第二十四話 神樹
ほぉ・・・。
マルスが守る神殿とは違った美しさがある。
馬車を降りてから、20分ほど森の中を歩いて到着したのは、エルフたちの集落のはずだ。
「ここは?」
「集落の入口です」
「ヤス様。リーゼ様。里に向かう前に・・・」
ラフネスが、俺とリーゼの前に出て頭を下げる。
リーゼの方を向いている。
「そうだな。リーゼ。墓を見に行こう。里の中には作られていないのだろう?」
長老が申し訳なさそうな表情をするが、俺としては、素直に墓参りができそうな事に驚いた。何か、対価を要求してくる可能性があると考えていた。そもそも、リーゼの母親だけだろうが、墓が残っているとは思わなかった。
「え?お墓?あるの?里を見て、ママが過ごしていた所を・・・」
「はい。あります。ただ・・・」
「ラフネス。心配しなくてもいい。リーゼは、そんなことでは失望しない。違うな。もともと、エルフ族には期待をしていない」
ラフネスも気が付いているのだろう。リーゼを見て納得をしている。
辛辣な言い回しになってしまうが、リーゼがエルフ族やハイエルフに期待していないのは、”墓”があると言われた時にはっきりとわかった。何も期待していなかった。リーゼは、ユーラットが故郷だと思っている。
それに、ラフネスが言いかけた内容も想像ができる。
「リーゼ。母親の墓を綺麗にして帰ろう」
「うん!」
リーゼの目的の一つだ。
もう一つは、俺の用事を片づける時に、判明するのだろう。
「手伝ってやる。そのあとで、俺の用事に付き合ってくれ」
「もちろんだよ!ヤスは、何をするの?」
「神・・・。そうだな。
神殿だという予測は付いているけど、神殿じゃなくて、神樹と表現したほうが、現状の見た目に合っているように思える。
「ふぅーん。よくわからないけど、付き合うよ」
リーゼはあまり物事を複雑に考えない。深く考える必要がない位に、自分の直感を信じているのだろう。
それとも・・・。本当に、どうでもいいのだろう。
「頼む」
「うん!」
リーゼは、頼まれたのが嬉しいのか、腕を絡めて来る。
軽く頭を撫でてやると嬉しそうにする。
ラフネスの案内で、里の入口を通らずに、脇道に入る。
ラフネスを先頭にして、15分くらい歩いた。
森の中に作られていると思ったが、どうやら目的地は開けた場所にあるようだ。
湖?
池にしては、水が綺麗だ。その前に、池と湖の明確な違いを知らない。気にしてもしょうがない。水辺の近くに、墓地が作られている。
説明もしないで、その墓地の横を通り過ぎる。そうか、ここは里の者たちを葬る場所なのか?
墓地から更に5分ほど歩くと、石が置かれただけの粗末な場所に辿り着いた。
石の塔は、全部で7つ。その中で、一つだけ豪華ではないが、積まれている石が多い物がある。歩いてきた入口に近い位置にある。
「こちらです」
やはり・・・。
石が多く積まれている墓標が・・・。
「これが?」
リーゼの問に、ラフネスは頷く。
「リーゼ様。ここが、リーゼ様の母親。そして、里から名前を消された・・・。リリネスが眠る場所です」
「リリネス?ボクのママ?」
「はい」
リーゼが、墓標の前に跪く。
「ラフネス」
「なんでしょうか?」
「ここに眠るのは?」
「はい。里から出て、外で土に帰った者たちです。里では、名前を消された者と呼んでいます」
「それは?」
「名前がなければ、氏としてこの里に戻ってこられません」
「あぁ・・・」
輪廻から外されるということか?
転生の概念が根付いているのか?
