第五十四話 密談
アルトワ・ダンジョンの周りには、動物がちらほらと見受けられるが、魔物や人は存在していない。
街道から外れている状況で、且つ、その街道が殆ど使われていないことを考えれば、当たり前の結果だが、野盗が隠れている可能性も考慮した。
動物を見つけられたから、盗賊は居ないと思っていた。
アイツらは、近くに居る動物は狩りつくす。狩りつくした上に、盗賊行為を行う。知恵が付いたゴブリンだ。見つけ次第、殲滅が正しい対応だと思っている。使い道もあるので、殺さずに捕まえることが多いのだが・・・。共和国に入ってからは、野盗は殺している。
ダンジョンの中にも、当然の様に”野盗くずれ”が存在していた。基本は、殲滅を行っていたが、捕えて情報を抜き出した後で、殺す場合も多かった。ダンジョンの中を住処にしているような”野盗くずれ”は、階層を根城にしている場合が多いので、地形を把握していて、ドロップ情報を持っている場合も多い。命乞いをする為に、情報を提示する者たちも多かった。
俺たちは、情報を欲していたが、その情報の対価で、”野郎くずれ”を許すほど優しくない。きっちりと、自分たちの行いを自分の身で受けてもらった。
アルトワ・ダンジョンの状況は、クリアだ。魔物や野盗が存在していないだけでも安全性は上がる。
森の中を見ていたアルバンが俺の所まで戻ってきた。
「兄ちゃん?」
アルバンが普段とは違う。
疲れているのとは違う。不安な表情が印象的だ。
「どうした?」
何かを感じ取ったのか?
俺の探索では、何も感じられない。カルラも、何かを見つけたわけではなさそうだ。
「うーん。よく解らないけど、気持ち悪い感じがする」
よくわからない。
感覚的な物ならいいが、アルバンの経験に基づく気持ち悪さだと怖いな。
「気持ち悪い?」
「うん。感覚だから、説明が難しいけど・・・」「アルバン。何が、気持ち悪いのですか?」
カルラの気持ちも解る。
俺への報告をしっかりさせたいのだろう。”何か解らないけど・・・”では、報告になっていない。今後の事を考えれば、アルバンにもしっかりと報告を行う技術を身に着けて欲しい。
共和国に居る間なら大きな問題は無いのだが、王国に戻ってしまうと、問題に感じる者が湧いて出てくる可能性が高い。
特に、俺がエヴァンジェリーナを迎えれば自然と帝国はもちろんだけど、西方教会との関係にも影響が懸念される。
影響が”全くない”と考える者は少ないだろう。そして、俺は皇太孫と結びつきが強い。
これらの情報が一瞬で王国を駆け巡るだろう。
その結果、従者を押し付けようとする者が出てくるだろう。多くは、排除ができるとは思うが、難しい場合もある。その時に、アルバンでは不適格だと言い出す者たちは必ず現れる。
カルラが、アルバンを厳しく教育するのには、そんな背景がある。
でも、俺は・・・。
「カルラ。いま、アルが考えているから、少しだけ控えて欲しい」
カルラの気持ちはありがたいが、アルバンには、アルバンの役割がある。
アルバンの言動が軽いと苦情をいう者が現れる可能性は否定が出来ない。
俺は、アルバンを変えるつもりはない。アルバンは、普段の言動は従者ではなく、舎弟がいい所だろう。でも、アルバンは俺に危機が迫っていれば、自分の命を投げ出してでも、俺を助けようとするだろう。カルラが、情報を持ち帰るのを優先するのと違って、アルバンは俺を助けるためなら、自分の命は無くなっても構わないと考えている。
だから、俺はアルバンの言動を許している。それに、気楽な関係であるアルバンが側に居る事も助かっている。エヴァンジェリーナも同じように感じてくれるはずだ。
「もうしわけありません」
カルラが一歩下がってから頭を下げる。
俺に謝っているのだが、アルバンに謝り方も見せている感じもする。
