第三話 墓参り
ユウキは、一人で寂れた港町に来ていた。
”墓参り”というセリフには嘘はない。
ユウキは、港町には公共機関を使って訪れた。拠点からは、フェリーに乗って、湾を渡って、電車に乗り換えて、二駅の旅だ。
潮の強烈な匂いで向かえる駅で降りた。船の上で感じる潮の匂いとは違う、風に流される潮が、ユウキの鼻孔をくすぐる。
目的地までは、徒歩で2時間くらいだ。
ユウキは、周りを確認するように、見回しながら、ゆっくりとした歩調で目的地に向かっている。
すれ違う人も車も少ない。
港の入口を通り過ぎて、山側に向かう。
町の人間でも、近くに住んでいる者しか使わないような細い路地を迷わずに進む。何かを思い出しながら、懐かしむように歩いている。
封鎖された井戸を横目に見て、この町の産業の一つである缶詰工場の横を通り過ぎる。旧国道にある押しボタン式の信号を渡って、左に向かう。
少しだけ進むと、諏訪神社・八幡宮が見えて来る。
ユウキの一つ目の目的地だ。
小さな神社だ。それでも、地元の人たちが綺麗にしているのだろう。寂れた感じではあるが、落ちぶれた感じはしない。
参道を上がって、神社に参拝する。
ゆっくり振り返ると、神社を覆っている潮の匂いの正体が目の前に広がる。生い茂る木々の隙間から見える存在を主張するまでもなく、絶対的な存在。吹き付ける風が、ユウキの髪の毛を揺らす。
湿り気を帯びた風を少しだけ疎ましく思いつつ、御社殿に深々と頭を下げてから、参道を降りる。鳥居を潜ってから、振り返り深々と頭を下げる。
ユウキは、これから行う事を神に許しを得ようとは思っていない。
地獄があるのなら、地獄に落ちる覚悟さえある。誰かに許しを求めているわけではない。
ユウキたちが幸運だったのが、レナートという小国に身を寄せて、他では得られない情報を得た。希望を見つけ、絶望を感じ、仲間を得た。
神社を出たユウキは、来た道を戻って、山側の道に踏み入れる。
ここから先は、地元の人も滅多に通らない。
最初は、舗装された道だったが、山頂に近づくと、舗装された道ではなくなる。
下草が覆い茂る道と思えない場所を、ユウキは迷わずに進んでいる。
「ふぅ・・・。フィファーナなら、魔物が出そうな場所だよな」
独り言を呟いて、自分の状態が面白く感じている。
草をかき分けながら、30分くらい進むと目的地が見えてきた。
放棄された墓地だ。
遺骨は移動されている場所なのだが、ユウキの目的地が、この放棄された墓地の一角だ。
入口だと思われる場所で、しっかりと頭を下げる。
ユウキは、スキルを発動して、下草を払いながら移動を開始する。草を狩り始めると、動物や虫が逃げるのが解るが、そのままにしておく、ユウキが居なくなれば、また数年かけて草が辺りを覆い隠す。
ユウキが探していた墓標は、すぐに見つかった。
墓石が置かれただけの質素な物だ。墓石の名前は削られている。
ユウキは、持ってきた布をスキルで出した水で十分に湿らせてから、墓石を磨き始める。スキルを使えば、綺麗になるのは解っていたが、ユウキは自分の手で綺麗にしたかった。周りに生えている下草も自ら抜いている。
墓石を磨いて、周りを綺麗にするのに、2時間ほど必要だった。
ユウキは、額を伝い落ちる汗も拭かずに、墓標を綺麗にしている。
墓標を綺麗にしている最中に、この墓標で眠る者とユウキは、話をしている。
誰にも邪魔されない。二人だけの時間だ。子供の時と同じように、二人だけの時間を過ごした。
「母さん。母さんは、俺がやろうとしている事が解っていると思う」
ユウキは、綺麗になった墓石の前に、持ってきていた線香を置いた。
