第十三話 入学式
ユウキは、今川からSDカードを渡された。
手の中で、SDカードを弄んでいた。
しかし、渡されたSDカードを今川に返した。それも、今川の手を持って、無理矢理に握らせた。
「ユウキ?」
今川は、訳がわからない状況で、ユウキの顔を見る。
手渡されたSDカードは、ユウキが行おうとしている
何度も、何度も、話し合っている。殺すだけなら簡単という結論が出ている。一族、全員を殺しきることも、ユウキなら簡単に実現ができる。
しかし、ユウキが望んでいるのは、”殺す”ことでの復讐ではない。
「今は、必要ない。今川さん。記者としての腕の見せ所ですよ」
困惑した表情を浮かべる今川に、悪戯が成功した
今川も、ユウキの狙いは解る。ターゲットの周りの”羽虫を叩き落せ”と言っているのだろう。全部をそぎ落とすのは難しいが、ターゲットを弱らせることは可能だ。弱らせれば、ターゲットが動き始める。動けば、ミスも出るだろう。
「ハハハ。三流のルポライターに何を期待しているのやら・・・」
今川は、”三流のルポライター”と言っているが、実際にはユウキたちと関わるようになってから、務めていた雑誌社を辞めた。
フリーのルポライターの肩書になっている。有力雑誌からは締め出しを喰らっている状況だ。雑誌社に持ち込むことができる。気骨のある雑誌社も残っている。
「今川さん」
「なんだ?」
パルシェの屋上には、ユウキと今川以外の姿はない。
ユウキは、周りを見回して、吉田が居ないことに気が付いた。
「今川さん。先生は・・・」
今川は、吉田がすぐに帰ると予測していた。
ユウキと吉田は根本が違う。
「なぁユウキ。”憎しみ”と”憎悪”の違いは解るか?」
急に今川はユウキに質問をした。筋が通っていない質問だ。
「え?同じですよね?」
ユウキは、今川の問いかけに、同義語だと答えた。
今川がユウキに求めたのは、”国語”の答えではない。ユウキも、それは解っているが、今川からの答えが気になった。
「彼の・・・。吉田先生の感情は、”憎しみ”だ。そして、ユウキ。お前が持っているのは、”憎悪”だ」
「・・・」
ユウキは、今川を見つめて、今川が何を言い出すのか待っている。
「これは、俺の勝手な解釈だが・・・。”憎しみ”は相手を恨むことで、自分が”正しい”と認識して安心する・・・。”正義”を求める感情だ。しかし、”憎悪”は自分を糧にしてでも相手の破滅を望む」
今川は、ユウキからの視線には気が付いているが、視線をずらして、金網を握って、下を流れるように走る車を見る。
ユウキに語っているのか、自分に言い聞かせているのか解らない。
”憎しみ”の感情を持つ吉田と、”憎悪”を募らせるユウキの違いは、今川にははっきりと解るのだろう。自分が、同じ場所に立っていないと、違いには気が付かない。
今川の過去を、ユウキは知らない。
しかし、ユウキは今川が自分たちに協力しているのは、”何か”理由があるのだと思っている。今川から話さない限り、ユウキたちは聞き出そうとは思っていない。
「・・・」
「吉田先生は、相手を恨んで、憎しみをぶつける存在を求めている。しかし、ユウキ。お前は違う」
吉田たちは、ターゲットを調べて、追い詰められる一歩手前までは来ていた。
しかし、追い詰めるような行動を起こしていない。
”こんな悪い奴に、俺たちは苦しめられている”
吉田たちが望んだ真実が、自分たちに納得できる形で提供されれば十分なのだ。
言い訳は、星の数ほど浮かんでくるが、白日の下に晒す覚悟が出来ていない。全てが詳らかになったときに、自分たちがどうなってしまうのか・・・。感情が霧散することを、恐れた。”正義”がないと言われるのを恐れた。
「”違う!”とは、言えないな」
