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第五話 オリビア


 私は、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット。

 アデヴィット。この名を持つ者は、私を入れて6名だけだ。

 皇帝であるお父様。第一皇子。第二皇子のお兄様。第二皇女のお姉様。第三皇子の弟。そして私だ。

 母たちには、アデヴィットを名乗る権利を与えられていない。

 私の母は、身分が低かった。
 そのために、つけられた従者はメルリダとルカリダの二人だけだ。従者兼メイド兼護衛だ。私も、護衛術は嗜み程度には習得しているが、命が守れるレベルではない。

 父である陛下が、御病気になってから、周りが騒がしくなった。
 自分で自分を評価すれば、皇位継承順では低い。

 ほぼ、至高の冠を被るのは不可能だ。
 しかし、私にはお兄様たちやお姉様や弟にない事情がある。皆が無視して、必要がない物と切り捨てた場所が、私の支持基盤だ。

 私は、身分が低い母のおかげもあり、民衆との距離が近い。
 メルリダとルカリダを連れて、3人だけで帝都を散策することが多かった。そのために、帝都の民衆からは私の評価が高かった。

 お兄様たちよりも私を皇帝への望む声が民衆から出てしまった。
 焦ったお兄様は、お父様の名前を使って、私を王国への特使として帝都から排除することにした。

 辺境にあり、帝国との国境近くにあった神殿が攻略されてから、王国は大きく変わった。
 帝国にも、神殿が攻略されたという情報は流れてきたが、お兄様もお姉様も、情報の価値を計りかねていた。通常なら、新しく国が興るだけだ。そして、王国と帝国に挟まれた小さな国ができたからと言って大局には影響がないと判断された。

 私は、お兄様やお姉様の意見に反対したが、権力という意味では、私はまったく相手にされない。
 有力な貴族の後ろ盾もない。私があるのは、民衆からの人気だけだ。

 お兄様の策略に乗る形で、私は帝都からの脱出を果たした。帝都に残っていても、暗殺に怯えながら生活をしなければならなかった。

 護衛は、メルリダが雇った。ルカリダも面接を行った。私も身分を隠して参加した。
 しかし、出発前に人数が増えていた。お兄様とお姉様が、私を心配して護衛を雇ってくれた。事になっている。
 実際には、お兄様やお姉様からの刺客なのだろう。

 道中ではなく、帰り道で私を殺すつもりのようだ。
 帰りなら、王国の不始末だと言える可能性が出て来るためだ。この計画が解ったのも、私を邪魔に思っている弟からの密告があったからだ。弟は、私が帝国に帰って来ないことを期待している。

 帝国を出るころには、私の気持ちは決まっていた。
 王国に亡命する。

 そのためには、騎士としてつけられた者たちの半数以上が邪魔だ。
 お兄様やお姉様の息がかかっている。弟の手の者も居るが、そちらは無視してもいいだろう。弟からの刺客は、私が帰ろうとしなければ襲ってこないだろう。

 チャンスは意外と早く訪れた。
 国境を越えて、二日目の事。

 魔物の襲撃があった。
 あとで、話を聞けば、お兄様から指示を受けていた者たちが暴走したようだ。魔寄せの香炉を使って魔物を呼び寄せた。王国の街道では、それほど強い魔物が出ないと考えたようだ。
 魔寄せの香炉は、所持が禁じられている物だ。香炉に細工がされていて、魔物が狂乱状態になって襲ってくるようにされていた。

 その結果・・・。
 護衛たちが、私たちを置いて自分たちだけで逃げ出した。逃げ出すときに、馬車を破壊して、金目の物で換金が容易い物だけを盗んで逃げた。

 残ったのは、私と従者の二人。
 そして、正義感だけ強い3人の姫騎士だ。

 王国の近くの街に助けを求めるか、帝国に戻るか悩んでいる最中に、魔物が襲撃してきた。
 3人の姫騎士は、騎士として魔物と戦うのなら、十分な力を持っているかもしれないが、護衛として考える落第点を与えるしかない。私たちを無視して、魔物と対峙している。

 こんな所で・・・。
 そんな思いが、頭の片隅に芽生えた時に、神殿の主に救われた。

 思いつきと勢いで、神殿の主であるヤス様に、亡命を申し出た。

 初めて、緊張をした。断られる可能性だってある。
 神殿の主は、身分で言えば、私の上だ。国のトップであるお父様と同じだ。形式上だけだといっても、形式が大事なことが多い。

