第十三話 おっさん勝ち取る
ダストンは、おっさんとイーリスに見られていることにも気が付かないで、自分の保身を考えるのに必死になっていた。
ダストンは、おっさんとカリンを匿う以外にも、辺境伯から指示を受けていた。
指示の実現の為にも、おっさんとカリンとは友好関係を結ばなくてはならなかった。先ぶれを受けて、息子が居ないことに、安堵していたが自分が大きなミスをしてしまった。友好関係を結ぶのが最低条件であった人物に不快な思いをさせてしまった。
「え?」
やっと二人の視線に気が付いて、自分が話しかけられていることに気が付いたのだが、二人の話を聞いていなかったために、状況が把握できない。
「ふぅ・・・。まずは、ダストン殿。座ってくれないか?」
「まー様?」「あぁイーリス。ここは、私に任せてもらえないか?」
おっさんの申し出に、イーリスは軽く頭を下げて、了承の意思をつたえる。立ち尽くしているダストンを椅子に座るように誘導する。
おっさんは、ダストンがイーリスの前に座ろうとするのを見て、自分の前に座るように目で訴える。
話を聞いていなかったダストンだが、辺境伯領の領都の代官を任される程の人物だ。おっさんとイーリスでは、どちらが主導権を握っていて、どちらのほうが与しやすいのかは判断できる。なので、権力を持つイーリスの前に座って、話の主導権からおっさんを外そうとしたが、目論みは簡単に潰えた。
ダストンが、諦めの表情で、おっさんの前に座る。
おっさんは、椅子に浅く腰掛けるダストンを見て、苦笑を向ける。
自分が、笑われているのがわかるが、何が行われるのか解らないために、ダストンは対応が取れない。
「ダストン殿。私の事は、まーさんとでも呼んでくれ、あぁ敬称は不要だ。”さん”が私の国では敬称の一種だ」
「そうなのですか?」
「あぁだが、私以外に”さん”は付けないようにしてくれ、一緒に召喚されたカリンや他の勇者たちには、意味が違ってしまう」
「え?」
ダストンは、何を言っているのか理解ができなかった。
一緒にいるイーリスを見るが、イーリスは何も反応しない。
反応をしないということは、目の前に座るおっさんが言っている事が正しいと思うしかない。
「わかりました。まーさん」
「ありがとう。それで、ダストン殿。ご子息はどちらに?」
おっさんは、最初に行うべき事を考えていた。
相手がミスをした事で、一気に決めてしまおうと思っている。
「え?」
「ご子息がいらっしゃると伺いました。私たちの国では、目上の者が館を訪れた時には、当主と当主の家族が出迎えるのが一般的です。目下のそれも、敵対関係の者の場合には、部屋で待たせておいて、当主だけで面会します。貴殿は、私たちと敵対するつもりなのですか?」
おっさんは、イーリスから、勇者(初代)が残した書物を聞いている。
その中には、日本に関する事も書かれているが、日本の常識に関しては書かれていない。イーリスだけではなく日記を読んでいるカリンから聞き取りをしている。
代官が、”勇者の国”を知っているとは思っていない。実際に、イーリスに確認しても、礼儀作法までは何も書かれていないし、伝わっていない。
「・・・」
「まさか、イーリス殿下と勇者召喚で呼び出された、国を救う勇者の一人である私が訪ねてきたのに、ここに居ないのですか?数日前には、先ぶれも出ていますよね?代官殿は、私たちを軽く見ているのですか?それとも、辺境伯・・・。フォミル殿からの指示ですか?」
ダストンが黙って下を向いて、額の汗を拭っているのを見て、非難の声を浴びせかける。
上司である辺境伯を名前で呼んで面識があることを匂わせるのを忘れない。
全方位で逃げ道を塞ぎにかかる。
ダストンが、ここでカードを見せて欲しいと言い出しても、最初に確認をしていない時点で、いくらでも断る理由ができてしまっている。素直に、自らの非を認めて謝罪を行えば、辺境伯からの指示をダストンが思い描いた形とは違う形にはなるが達成できる可能性がある。
「いえ、そのような事は・・・」
必死に言い訳を考えてしまっているので、おっさんの思惑通りに話し合いが進んでしまっている。
「それならなぜ、私たちが来る事を承知していたのに、ご子息は居ないのですか?なぜ、私を従者と間違えるのですか?」
「それは・・・」