今川の話を聞いて、ユウキは”一つだけ”正しいことがあると感じていた。ユウキは、”刺し違えてでも構わない”と考えている。自分が持つ全てと引き換えに、自分が望む結末を迎える事ができるのなら・・・。
「ユウキ。俺は・・・。俺たちは、お前を・・・。お前たちを気に入っている。仲間だと・・・。だから、ユウキ、死ぬな。あんな奴らの為に、お前が命を散らす価値はない」
「・・・。解っている」
「・・・。解っていればいい。それに・・・」
今川は、まだ下を見ながら、ユウキの言葉に反応する。
「それに?」
下を見ていた今川が、金網から手を離して、ユウキを見る。
「俺には、お前が、死ぬざまの想像ができない」
ユウキの肩に手を置いて、軽口をたたくように、ユウキに話しかける。
「なんだ、それは・・・」
ユウキも、今川が言いたいことがわかる。
死ぬつもりはない。しかし、日本での生活が出来なくなる可能性は、考えている。
ユウキが、日本での生活が出来なくなることを、今川たちは恐れていた。自分たちの為にも、そして・・・。ユウキを息子のように感じている人たちがいる事を知っている。
「吉田先生の周りには、お前が行おうとする事を非難する者も出てくるだろう。お前に敵対するのではなく、邪魔にしかならない助言をする者が現れるだろう」
「解っている」
「気にするな。黙らせてやる」
「ん?」
「奴らは、”憎しみ”を持っているが、”憎しみ”だけでは、生きて行けない。”憎しみ”は糧にならない。生きて行く上での道しるべにもならない。だから・・・」
「解った。今川さん」
ユウキは、今川が何をしようとしているのか解らない。
しかし、自分の為に動こうとしているのは理解している。そして、今川が、ユウキの代わりに”泥”を被るつもりだと認識した。
今川の気持ちは嬉しいが、自分で決着をつけたいという気持ちが鬩ぎ合っている。ユウキは今川に感謝の言葉が言えないまま、頭を下げるにとどめた。
ユウキが、吉田と会って、情報の対価を渡してから、表面的には何も動きは見せていない。
バイト先である水族館に顔を出した。他にも、市内にある神社のバイトも始めた。学校にも申請を行って、許可が降りている。買い物を済ませて、入学式が行われるまでに準備を終わらせようとしていた。
無駄に高い制服も届いた。
他にも、学校指定で購入しなければならない物があり、それを購入した。学費以外に数十万が必要になってしまった。品質もあまり良くないことを考えれば、差額がどこに流れたのか考えて、ユウキは笑いをこらえるのに苦労した。
いずれ、今川が”疑惑”を暴いてくれるだろう。その時に慌てだすのが誰なのか考えるだけで楽しくなってくる。
入学式は、講堂を使って行われる。新入生は、クラスに最初に向ってから、順番に呼ばれて講堂に入る。
ユウキは、講堂に入って驚いた。正確には、驚愕を通り越して、呆れてしまった。
音楽が鳴っていたので、何かしら流しているのかと考えたが、フルオーケストラで演奏をしている。
(見栄の塊だな)
ユウキが心の中で呟いた通り、入学式は、新入生のために行われるものではない。
壇上の真ん中で、軽薄な表情で笑いを浮かべた男の見栄を満たす為の行事だ。
男の横には、同じような顔を持ち、男を30ほど若返られたと思える男と、化粧をばっちりと決めて、学校が指定した制服と形は同じだが、素材も装飾も違う制服を身にまとった女が居る。
(やっと始められる)
ユウキは、自分を見ている視線に気が付いた。
弱いスキルを発動して、視線の確認をすると、吉田がユウキを見つけて、視線を送っていた。探していた雰囲気がある為に、視線に気が付いたフリをして、ユウキは吉田に視線を送る。
吉田も、ユウキの視線に気が付いて、視線を合わせてから、違う列に並ぶ教諭の何人か視線を送る。
ユウキは、軽く会釈だけして、指定された席の前に立った。
ユウキは、壇上に居る人物をしっかりと見つめる。
(まずは、お前だ!)