第三十五話
/*** カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ Side ***/
非常に困惑している。一昨日の様子だと、明日にも、ミュルダに向けて、兵を進めようとしていた、アンクラム・・・いや、アトフィア教のやつらが、急に尻窄みになったと報告が届いた。時間差があるだろうが、一昨日まで来ている情報では、確実に兵と兵站をまとめていたようだが、昨日の報告では、一部のアトフィア教・・・狂の奴らが、騒いでいるだけで、兵も解散されているようだ。
それに、街に居た奴隷-隷属された-獣人の姿が見えなくなっていると報告に上がっている。
今日の報告が届いた。
密偵を、部屋に呼んで問いただした。
「どういうことだ?」
「はい。よくわからない状況なのは間違いありません」
「いま、発生している事を、全部話せ」
「はっ」
密偵が見たことを要約すると、ミュルダに向かうはずだった兵の一部が、ブルーフォレストに、隷属化された獣人と共に向かったということだ。
そして、噂はなしのレベルだが、アンクラムの街に派遣されてきていた、アトフィア教の司祭数名が、ブルーフォレストに冒険者や奴隷商と、一緒に向かって、帰ってこないらしい。内部まで調べられないので、市井の噂はなしなのだが、暫く姿を見ていないらしい。
どうやら、攻めるために、獣人を盾にでもしようとしたのだろう、ブルーフォレストに向かって、そのまま返り討ちにでも有ったのだろうか?
そんなことが考えられるのだろうか?
「ブルーフォレストには、どのくらい向かった?」
「最初に、3,000~4,000。今回は、多くても500程度だと思われます」
「え?その数に間違いはないのか?」
「はい。残されている、兵の数を考えますと、ほぼ間違いないかと思われます」
アンクラムは大きな街だが、常備兵は、5,000程度のはずだ。アトフィア教や奴隷商の護衛を連れて行ったとしても、ほぼ全軍をあげての出兵は考えにくい。
「いま、残っているのは?」
「多くても、2,000程度です」
「その根拠は?」
「アトフィア教の人間が、大広場で、全兵力で、ミュルダを落とすと宣伝していまして、そのときに集められた兵数が、1,500でした。領主直轄の兵が、500程度居ますので、2,000程度と判断しました」
「そうか、解った、また何か、聞きたいことが有るやもしれん。館で休むようにしろ」
「はい」
様子見だな。
サラトガの奴らの動向も気になるし、手駒が足りないのも事実だ。
/*** イサーク Side ***/
ツクモ殿との会談が終わった。正直、疲れた。ツクモ殿に関しては、考えや仕草が、年齢相応には見えないが、怖さという面では、それほどでも無い。ただ、周りに居た者からの威圧感が半端なかった。
それよりも、今は、ナーシャだ。
こんな形で、アントンの死を知ってしまったのだ。俺と、ピムとガーラントで、これからの事を話し合っている最中にも、部屋から一歩も出てこなかった。
ガーラントとピムは、武器と防具を見てくると言っていた。俺は、ナーシャのことが気になったので、残ることにした。
「ナーシャ。ナーシャ」
部屋からの返事は無い。雰囲気で、部屋に居ることはわかる。スキルをつかっても良かったのだが、ナーシャが自分から部屋を空けてくれるのを待つことにした。
鍵が空けられて、ドアが少し開いた。
「ナーシャ!」
「イサーク?」
「あぁ大丈夫か?」
「へ?」
間が抜けた声が帰ってくる。
心配になって、ドアを思いっきり空けた。
「え?なに?あげないよ?」
あぁぁぁ悲しんでいるわけじゃなかった・・・。
「ナーシャ・・・」
「え?なに?」
「おま、俺の心配した時間を返してくれよ」
「え?なんで?」
ナーシャは、どこから持ち出したのか・・・いや違うな。持ってきてもらったのだろう。大量のクッキーをテーブルの上に広げていた。
/*** ナーシャ Side ***/
兄さんのことは、なぜか吹っ切れてしまった。あれだけ心配していたのに、ステータスカードを見たら、”あぁやっぱり”という感じになってしまった。悲しい、悲しいが、イサークを失うことを考えたときよりは、ショックが少ない。
薄情なのだろう、パパが無事だと教えられた時も、”良かった。無事なんだ”と思っただけだった。
巫女姫。
それが、私の白狼族での役割だった。
私は、それが嫌だった。族長の娘だから・・・固有スキルに、レベル5念話が付いているからだ。竜族との会話は、念話が必須になる。レベル5念話はスキルカードで入手できるが、利用制限が有るために、常に使うことができる、固有スキルが絶対条件になってくる。
なぜか、黒狼族には”念話”の固有スキル持ちが産まれない。白狼族には、私のように、”念話”持ちが産まれることがある。
そして、巫女姫として育てられる。
育てられて、黒狼族に嫁入りする。相手は、黒狼族の一番の戦士になり、子供は、白狼族で大事に育てられることになる。
それがイヤで、白狼族から逃げ出した。
そして、白狼族から出た者が領主をやっている、ミュルダの街に逃げた。家出だ!
