第十四話 おっさん笑う
ダストンは、完全に理解する前に、おっさんに言質を与えてしまった。
イーリスの目の前だ。さらに悪い事に、このおっさんはぬかりがない。スマホを使って、言動を記憶している。勇者の使う道具だと説明して、録音している音声の一部を再生して、ダストンに聞かせた。
最終的には、秘書官を呼び寄せて文章を作成する事態になってしまった。
イーリスは、”そこまで”しなくても・・・。と、いう表情を浮かべているが、おっさんはダストンを一切信じていない。信じているのは、”風見鶏”な部分だ。今、この場ではおっさんが一番の権力を握っているので、おっさんに靡いているが、おっさんが居なくなって、辺境伯がくれば辺境伯に靡く。
おっさんの求めているのは、ダストンに求めたのは”風見鶏”の部分だ。
辺境伯にはしっかりと報告はするが、ダストンを辺境から追い出して欲しいとは思っていない。
文章が出来上がってきて、おっさんが確認して、イーリスに渡す。イーリスも確認をして、ダストンに渡す。
ダストンは、止まらない汗を拭きながら、文章を確認してサインをする。
4枚の書類が同じ内容になっていることを確認して、すべてにサインを行う。
一枚を、おっさんが管理する。もう一枚は、ダストンが持つ。もう一枚は、イーリス経由で辺境伯に渡される。そして、最後の一枚は神殿に保管されることになる。
「さて、ダストン殿。有意義な時間だが、時間は有限だ。我々は、急いで準備をしなければならない」
「準備?」
「辺境伯に依頼された事の調査と、この書類を辺境伯に届けなければならない」
「え?依頼された事?」
「あぁダストン殿は、気にしなくていい。俺が個人的に、辺境伯に頼まれたことだ」
「・・・」
ダストンは、おっさんの言葉でさらに不安な気持ちが強くなってしまう。
しかし、今は聞ける雰囲気ではない。そのうえに、自分はすでにやらかしている。
「イーリス。他に、何もなければ、ダストン殿の貴重な時間をこれ以上浪費するのは悪いだろう。宿に向かおう」
「はい」
イーリスは、いい笑顔でおっさんに返事をしている。しかし、本音で言えば、さっさと帰りたいのはイーリス自身だ。ダストンがどんどん追い詰められていく様子は最初の頃は良かったのだが、徐々にダストンが哀れに思えてしまった。
清書されて、サインをされた書類を受け取って、イーリスとおっさんはダストンの部屋から出る。
帰りは、来るときとは違ってしっかりと屋敷の者が案内をしている。ダストンが失脚するかもしれない状況で、自分たちも巻き添えにならないように、最低限のことをしておこうと思っているのだ。
馬車に乗って落ち着いたのか、イーリスはおっさんに聞きたい事があった。
「まー様。あの書類は、ダストン殿を守る役割もありますよね?」
おっさんは、ダストンが気持ちよく書類にサインをするために細工をしていた。
それが、ダストンが辺境伯の忠実な部下であること。命令の解釈を間違えていた。ダストンには、”非がない”ことなどが書かれている。今後は、おっさんと辺境伯に定期的に報告を上げることを設定することで、今回のことは問題にしないと書いていた。
「あぁ気が付いた?」
「はい。ダストン殿が、あの条項を読んで安心していたので、てっきりまー様は削除するのかと思いました」
「イーリス。俺は、ダストン殿を、買っているぞ?」
イーリスは、おっさんのセリフを聞いて、今日一番の驚きの表情を見せる。
「え?どこ?は?」
動揺も激しい。
ダストンが見て居たら落ち込むくらいの動揺だ。
「酷いな。あの”風見鶏”はすごい性能だからな」
「まー様。言っている意味がわかりません」
イーリスは、おっさんの言葉を聞いてはいたが理解ができない。”風見鶏”の説明を聞いても、だから何?と思ってしまうだけだ。
「ダストン殿は、あの場では、俺に従っているように見えた。そして・・・。したたかに、自分を守ろうとしたよな?息子を処断してでも・・・」
「はい。姑息な方法です」
