第三十五話 周辺事情
おっさんは、代官のダストンを、ロッセルに押し付けることに成功した。
辺境伯領は、好景気に湧き始めている。
ロッセルが辺境伯の領都に来てから5年で辺境伯領だけではなく、近隣や派閥の貴族領を取り巻く情勢は大きく動いた。
まず、ロッセルはおっさんよりも大胆な提案をダストンにおこなった。
市民権を、現在の30万イエーンから、3万イエーンに値下げした。それだけではなく、3万イエーンが払えない者は、貸し付けを行う。返還は、辺境伯領への奉仕活動で捻出させるという事だ。そして、成人前の子供は(仮)市民権を発行することに決まった。
(仮)市民権は、無料となり申請後に、犯罪歴がなければ発行される。
成人後に、正規の市民権を購入することになる。それまでに、市民権を買い取れば(仮)は外される。
ロッセルは、辺境伯領の領都以外にも赴いて、辺境伯やダストンの名前を使って、少しだけ強引に改革を行った。
ロッセルとダストンは、集まった市民権を買えなかった市民を使って、辺境伯領の領境に砦と石壁を築く計画を立てた。
もともと、辺境伯領は、広大な”魔の森”に接している。”魔の森”を挟んで、各国に接している。そして、東西を踏破が不可能だと思われている山脈が存在している。何か所か、通行ができる草原と思われる場所が存在している。
通行が可能な場所に、砦を構築する予定にしている。他の領と接する場所だが、潜在的な敵だと認識している。
辺境伯領の市民権を販売する簡易の砦を構築した。そこで、行商人や護衛に情報を渡して、市民権を格安で販売している情報を流してもらう。
近隣の領は、宰相派閥で固められている。
市民権は、安い場所でも80万イエーンだ。市民権を持たない者は、辺境伯領に押しかける結果になった。
対応が難しくなってきたタイミングで、ロッセルは成人後の者にも、(仮)市民権を与えると公布した。(仮)の市民権は、辺境伯領だけでの市民権となり、領境を越える時に、没収されることになった。
また、領境で奴隷の確認が行われることになり、辺境伯領で奴隷の確保を行うのは、実質的に不可能になった。
ロッセルの手腕は、それだけに留まらなかった。
市民権を得る為に流れてきた者たちを使って、公共事業ともいえる作業を行った。それによって、単年で見れば大きな出費になるが、辺境伯はおっさんから受け取っている特許やおっさんが王都で流した物の利益を受け取って、公共事業の資金にした。
特に、横暴な勇者を抱える家には積極的に嗜好品を流した。イエーンを絞る為に、おっさんから得た物品や知識を使った。
もちろん、おっさんも許可を出している。おっさんは容赦がなかった。高級品とした蒸留酒などの嗜好品は、数を絞って出荷した。
宰相派閥の貴族家は、徐々に資金がショートし始めた。
それだけではなく、奴隷条例が発布されてから、領民の流出が始まった。自然な流れで税収が下がった。下がった税収を確保する為に、無理な取り立てや領民を奴隷として販売するなどの負の連鎖に陥った。
辺境伯がトップを務める。辺境伯派閥は、強固な団結ではなく、”利”で繋がった関係だった。
しかし、辺境伯領が率先して実行した施策を真似する事で、辺境伯領ほどではないが、他の貴族家よりは税収のダウンが少なかった。
辺境伯領から、辺境伯派閥の貴族に低金利での貸付が実行され、辺境伯派閥の貴族は公共事業を行った。
投入した資金を上回る税収を得た貴族家は、さらに公共事業に投資を行った。
おっさんの入れ知恵があり、ロッセルがまとめた公共事業の順番を示したマニュアルも渡されたのが大きかった。
街道の整備。街道が交わる場所を休憩ができる場所に整備して、常備兵の配置。物見櫓を作成して、狼煙による情報伝達。これだけでも、街道の安全は格段に上がる。
街道の整備が終われば、次は公衆衛生だ。
下水道が設置できる場所だけではない。その場合には、おっさんとカリンが作った”浄化のスキル”が付与された”道具”を使った。
おっさんは、”浄化の道具”には仕掛けを施した。辺境伯家や辺境伯家からの紹介で買い付けられた”浄化の道具”だが、転売されたり、盗まれたり、不測の事態が発生すると予測していた。
”浄化の道具”には、設置後に動かした場合には機能が失われるギミックを搭載した。おっさんの巧妙な所は、設置前の”浄化の道具”でも正式な手順で設置を行わないと、機能が失われる。いきなり失われるような物ではなく、徐々に効力が落ちていく事だ。その為に、違法な手順で手に入れた者たちは、一度は匂いがしない清潔な環境を経験してしまう。その後、機能がなくなり、元の状態になってしまう。匂いが復活して、また”浄化の道具”を求めるようになる。