途中で、ガーラントと出会った。ガーラントは、竜族の噂を聞いて、ヒルマウンテンに登ろうと考えていたが、1人では無理だと悟って、ミュルダでパーティーを探すつもりだと言っていた。
アンクラムから行けば近いのは知っていたが、サラトガ経由で、ミュルダに向かうことにした。
ミュルダの街では、私は歓迎された。
そこで、イサークとも出会った。
その後で、私を追ってきた、兄さんも、ミュルダに留まって、領主の仕事を手伝うようになっていた。領主の息子さんに、忠誠を捧げたと話していた。すごく嬉しそうにしていたことはよく覚えている。
黒狼族に嫁入りがイヤで逃げ出したのに、なぜか、その黒狼族のイサークと一緒に居る。
そして、なによりも、イサークが大事だと思えるようになってしまっている。
兄さんは、カスパルさんと一緒に逝けたのかな?
最後まで、戦ったのだろうな。兄さん。幸せだったのかな?カスパルさん。クリスちゃんを可愛がっていたからな。大丈夫。なんでか、わからないけど、ツクモ君って言ったら怒られそうだけど、ツクモ君がなんとかしてくれる。
巫女姫の”かん”がそう言っている。もう、純潔を守っていないから、黒狼族に嫁入りの話しは出てこないだろうから、パパの所に行ってもいいけど、なんか合わせる顔がない。
でも、でも、パパたちも、ツクモ君に忠誠を誓ったのでしょ?
獣人族で、群れで生活している人たちが常々言っている、忠誠を捧げる人。我らを導いてくれる人。それが見つかったのなら良かった。
「ナーシャ様」
「はぁーい」
ドアを開けると、ドリュアスが、大量のクッキーと、ジャムを持ってきてくれた。
イサークたちにばれないように、念話でお願いしたのだ!念話持ちだったのが、これほど嬉しいことはない。ドリュアスは、スーン殿に確認を取ってからと言っていたが、こうして持ってきてくれた。
「ナーシャ様。それから、大主様から、”これ”も一緒に持っていって欲しいと、言われまして、お持ちしました。どうぞ、お収めください」
渡されたのは、小さなバッグだ。
ドリュアスの説明を聞くと、腰の所に巻き付けたりするバッグで、ポーチと呼んでいた。それに、収納のスキルが付いていて、私が気に入った、ジュースや蜂蜜が入っていると説明された。
馬鹿な私でもわかる。これは、かなり高価な物だ。
時間停止が付いているようなアーティファクトではないらしいが、時間経過がかなりゆっくりになるようだ。1/1,000 程度に抑えられていると言っていた。そんな物を簡単に渡して良い物ではないと断ろうとした
「ナーシャ様。大主様から、”もし、気になるのでしたら、貸します。ミュルダに帰る時にお持ちください。そして、帰ってきたら、返してください”と、いうことです」
「え?あっわかった。ツクモ様に、借ります!とお伝え下さい」
「はい。ありがとうございます。中身は、どうぞ食べてください。ナーシャ様の好みに合っていると思います」
「うん!ありがとう」
ドリュアスは、何かありましたら、控えていますので、お声がけくださいと言って、部屋から出ていった。
収納袋は、何度か使ったことがあるからわかる。
魔力の消費が大きいから、狩りで大物を仕留めた時にしか使わない。渡されたポーチは根本的に違うようだ。魔力は、手を入れるときに、少しだけ消費されるようだ。
そして、中身が頭の中に浮かんでくる。これは同じだ。