「それは?私たちに何か不満でもあるのですか?」
「いえ、そのような事はございません」
おっさんが少しだけ引いた発言をした事で、ダストンは顔を上げて全面的に否定する。
「ダストン殿。私は、理由を知りたいのです。言い訳を聞きたいわけではないのです」
「それは・・・」
ダストンは、おっさんの横で座っているイーリスを見る。
あの王の血族だとは思えないほどの美しい女性だ。少女から女性に移り変わる時期で、あどけない中には王族として気品を持っている。貴族の中には、王との血縁になるという目論みとは別に、美しい女性としてのイーリスを欲する者も多い。
ダストンがイーリスを見ているのに気が付いて、おっさんもイーリスを見る。
ダストンの中で、起死回生の方法が思い浮かんだ。
勇者召喚で召喚された者たちは、全部で5名。うち3名は王の暮らす都に残っている。辺境伯からの指示でも、”二人を領都から、帝国から距離を置かせるな”と、書かれていた。二人は、無能なフリをしているだけで、王都に残った勇者たちと同等かそれ以上の力を持っている可能性が書かれている。”二人の力を調べて報告しろ”とも書かれていた。
辺境伯領を訪れる二人は、若い男が一人と、イーリスと同じくらいの少女が一人だ。見ない髪色をしている少女だ。勇者信仰が色濃く残る辺境では、黒髪はそれだけでも好奇の対象になる。
「それは?」
「はい。はい。そうです。息子は・・・。私の愚息は、愚かにも」
「愚か?」
「はい。初代勇者様への御恩を忘れて、イーリス殿下だけでも十分に不敬なのに、勇者様にも・・・」
「ほぉ・・・。貴殿が、そうなるように誘導したのではないのか?」
「いえ、そのような事は、私は忠実なる僕です。辺境伯様から任された・・・。そう、任された、この地を・・・」
「わかった。貴殿には二心はないのだな?」
「恐れ多い。私は、初代勇者様への御恩も忘れた事はありません」
「そうか、そこまで聡明な貴殿の息子殿が・・・。イーリスだけではなく、勇者の少女まで手に掛けようとしていたのだな。恐ろしいことだ」
「はい。私の不徳の致すところ。もうしわけありません。申し開きはいたしません。しかし・・・。いえ、だからこそ、イーリス殿下にご面会して、勇者さまたちを安全な場所まで・・・」
「わかった。私を従者と勘違いしたのは、納得した。そして、出迎えがなかったのは、私やイーリスの事を思っての事だったのだな」
「はい。はい。そうです」
「そうか、聡明な貴殿のおかげで、私は友人であるイーリスや仲間である女性を、危険な目に合わせなくて済んだのだな。お礼を言わなければならないな」
「いえ、まーさん。私は、当然のことを実行しただけです。勇者様であるまーさんからお礼を言われるような事はございません」
「そうか・・・。貴殿が、私を従者呼ばわりした件は、貴殿の対応で忘れることにしよう。問題はないよな。イーリス?」
イーリスが頷くのを見て、ダストンは大きく頷いた。
「はい」
「貴殿の息子は、このままでは罪に問われてしまう。私も、それは不本意だ」
「??」
「イーリスや勇者を襲おうと計画を立てていたのだろう?」
「あっ。そうです。はい。私の知らぬ所で、恐ろしい計画を・・・」
「わかっている。聡明な貴殿が、そんな計画を見逃すわけがない。しかし、このままでは勇者を害しようとしていたと思われてしまう。私が大丈夫だと言っても、貴殿まで罰しなければならない。その矛先は、辺境伯まで及ぶかもしれない」
「・・・。は?」
「そこで、ダストン殿。私と勇者は、身分を隠して、鎮守の森で過ごそうと思う。もちろん協力してくれるよな?勇者が訪れなかったのなら、ご子息の罪は貴殿の機転で潰えた。そのうえで、イーリスとの会わないように仕向けたのだ。ご子息には、イーリスが滞在している間は、貴殿の監視下に置いて、私や少女やイーリスに接触しないようにしてくれるのだな」
ダストンは、何がどうなっているのか解らないし、理解ができない方向に進んでいるのだが、自分の破滅を防ぐために、頷くしか方法がないことだけは理解できていた。
ダストンが頷いたのを見て、おっさんは今日一番の笑顔で、立ち上がって、ダストンに手を差し出す。
ダストンは、訳が解らないまま、差し出された手を握ってしまった。