を落とす。
「・・・」
「・・・。ボイド」
「はい。多分、魔王ルブランは、気がついていると思います。私たちを試しているのか、それとも、確証が欲しいのか・・・」
「お前は、どちらだと思う?」
「後者であって欲しい・・・。と、考えています」
「どちらにしろ、気がついていると考えて挑む必要はありそうだな」
「はい。メルヒオール様。私は、魔王ルブランに乗るつもりです」
「それは、魔王ルブランに全てを話すのか?」
「はい。カプレカ島や、この城塞町・・・。カプレカ島では、城塞村と呼ばれていますが・・・。対応を見ると、魔王ルブランは今までの魔王と違います」
「それは感じている。弱いものを助けて・・・。生きる方法を与えている。しかし、与えすぎているわけではない」
「はい。よろしいでしょうか?」
「今のトップは、ボイド。お前だ。お前が決めろ」
「ありがとうございます」