 それに・・・。
 ヤス様の隣の・・・。

 ヤス様は、少しだけ考えてから、私の亡命を受け入れてくれた。

 大きな物を見落としている可能性があるが、まずは安全を確保しなければならない。
 メルリダとルカリダは、全面的に私の話に賛成してくれた。

 問題は、騎士の3人だ。
 特に、ヒルダは真っ向から反対してきた。王国なら納得もできるが、「王国の一部の神殿の主に膝を屈するのか」と、いきり立った。それも、神殿の主様の部下が居る前だ。
 次の休憩で、ルーサ殿に謝罪した。
 気にしていないと笑ってくれたのが印象的だ。それに、ヒルダのことを”正義に酔った者は怖い”と表現していたのが印象に残った。

 どうやら、ヒルダは”帝国から追い出された可哀そうな皇女を盛り立てる騎士”に酔っている。そのための行為は、”私、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットにとっての正義だと”解釈しているようだ。
 自己の正義の為なら、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットである私を自分の言いなりにするのは当然のことだ。
 正義を遂行する自分を邪魔する者は、全部が敵で惡で、邪魔な存在なのだ。

 メルリダとリカルダと何度も話し合った。いい方法が思いつかない状態で、神殿の入口の街に到着してしまった。

 帝国でも、王国でも、共和国でも、皇国でも、神国でも、見た事がない様式の建物が並ぶ街で、神殿への入口だと思っていたが、違った。
 正確には、神殿への第一の門らしい。詳しく聞いたが、よくわからなかった。

 トーアフードドルフは、街だと思っていたが、”村”と言われた。

 そこから、移動して訪れたのが、ユーラット。
 私たちがよく知っている”漁村”だ。なぜか、安心ができた。

 ユーラットに馬車を置いていく事に決まった。
 ヒルダたちが馬車を見守ることになった。その経緯で、ヒルダたちがユーラットに残ることになった。

 少しだけ安心したのは内緒だ。

 神殿の敷地内に入った。
 ここは、別世界なのか?

「メルリダ?」

「姫様」

「”姫”は辞めて、”アデヴィット”の名を捨てるのだから、オリビアと・・・。お願いよ」

「はい。オリビア様」

「メルリダも、ルカリダも、一緒に食事をしましょう」

「それは・・・」

「神殿は、身分がないのよ」

「「・・・」」

 二人は、渋々だが私に従ってくれた。
 意識は、これから徐々に変わっていけばいい。

 私は、リーゼ様から神殿の案内を受けた。
 メルリダとリカルダは、リーゼ様のお世話をしていたファーストと名乗ったメイドから、神殿での買い物やマナーを教えてもらった。

 夕方には、ヤス殿から与えられた家に戻ってくる。皆で、神殿のことを話す。今までに感じられなかった充実がある。神殿に来て良かった。

 広さは地方都市と同等だが、戦力は段違いだ。お兄様とお姉様が、神殿の力を侮ってくれている間は、安全だ。地方貴族が、神殿に攻撃を仕掛けて負けている。帝都には、報告が来ていない。私は知らない。
 お兄様かお姉様が情報を握りつぶした可能性が高い。帝都で、帝国が負けた情報が流れたら、お兄様やお姉様の権威に傷がつく、特に第二皇子のお兄様は軍部の力が弱まると、権力基盤が弱まってしまう。
 お姉様は、軍部の力をそぎ落としたいが、お兄様には逆らうには弱すぎる。だから、弱みを握って、お兄様から妥協を引き出しているのかもしれない。第一皇子のお兄様は、知らされていない可能性が高い。

 皆が微妙な立ち位置でバランスが取れている。
 いびつな関係だ。

 でも、私にはもう関係がない。
 今は、神殿に亡命して、アデヴィットの名を捨てた。

 そして、明日からは、神殿にあるギルドで働くことに決まった。
 家から、ギルドの建物までの移動は、バスと呼ばれる定期的に周ってくるアーティファクトに乗るか、自分で歩くか、自転車と呼ばれるアーティファクトで移動することになる。
 リーゼ様と自転車の練習をした。一人で扱えた時には、嬉しくて涙がでてしまった。リーゼ様が私を褒めてくれた。恥ずかしいけど、嬉しかった。

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