十分に”浄化の道具”の効力が知れ渡った頃に、購入を辺境伯に申し入れて、正式に購入を行えば、機能が十全になると噂を流した。
おっさんと辺境伯の共闘なのだが、宰相派閥で閑職に追いやられている者や、利益の享受が難しく、奴隷条例で領地が疲弊している者は、宰相派閥を抜けて、辺境伯の派閥に鞍替えする貴族家が増えた。
おっさんが蒔いた種が芽吹いて、宰相派閥や王家にダメージを与えている。
奴隷条例の発布がきっかけなのだが、元をたどれば、勇者召喚から始まった混迷が招いた。
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ロッセルが、代官になった事で、おっさんは、帝国からの脱出計画を実行することにした。
市民権の値下げが発表されて、貸付での購入が可能になったことも発表された。
「おっちゃん!」
「おっイザークか?皆は元気か?」
「うん。カリン姉ちゃんが助けてくれた」
「それはよかった。それで、頼んでいたことは出来そうか?」
「うん。大丈夫。ばぁちゃんも協力してくれる」
「わかった」
ロッセルと代官のダストンは、スラムに住んでいた者たちを、犯罪者を除いておっさんに預ける決定をする。
おっさんは、スラム街の者たちを、領都から連れ出すことにした。もちろん、おっさんの計画を聞いて、賛同をしてくれた者だけだ。
「人数は?」
「1、000人くらい?。ばぁちゃんが、”おっちゃんには、もう少しだけ増えそうだ”と言って欲しいと、言われた」
1,000人は、村の規模では大きい村だ。
小さな町だと言ってもいい。スラムだけの人数ではない。ロッセルから護衛として仕える者たちも含まれている。
おっさんの計画では、領都から5日程度の距離にある”魔の森”の周辺部に接するような形で、村を構築する。他国への国境がある場所からも距離が取れている場所だ。
この村の代官は、イーリスが就任することが決定している。イーリスが望んだことだ。
最初は、村として申請をして、第一陣の移住が完了した時点で町に昇格する。当初の計画では、移住者が1,000人を越えたタイミングで、街に昇格する。街に昇格したタイミングで、イーリスに辺境伯が預かっている準男爵位を与えることになっている。イーリスが独立した貴族として、辺境伯領から”魔の森”に繋がる辺境の街と周辺を治めることになる。
おっさんとカリンも、辺境の村に住むことになる。実際には、”魔の森”の中に居住するが、辺境伯に届けられる市民権は、”辺境の村”の所属になる。
領都から、”魔の森”に向けての街道の整理が始まると同時に、”辺境の村”の整備が始まる。
イザークとアキが連れてきた子供たちだけではなく、教会がほぼしていた子供たちも、”辺境の村”に移り住むことになる。
イーリスが主導して、近隣からも”子供”が集められる。
子供は、ロッセルが連れてきた護衛から護身術を学ぶことになる。おっさんが、辺境伯に依頼した内容だ。
村は”魔の森”に隣接する。
魔物に襲われるリスクが高い。
リスクの確認を行うために、おっさんはバステトとイザークとアキたちを連れて、”辺境の村”の予定地で、野営を行った。
1か月以上の野営の結果。脅威ではあるが、対処は可能だと判断をした。
同時に、カリンと一緒に”結界”の開発を行った。
村の全域を覆うのは難しいが、”魔の森”に接する部分だけを守るには十分な出力が確保できる。
また、道具を動かすための動力も”魔の森”から来る魔物を討伐することで得られる事が確認できた。
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「イーリス」
「はい。カリン様。何かありましたか?」
「ちょっとした疑問がある」
「なんでしょうか?」
「なんで”市民権”なの?」
「え?」
「”領”や”街”や”町”や”村”で、”市”はないよね?市民権じゃなくて、”領民権”が妥当じゃないの?」
「あっ・・・。それは、初代様が、”民”を”市民”と呼んでいたからで・・・」
「え?そうなると、帝国なのに、皇帝じゃなくて、国王と呼んだり、皇都ではなく王都と呼んだり、初代の勇者が原因?」
「はい。呼びかたは、初代様がお呼びになった”呼び名”です」
「へぇ・・・」