第三十二話 愚か者
勇者たちは、お披露目を行ってからも何も変わらない日々を過ごしていた。
お披露目は、大通りをパレードする形で行われた。
盛大という言葉が相応しい状況だったが、一部の民衆は冷めた気持ちで、パレードを眺めていた。
勇者たちは、宰相派閥の貴族に引き取られるように、貴族家の屋敷に移動した。
貴族家で、傲慢な態度はさらに酷く傲慢に拍車がかかった。勇者たちは、安易な快楽に溺れて行った。
勇者の1人であり聖剣の持ち主である
最初は偶然だった。
王宮での暮らしに飽きた勇者たちは、森に散策に出かけた。もちろん、騎士団を護衛に付けてだ。娯楽がない世界では、狩りが貴族の娯楽として定着していた。勇者たちは、面倒だと感じながら貴族の狩りに随行した。
その時に、貴族が連れてきていた奴隷の一人が、勇者が持っていた剣に間違って触れてしまった。
「貴様!」
奴隷は、貴族家の下男で荷物運びをしていた。
この日も、
聖剣にも触れたのではなく、
「お許しください。お許しください」
奴隷の下男は、土下座して謝罪の言葉を口にする。
やったことから考えれば、むち打ちくらいで終わるはずだ。一緒に居る貴族や騎士たちも、下男が蹴られて、暫くの間は使い物にならなくなる程度だと考えていた。
「はははは」
異様な雰囲気に、場の空気が一変する。
「お許しください。勇者様」
奴隷は、頭を踏まれた状態でさらに懇願する。
地面に額を打ち付けながら奴隷は謝罪の言葉を口にし続けた。
暫くしてから、
そして、奴隷の顔面を蹴り上げる。
「許してやるよ」
奴隷に向けて
「ありが・・・。え?」
奴隷が顔を上げて、感謝の言葉を述べている途中で、右肩から左わき腹に賭けて、
そして、そのまま奴隷は切断された。
辺りには、血の臭いが漂い始める。
奴隷を殺したことなど気にした様子がない
「ぎゃははは。こいつの顔!最高だ!許されると思ったのか、ばぁぁかぁ!許すわけがない。俺の剣にゴミが触ったのだぞ!簡単に死ねたことが許しだ!」
死に際の顔をさらに殴りつける。動かなくなり、抵抗してこない相手には、どこまでも残忍な行いができる。
「勇者様?」
騎士が近づいて声を掛けるが、
「おぉぉぉすごいぞ。スキルのレベルが上がったぞ!」
「本当か?」
最初に近づいたのは、
「あぁゴミを切ったあとで、加速のスキルが上がった。あれだけ、魔物を討伐してもあがらなかったのに!」
初期のスキルだが、剣に付与することで、斬撃を飛ばせる。
「本当か?」
前のめりに聞いてきた
「あぁゴミだし、大した経験値にはならないだろう?でも、上がったぞ」
「そうか、俺もやってみるか?」
「やってみろよ!ゴミなら沢山あるだろう?」
「あぁ」
スキルが上がらなくてイライラしていた所に、スキルのレベルを上げる方法が目の前にぶら下がったのだ。すぐに試したくなるのは当然の成り行きだ。そして、それは、近くに居る奴隷を殺す事だ。人として、最低限で守るべきラインを簡単に越えて、
土のスキルだ。
最低ランクで、簡単な礫が飛ばせるだけだが、何度も打ち付ければ、人でも殺せる。
余談だが、カリンこと
取得した後で、礫が使えると教えられると、礫の形を工夫したり、速度の調整を行ったり、狙い通りに当たるように練習をした。そのうえで、森に赴いて魔物相手にいろいろと試してスキルのレベルを上げた。
「お!本当だ!
勇者たちは、
言葉にすれば、それだけの事だが、違った言い方をしたら、奴隷を殺し続けた。
魔物の様に襲ってこない相手を殺すことでスキルが向上することは、騎士たちも当然承知していた。
しかし、騎士たちは奴隷を殺す方法を教えなかった。面倒なことになるのは解り切っていたからだ。
そして、騎士たちが恐れていた事態になってしまった。
そもそも、人を殺すよりも、魔物を討伐したほうがスキルのレベルは上がりやすい。
しかし、勇者たちは、自分たちで倒そうとしないで、騎士たちに魔物を弱らせてから、安全な状況になってから最後の”とどめ”を行っていただけだ。それで、スキルレベルが上がるわけがない。
さらなる楽を覚えてしまった
人殺しへの忌避は既に無くなっている。
ちやほやされ、自分たちが特別だと思い込んで、奴隷は人ではないと思っている。
勇者たちは、自分のスキルを上げるために、訓練をして、魔物と対峙して、魔物を討伐する。それで得られる経験は、スキルの数値以上に大きな意味を持ってくる。
勇者たちは、今まで接待で必要なスキルを上げようとしていた。
必要なスキルが上がってきたら、スキルが上げを理由に、魔物の討伐を行う計画になっていた。
しかし、勇者たちは安易な方法を知ってしまった。
そのために、勇者たちは、スキルだけが高くなったが、実戦経験がない状態になってしまう。
貴族家の当主なら問題になることは少ないのだが、勇者たちは帝国の看板として、戦地に赴かなければならない。
その時に、金メッキがはがれてしまう可能性がある。
そうなった場合に、一番の不幸は誰なのか・・・。
そして、殺されるためだけに買われる奴隷。
帝国には、それほど多くの”殺しても問題にならない”奴隷は居ない。既に、殺しても問題にならない奴隷は使いつぶしている。
そうなると、勇者たちの求めに応じて、奴隷を確保するのが難しくなる。せっかく確保した勇者たちを有効に使えなくなる事を恐れた、貴族家は勇者の求めに従って”殺せる”者たちを準備しなければならなくなった。