取り出したい物を、頭の中に浮かんだ物を掴むイメージで魔力を流す。手に、なにか触る感触が伝わるので、掴むと、取り出せるようになる。
本来なら、ここで、取り出しで消費されたであろう、魔力を注ぐのだが、このポーチでは必要ない。
通常の使い方のように、魔力を注いでも、魔力を取っていかないのだ。通常の使い方では、魔力を注がないでいると、効力が切れて、中身がバラバラと出てくるのだが、そんな気配もない。
様子見で、一時間程度身につけていたが、魔力を消費した感じはしない。でも、収納のスキルは使えているようだ。
中からクッキーを取り出して食べる。
できたてのように、温かい、そして、甘くて美味しい。本当に、沢山作ってくれてある。さっきの会議で貰った物も収納しておく。
すごく便利!
ツクモ君から貰った服や、下着も全部入れてもまだ入りそうな雰囲気がある。イサークに買ってもらった服やアイテムも入れる。兄さんたちのステータスカードもなくさないように、しっかりと保管する。
「ナーシャ。ナーシャ」
イサークだ。
今、服、脱いで着替えて、下着もつけてな・・。
「ナーシャ!」
よし、大丈夫。
下着も付けた、洗ったやつだ。洗ってない汚れた物は、ポーチにしまった。よし大丈夫!
鍵をあけて、少しドアを広げた。
「イサーク?」
「あぁ大丈夫か?」
「へ?」
何が?大丈夫だよ。危険なことなんてしていないよ・・・ね。
もしかして、クッキーが欲しくなったの?
それとも、甘い飲み物!
「え?なに?あげないよ?」
「ナーシャ・・・」
「え?なに?」
「おま、俺の心配した時間を返してくれよ」
「え?なんで?」
どうしたの?
何を呆れているのかわからないよ?
/*** カズト・ツクモ Side ***/
「どうだ?」
「彼らなら、二人は居住区に向かいました」
「わかった、ダンジョンに行くと思うか?」
「はい。十中八九」
「わかった。スーン。できるだけ、安全に入れるように注意してくれ。ライ。眷属たちにも頼んでおいてくれ」
『わかった』
これで暫くは時間ができるだろう。
「さて、カイ。ウミ。ライ。竜族に会いに行くのか?」
『主様』
「ん?」
『スキルの整理はよろしいのでしょうか?』
「そうだな。誰が一緒に行く?」
『僕とウミとスーンと考えています』
「ライは?」
『ライには、ダンジョンでの、スキル集めをしてもらおうかと思っています』『あるじ。あのね。変わったスキルが、沢山有ったの!それでね。ダンジョンでも探してみたい!』
「あぁいいよ。そのスキルって何?」
『レベル6目印や分析』
「何枚かあったのか?」
『うん。目印は、5枚で分析は4枚かな?兎族の種族スキルが、分析みたいだから、多分、兎族を人族が殺したときに得たんじゃないかな?』
「そうか、分析が欲しくて、兎族を殺すのも、ダメだろうからな。ライ。頼むな」
『うん!』
「そうだ。カイ。階層を少し進めるか?実験の結果も出始めているし、次の段階に行ってもいいだろう?」
『主様。そのために、竜族を優先しましょう』
「そうか?」
『はい。僕とウミだけでは、これから攻略が進まないかも知れません』
「スーンやライや、ヌルたちも居るだろう?」
『そうですが、相手もスキルを使い始めていますから、それに対抗する必要があります』
「安全マージンを考えてだよな?」
『もちろんです』
実験結果を確認してから、次の実験の指示をして、竜族を訪れてもいいだろう