イーリスは嫌悪感を表情に表す。
おっさんは、そんなイーリスに気が付いていても、無視することにした。
「姑息か・・・。まぁいい。イーリス。ダストンは、あっ。ダストン殿は、強い者が居れば、それに靡く」
おっさんは、姑息だとは思わなかった。
自分が助かれば、流れで息子を助けられると計算していると思ったからだ。イーリスとしては、ダストンを処断して新しい代官を派遣すればいいと思っていたのだが、おっさんはダストンを見て”使える”と考えた。
「・・・?」
「ダストン殿は・・・。もういいか、面倒だ。ダストンは、俺への対応を変えた。今までは十分に効果があった”辺境伯”の後ろ盾が、効かない相手に対峙したからだ。ここまではいいよな?」
「はい」
「だから、ダストンは、”俺の言っていることを承諾した”かのように見せた。唯々諾々と従っているように見せている。俺を辺境伯以上だと言っているようにも聞こえるくらいだ」
「はぁ・・。それが、解っていながら、なぜ?」
イーリスは、不思議な気持ちになっている。
「ん?辺境伯が、いつまでも俺の俺たちの味方だという保証がないし、辺境伯が政変で勝ち残れる保証もない。でも、俺たちには、それを知る手段が乏しい」
「え?辺境伯?」
おっさんは、辺境伯が自分たちを見捨てる可能性を考えていた。宰相なら、どこかで、綻びが見える可能性があるが、有能でおっさんのことを知っている辺境伯だと、おっさんやカリンやイーリスに知られないで、誰かに高く売り払う可能性がある。最終的な、暴力の時点で気が付けば、抗う方法はあるが、暴力を使う暇がなければ、気配を察知しなければならない。道中に、カリンがスキルを発動してしまっているだけに、おっさんは友好的な搾取を辺境伯が行う危険性を考えていた。
「そうだ。ダストンが、俺たちに手を出してこなければ、まだ辺境伯は俺たちの味方である可能性が高い。そして、ダストンが逃げ出さなければ、辺境伯は力を持っていると考えてもいいだろう」
イーリスには、解りやすく”味方”という言葉を使ったが、味方でも潜在的に”利用する立場”の味方も存在する。おっさんとカリンの力は、”利用”を考えた時に、政争に使うのが最初に思いつく。辺境伯には協力はするが、”政変”に巻き込まれたいわけではない。
おっさんは、ダストンを”風見鶏”に使おうと思っている。
自分たちへの悪意で恐ろしいのは、辺境伯が、おっさんとカリンを利用しようと考えた時だ。懐柔にしろ、誘惑にしろ、方法は多種多様だ。全部に対応するのは、現実的に不可能だ。辺境伯を監視しなければならない。
辺境伯の監視は、物理的にも精神的にも不可能だ。物理的には、距離の問題もある。それこそ、おっさんが辺境伯の腹心にでもならなければ無理だ。それは、辺境伯がおっさんを利用することに直結する。利用を防ごうと思って、利用される場所に身を置いたら意味がない。
そこで、辺境伯を監視する別の者を用意したかった。
最初は、イーリスを考えていたのだが、イーリスでは素直すぎる。監視するのにも気を使ってしまう。
「あっ・・・。だから、ダストン殿を・・・。見張る意味で、あの条項なのですね。不思議だったのです。なぜ、ダストン殿の秘書官を定期的にギルド経由で報告をさせるのかと・・・」
「ダストンが直接だと、ダストンが嫌がるだろう?ギルド経由なら、ダストンは面倒だと思いながらも、連絡を切らない」
ダストンは、知らない間におっさんの手駒に加えられている。
知らない状態で、辺境伯を監視する役割をかせられている。おっさんは、この事をイーリスに告げることで、イーリスの心にも楔を打ち込んでいる。楔が必要だとは思っていなかったが・・・。
カリンのためにも、イーリスにはこのままで居て欲しいと思っていた。
哀れなダストンは、おっさんが口にした「辺境伯からの依頼」を気にして、おっさんたちの動向を調べるように部下に指示をだした。
これもおっさんの手口だ。おっさんは、笑いが止まらない状況になっている。