アルバンも、カルラを信頼しているので、カルラの態度も解るのだろう。
カルラの表情を見ながら、アルバンも頭を下げる。
「それで、アル。何が、気持ち悪い?お前が感じたことを教えて欲しい」
「うん!」
普段のアルバンに戻って、自分が思った事を、乱雑に語りはじめる。
質問を交えながら話をまとめる。
魔物が居ないのは、アルトワ・ダンジョンに常駐している者たちが狩った可能性もあるが、生存していた可能性を示すような印がある。
動物も同じで、大型の動物の存在が疑えるような跡はあるが、移動したわけでも、戦闘跡もなく、存在だけがない。
アルバンが気持ち悪いと感じるのは、森が静かすぎることだ。
アルバンの住んでいた村の話は聞いている。
その村が襲われた時の森の様子に似ているのが、落ち着かない気持ちで、気持ちが悪いと言っている。
確かに、証拠と言える物は、”跡”が存在していることだけだ。
しかし・・・
「カルラ。無視ができる状況ではなさそうだ」
「はい。出発を早めますか?」
「それもあるが、アルトワ・ダンジョンの中に裏切り者が居ないか調べて欲しい」
「え?」「??」
アルバンの気持ち悪さが、何に経験に由来しているのかがわかった。
無視は出来ない。
二人が驚いているけど、アルトワ・ダンジョンに来ている者たちは、ウーレンフートから随行してきたメンバーだけど、全員が俺と親しいわけではない。俺を恨んでいる者が紛れ込んでいても驚かない。そして、少しの心のスキマを利用して、裏切り者に仕立てる者が居ても驚かない。
実際に・・・。
「アルノルト様」
「カルラ!」
「失礼いたしました。マナベ様。アルトワ・ダンジョンの調査は、どのように致しますか?」
「カルラたちなら、どうする?」
カルラたちなら、偽情報を掴ませて、釣る方法が多いようだ。
「アルトワ・ダンジョンでは使えないな」
「はい」
「兄ちゃん。姉ちゃん。使えない理由は?」
アルバンの素朴な疑問だ。
俺とカルラは、釣りでは釣れた場合の対処が違うのだが、どのみち裏切り者が相手の情報を送る方法が確定していない限りは、難しい。
カルラが、説明をしているが、釣る為の偽情報を作るのが難しいと言うのが、カルラの考えだ。
アルトワ・ダンジョンでは、”ほぼ”固定のメンバーになっている。その為に、偽情報を流すのが難しい。
俺が懸念しているのは、カルラと同じだが、もう一つの可能性がある。
「カルラ。裏切っていない者が情報を流している可能性もあるぞ」
「そうですね。それは、難しいですね。マナベ様。裏切り者の存在は・・・」
「解らない。解らないけど、”居る”と思って行動した方がいいだろう?」
「はい」
実際に、俺たちが取れる手は少ない。
ダンジョンを把握しているので、アドバンテージはあるのだが、諜報だけを考えれば、カルラが頼りで、俺とアルバンは戦力外だ。クォートやシャープは素直過ぎる所があるので、向いていない。
「カルラ。頼めるか?」
「かしこまりました」
”裏切り者”と考えるよりも、情報流出を行っている者を見つけることに注力してもらう。
「兄ちゃん。おいらは?」
「アルは、俺の護衛だ。任せるぞ」
「うん!」
結界は維持した状態で、アルトワ・ダンジョンから情報が漏れていないか再調査を行う。
俺とアルバンが派手に動けば、カルラの張る網に引っかかる可能性がある。
それで、網にも掛からずに、何事もなく王国に抜けられれば、アルバンの考えすぎで、俺の対応が間違えていたことになるだけだ。
ここで、情報戦への対応をアルバンに経験させることができる。十分な経験値にもなる。
密談の様な状態になってしまったが、アルトワ・ダンジョンの状況が把握できる上に、アルバンの経験にもなる。俺たちは、王国への帰還が安全にできる。いろいろメリットがある。