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第三十四話 ロッセル


 ダストンは、おっさんの提案を受け入れた。
 もちろん、指示書に対する対応策を質問状の形で、辺境伯に伺いを立てている。

 返事を待っている間に、腹心候補を考えていた。

(誰か?俺の代わりに、領内を回る者が欲しい。いきなり、腹心は難しいだろう。俺も忙しくなる。副官が欲しい。俺に従ってくれる副官が・・・)

 ダストンは、自分で考えて”腹心を欲している”と思い始めている。
 実際には、おっさんの入れ知恵だ。それだけではなく、おっさんは次の手を打っていた。

「ダストン様」

 辺境伯から、宛がわれている家宰が、ドアをノックしてから執務室に入ってきた。

「なんだ?」

「ダストン様の話を聞いて、訪ねてきた者が、面会を求めております」

「俺を?誰だ?一人か?」

 もちろん、ダストンには辺境伯領以外に知り合いは少ない。
 そもそも、ダストンは辺境伯領から出ることがない。他の貴族領にも、数年前に辺境伯と一緒に行っただけだ。

「お一人です。御仁は、”ロッセル”と名乗っています」

 ダストンは、ロッセルの名前を聞いても、知らない人物だ。
 実際に、今までダストンとロッセルの接点は存在しない。

「身分は?」

 身分を聞くのは、当然の手順だ。
 初めての人物が、一人で面会を申し込むのは、通常では考えられない。

 通常なら、辺境伯領の領都で商売をする者や、辺境伯の領軍の知り合いに、紹介してもらい、代官を訪ねて来る。
 最初は、一緒に来るのが、一般的だ。ロッセルは、そのあたりの手順を飛ばしている。ダストンが、怪しむのは当然の流れだ。

「”元・宮廷魔術師”です。身分証を持ってきています」

 身分証は、ギルドカードだ。
 ロッセルのカードを確認した家宰は、問題がないと判断して、ダストンに繋いだ。

「誰が保証した身分証だ?」

 ”元”がギルドカードに記載されている場合には、身分を保証した者が解るようになっている。
 記載は、隠して見られないようにできるが、身分証として使っている場合や、面会を求める場合には、保証者は表示するのがマナーだ。

「ジュリオ子爵家の現当主様です」

「ん?ジュリオ子爵?」

 家宰から信じられない”家”の名前が出てきた。

 ダストンも、貴族家・・・。辺境伯の領都を預かっている身として、最低限の貴族は覚えている。
 家宰が告げた”ジュリオ子爵”は、もちろん知っていた。

 宰相派閥だ。辺境伯家から距離を置いている家で、それほど目立った功績がある家ではない。長い物に巻かれるような家だと記憶していた。

「はい」

 家宰は、自分がメモした物を見て、ダストンからの確認を認めた。

「わかった。会おう」

 ダストンは、執務室を出て、応接室に向かう。

 おっさんが仕組んだ事だとは知らないで、ロッセルが待っている。応接室に入った。

「貴殿が、ロッセル殿か?」

 ロッセルは、立ち上がって、応接室に入ってきた。ダストンに深々と頭を下げる。

 ダストンは、そのままロッセルの正面まで移動する。
 移動してくる間。ロッセルが頭を上げないので、この場では、ダストンの方が上だと認識していると態度で示した。

 ダストンが、目の前に立ったのを感じてから、ロッセルは姿勢を戻して、挨拶を行う。

「始めまして、ダストン様」

「様は、いらない。貴殿は、宮廷魔術師だと聞いた。私は、代官だ」

 ダストンは、おっさんを倣って、敬称を外させる。
 ロッセルの真意は解らないが、敵対した時の為に、鷹揚な態度で接すことにしている。今までは、身分で上下を決めようとしていたが、上下を決めておっさんに対応した時のようになると問題になる。その為に、常に相手よりも下になるように対応を行おうとしている。

「いえいえ。ダストン様は、辺境伯の腹心という噂です。そんなお方に・・・」

 ダストンは、ロッセルが言った。”辺境伯の腹心”という言葉を聞き逃さない。しかし、ロッセルに意味を問いただせない。確認もできない。もう一度聞き直したい衝動を我慢した。でも、”嬉しい”のは”嬉しい”。辺境伯の”腹心”と思われているのか、噂が流れているのか?それで、風向きは違ってくるが、ダストンは、たった一言で、ロッセルを気に入った。