リーゼが立ち上がって、後ろを振り返った。
「ヤス。この辺りを綺麗にしたいけどいいよね?」
ラフネスに目配せを行う。
「お手伝いいたします」
「リーゼ。お前は、リリネスさんの墓を綺麗にすればいい。他は、俺とラフネスと眷属で行う」
「うん!ラフネスも、お願い」
「はい。わかりました」
草を抜いて、スキルで石を磨く。
俺が知っている墓参りとそれほど違いはなさそうだ。スキルが使える分だけど、作業が楽かもしれない。
草が抜かれて、周りの状況が見えてくると、最初に見えていた墓標よりも多くの墓標があるのが解る。
「綺麗になったな」
「うん!ヤス。ラフネス。ありがとう!」
リーゼが笑顔で俺たちに礼をいう。リーゼが、”礼”を言うのは少しだけ違うと思うが、素直に受け取っておく。
ラフネスが、複雑な表情をしているのだが、それは無視する。
「ラフネス。それで?案内をしてくれるのだろう?」
「はい。どうしますか?里に戻ってからでも、このまま向かう方法もあります」
「ラフネス。長老は知っているのか?」
ラフネスを睨むが、ラフネスは意味が解っているのだろう、肩をすくめるだけだ。
ようするに、里に俺たちを入れてもいい状況にはなっている。里に入ってしまうと、リーゼのことが里の者に伝わってしまう可能性がある。
里に居る連中には、リーゼを隠した方がよいと判断をしているのだろう。それだけではなく、里の連中は今でもリーゼから”鍵”を奪う方法を考えている可能性すらあるということか・・・。
「ははは。いいね。そっちの方が、俺の好みだ。ラフネス。このまま、案内を頼む」
「かしこまりました」
リーゼが、ほっぺたを膨らめながら、むくれている。
「どうした?」
「なんでもない!」
確実に怒っている様子だが気にしてもしょうがない。
先を歩いているラフネスが振り返ったので、慌てて歩き出す。
リーゼは、ラフネスの横に並んで歩いている。時折、ラフネスを睨んでいるが、意味が解らない。
墓地を抜けると、また森のような状態になる。
森の中を、10分ほど歩くと、入ってくるのとは違う結界を通過したのが解る。
「おぉぉすごいな」
「綺麗・・・」
「リーゼ様。ヤス様。ここからは、案内が出来ません」
ラフネスが頭を下げる。
「どういうことだ」
「この先に、更に厳しい結界が張られています」
「ん?結界?」
「はい。先ほどの結界は、長老衆の一部と、里の者の一部なら越えられますが、この先にある結界は、誰にも越えられません」
「そうか、それでリーゼが出てくるのだな?」
「え?ぼく?でも、一度も来たことがないよ?」
「はい。この先には、リリネスだけが・・・」
「え?ママ?」
「ラフネス。もしかしたら、以前はアフネスも越えられたのか?」
「・・・。はい。長老も越えられました」
「それで・・・」
「え?」
リーゼは解らなかったようだが、リリネスの墓が少しだけ豪華で、入口の近くに作られていたのは、リリネスが居なくなって、長老の一部が結界を越えられなくなって、さらに長老だけではなく、巫女の役割を担っていた者たちも越えられなくなったのだろう。
それで、慌てて、長老はリリネスを呼び戻そうとしたが、その時には、リリネスが死んでいることだけが解った。そこで、長老の一部なのか、里の者なのか解らないけど、リリネスの墓を作って、呪い(かな?)を解こうとしたのだろう。
しかし、時間が経過して、結界を越えられていた者たちが越えられなくなって、三重に張られている結界の二つ目や三つ目を越えられない者が増えてきて、自分が越えられなくなる可能性を恐れた。
そして、結界だけではなく、いろいろな者を里に齎した、リーゼの父親を追放したことを思い出したのだろう。リーゼが何かを持っている。”鍵”をもっていると変換したのだろう。
ラフネスに教えられた通りに道を進むと、確かに結界が存在していた。
リーゼが越えられるのは解っていたが、俺も問題はなかった。
「ヤス。すごいね」
「あぁ」
語彙が乏しくなってしまうが、神樹は俺たちの神殿とは違っていた。
大きな樹木だと思っていた。
近くに来て、一つの樹木ではなく、複数の樹木が一本の大樹に寄り添うようになっている。中央の樹木は、葉の上に土でもあるのか、葉の上に大木が生えている。全体で見ると一本の樹木だが、複数の樹木から形成されているために、葉の形や色だけではなく、樹木事態が不思議な形になっている。
しかし、全体で見ると一本の大樹だ。
美しいとさえ思えて来る。
「ここが?」
「あぁ神殿・・・。神樹だな」
大樹を見上げる。
ただそれだけの行為を、何時間でも行える。