周りは草が生い茂っている。線香の火が燃え移るとは思えないが・・・。線香の火が消えるまでは、”母親”と話をしようと思っていた。
「母さんが、望んでいないのも解っている。これは、俺のわがままだ」
もちろん、返事は帰ってこない。
そもそも、遺骨はユウキの知らない間に移動させられてしまっている。移動された場所は、ユウキには知らされていない。
「なぁ母さん。俺が、酒を飲めるようになったら、付き合ってくれるはずだよな?」
ユウキは、眠る母親に話しかける。
「ハハハ。そうだな。俺は、いいよ。一人だけど、独りじゃない。仲間が居る」
線香の煙が、周りに漂う。
潮の匂いを消して、線香の匂いがユウキを包み込む。
「楽しい奴らだよ。全てが終わったら紹介するよ」
線香の匂いに誘われるように、母親と過ごした時間が記憶の棚から呼び起される。
記憶の母親は、ユウキの前で笑っている。
何もないが、幸せだった時の記憶だ。
「なんだよ?俺が”モテない”と思っているのか?」
「そうだけど・・・。いいさ、そのうち、母さんがびっくりするような子を連れてきてやるよ」
「なんだよ。期待しないで待っている?見ていろよ。ハハハ・・・。母さん。俺・・・。こんな事はしたくない・・・」
「しなければいい?そうだけど、違う。しなくていいと思うけど、俺は、許せない。俺から、母さんを、そして・・・。俺は、解らない。許せない。許せるともおもえない。だから、俺は・・・」
ユウキは、自分で何を言っているのか解らなくなっている。
「”許せ”なんていうなよ?」
「そうだな。母さん。俺は、俺が、俺のために、納得するために・・・。俺の為に・・・。アイツから、全てを奪う。アイツが大切だと思っている物を、あいつの目の前で壊してやる。そして、母さんを取り戻す」
「母さん。ありがとう。きっと・・・。俺の為だったのだろう?」
ユウキの母親との会話は途切れた。
もちろん、ユウキにも母親の声は聞こえてこない。
ユウキの思い出の中に存在する優しかった母親。実際には、何があったのか、ユウキは知らない。誰も、ユウキに教えてくれなかった。
ただ一つだけ解っている事がある。
ユウキが一つだけ盗み出した物がある。
ユウキは、母親がこの場所に眠ったことを知った時に、黙って忍び込んで、墓を暴いて、遺骨の一部を盗み出している。
そして、フィファーナから日本に戻ってきて、知己を得た研修者に遺骨の鑑定を依頼した。死因を知りたかったからだ。
もちろん、遺骨の一部だけしかない。死因まで解るとはユウキは思っていなかった。しかし、気持ちに区切りを付けるために、科学的な分析を依頼した。
その結果が、リチャードたちの復讐が終わったタイミングで届いた。
”毒殺の可能性(有)”
報告書には、使われたと思われる毒物や時期などが書かれていた。科学的な根拠も書かれている。
しかし、分析を行った研究者は、『”ほぼ”間違いない』という見解を示している。ただし、確定するにはサンプルが少なすぎた。少ないサンプルから、毒物は確定はできたのだが、致死量に達していたかなどの情報が不確かな状態になってしまっている。そのために、”ほぼ”という言葉が使われている。
従って、死因の特定は出来なかった。
ユウキは、研究者に連絡をした。聞きたかったのは、研究者としての感触だ。
「貴方の見解を聞きたい。黒ですか?」
帰ってきた事は、ユウキが想像していた言葉だ。
母親は、毒殺された。ユウキが決めた事実だ。真実が違ったとしても、ユウキが信じている事実だ。
ユウキは持ってきていたポーションを墓石にかける。
墓石の前に、置いた線香がユウキに見つめられながら、燃え尽きた。
ユウキは線香が燃え尽きたのを確認してから、目を瞑ってスキルを発動させた。