「腹心などと・・・。”様”は、外していただきたい。ダストン殿。座って、訪問の目的をお聞かせ願えないでしょうか?」

「わかりました。ダストン殿」

 ダストンが座るのを見てから、ロッセルはソファーに座る。深く腰掛けないで、浅く腰掛けて、背筋を伸ばす。面接に来たかのような雰囲気を醸し出す。

 家宰がメイドに目配せをする。待機していたメイドが、ダストンとロッセルの前に飲み物をセットする。時間が昼前なので、食べ物は用意しない。まだ、敵なのか、味方なのか、判断が出来ていない。
 しかし、家宰はダストンの表情や態度から、ロッセルを気に入り始めていると判断した。

 出された飲み物に口を付けてから、ロッセルは口を開いた。

「ダストン殿。私は、貴殿が行おうとした、奴隷条例への対応を知って、感銘を受けました。そこで、手助けができないかと馳せ参じました」

 斜め上から話で、ダストンは思考がストップしてしまった。

「ロッセル殿。まず、”奴隷条例”への対応は、辺境伯領の領都で行おうとした・・・」「解っております」

 ロッセルは、ダストンが説明を始めようとするのを遮った。

 解ったうえで、話を聞いてほしいと言い出した。

 そもそもの発端は、辺境伯に送られた、ダストンの”対応の可否を求める嘆願書”だ。
 辺境伯は、ダストンの嘆願書を”是”として、許可を出す決定をした。しかし、”嘆願書”の内容が、”法”として問題にならないのか、確認を行うことにした。

 この時に、宮廷魔術師を辞めさせられることが決定していた(事にした)ロッセルに、宰相派閥は嫌がらせのように、雑用を行わせていた(ロッセルの視点)。この雑用の中には、宮廷魔術師には不向きな書類の整理が含まれていた。

 ロッセルは偶然に見つめた書類が、ダストンの嘆願書を見て、宮廷魔術師を辞めて、身分証を発行してもらって、辺境伯領にやってきた(ことになっている)。

 と、ダストンに都合がいいように改修された話をした。

 実際には、おっさんと辺境伯がロッセルという手駒を、ダストンに張り付かせて、ダストンの腹心という立場を作って、辺境伯領の他の地域を見回らせると同時に、おっさんとカリンへのサポートを行わせる。
 ダストンを解任させて、代官を置き換える必要がない。ロッセルという首輪があるだけで、手綱が握れるのは大きい。

 おっさんも、情報が得やすくなって、今よりも手厚いサポートが得られる。そして、”何か”ある度に呼び出される現状を帰る必要があった。森に引きこもる前に、ダストンに副官に相当する人物を見繕う必要があった。

 辺境伯も、一度は問題の一歩手前までの事をしでかした、ダストンに首輪をつけることができる。
 ダストンが権力に弱いことから、権力から離れているが、遠すぎない人物を首輪にしたいと考えていた。丁度よい人物として、ロッセルを考えていたが、辺境伯からの命令としてロッセルを送り込めば、首輪にならない。そこに、おっさんから、提案が届いて、吟味して、ロッセルも承諾したことから、ロッセルを送り込むことにした。
 ジュリオ子爵は、”奴隷条例”を受けて、宰相派閥から辺境伯の派閥に鞍替えを考えていた。そのタイミングで、辺境伯から”お願い”をされれば、断ることはない。喜んで、ロッセルの保証を行った。

 おっさんと辺境伯の思惑が合致したロッセルの送り込みだが、ロッセルも辺境伯への脱出を考えていた。
 タイミングが合致しただけではなく、全ての思惑を達成できる一手だ。

 もちろん、ダストンは、暗躍された結果だとは知らない。ロッセルの副官への任命も自分で決めたことだと思い込んでいる。辺境伯には、”ジュリオ子爵”を含めて包み隠さずに報告して、許可を求めた。

 翌日に、辺境伯から”奴隷条例”対応に関して、許可が届いた。同時に、ロッセルの副官にする件の許可が出た。

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