第二十五話 出発
カルラとシャープが忙しく動き始める。
カルラは商隊と、シャープは反村長派と連絡を取るためだ。カルラは、わざと影からの連絡を受けているように見せかけている。町の中で連絡を受けたり、町から少しだけ離れた場所で連絡を受けたり、見張られている事を意識しながら、動いている。村長たちは、カルラや俺たちに気が付かれていないと思っているようだが、訓練を受けていない者の尾行だ。中途半端な尾行を見破れないほど、落ちぶれていない。
シャープはもっと露骨だ。
町長の娘婿の家に出向いて、こちらが掴んでいる情報を流している。そして、今後の話を町長の娘婿(次期、町長候補)と詰めている。アルトワ町の現状をしっかりと認識していて、こちらの要望と自分たちにできることを考えているようだ。
時間的な余裕もないことから、娘婿殿には決断を急がしている。
「旦那様」
カルラが定期報告以外での報告は珍しい。
「どうした?」
「明日の昼には、商隊から先ぶれが出せる距離に到着します」
報告がこれだけなら、定期報告で十分なはずだ。何か、問題が発生しているのだろう。
「予定通りだな。それで、何が問題だ?」
「はい。商隊に、あの方の手の者が紛れ込んでいます」
あの方・・・。
あぁ・・・。
「そうか、ユリウス自身が来たわけではないのだな?」
「はい。さすがに、止められたようです」
「当然だ。それで誰が来た?」
「イーヴァ殿とカトリナ殿です」
「はぁ?ギルも絡んでいるのか?」
「はい。イーヴァ殿は、シェロート商会の依頼を受けて居るようです」
「わかった。カトリナが、アイツから・・・。正確には、アイツからの要望を王都に居る奴らが拾い上げたのだな」
「はい。あの方から、謝罪の言葉を頂きました。旦那様に伝えて欲しいそうです」
カルラが、とある人物からの謝罪の言葉を口にする。
”愚か者が問題を大きくしてしまって申し訳ない。こちらで処理をしました。ダンジョンが見つかったとの方もあり、カトリナ嬢だけは向かわせます。頭の中がお花畑の人たちは軍を派遣しようとしていたので、全力で止めました”だ。軍なぞ派遣されたら、共和国と戦争になってしまう。なんとなく理解ができた。話が伝言ゲームで大きくなった。
心配した、王都に居る権力者たちが、軍を送り込もうとした。直前で、ヒルデガルドが、察知して軍の派遣は見送られた。その代わりに、ライムバッハ領に来ていたカトリナが商隊に紛れ込むことになったようだ。ウーレンフートの商隊と合流して、こちらに向かったようだ。カトリナの護衛として、ギルベルトが依頼したのが、イーヴァだ。俺とも面識があり、腕も確かで、シェロート商会との繋がりがある者として選ばれたようだ。
時系列で考えると、納得できない事も多いが、偶然が重なったと考えておこう。
「理解した。今から伝達して、到着を明日の夕方に伸ばせるか?」
「可能です」
「頼む。カルラ。外に、クォートが居たら、来るように伝えてくれ」
「かしこまりました」
カルラが部屋から出ていく、部屋には、アルバンが居たのだが、話を聞いて、作戦の開始が近いと感じたのだろう、カルラと一緒に部屋を出て行った。
しばらくすると、クォートが飲み物と一緒に部屋に入ってくる。
「旦那様」
「明日の昼前に、アルトワ町を出る」
「かしこまりました。町長に断わりを入れておきます」
「頼む。それから」
「はい。動きはありません」
「わかった。アルバンも準備に入っている」
クォートが頭を下げて、部屋から出ていく、そのまま、町長に挨拶に行くようだ。
宿代には多い金額を支払うように指示している。自らの罪を告白すれば、温情を与えても良いとは思っていたが、無駄だったようだ。クォートの”近隣で何か変わった事が無いのか?”という問いかけにも”ない”と答えている。
それから、町長夫人は、どうやら町長の行いには反対の意見を持っているようだ。娘から説得されたようだ。他の町民も気持ちが揺れているようだ。
町民が考えているのは、”今のままではダメ”だという思いだ。ただ、選択している方法が違うだけだ。町長は、簡単な方法を選択しただけだ。その選択の結果がどうなるのかを考えていない。成功していたとしても、未来はそれほど変わらない。
できるだけ、町民が賢い選択をしてくれると嬉しい。
やることも無くなった。
丁度、エイダが戻ってきた。
『マスター』
「どうした?」
『パスカルの接続が完了しました』
「ん?あぁダンジョンに?」
『はい。ダンジョンの名前はどうしますか?』
「コアは、”
『了。コアのセットアップを開始、4,027秒で終了』
「現状を維持して、設定は保留」
『了』
端末を起動して、状況を注視する。
エイダに細かい設定を任せているが、大まかな状況は確認しておきたい。
端末のカウントダウンが終了に近づいている。
『マスター。初期設定が終了しました。設定をロードします』
これで、リスプの状況を遠隔で見る事ができる。
ウーレンフートのサブダンジョンにできるのだな。他は、同じか?
端末で調べていると、違うことがあった。
地上部にも施設が配置できる。施設じゃないな。地上部にもダンジョンが配置できるのだな。ウーレンフートの方は、ダメだな。人工物があるとダメなのか?よくわからないけど、作るのなら・・・。アルトワ・ダンジョンなら大丈夫だ。
岩山に変更する。
崖では入るのが難しい。入口を、地上まで伸ばす。致死性の罠は排除しておくか・・・。どうせ、最後のボスラッシュは倒せない。主に、補給物資の関係だ。ダンジョンの階層は、それだけで厄介な脅威だ。帰りの食料や水を確保しながらアタックをしなければならない。実際には、20-25階層くらいが限界だろう。その倍の深さがあり、最後は高位の魔物が大量に襲ってくる。食料だけではなく、武器や防具も傷んでいる可能性が高い状況では攻略は難しいだろう。最後には、”日本語のパズル”が待ち構えている。攻略は不可能だと思っている。
岩山から入って、まずは上に向かっている。
弱い魔物を配置して、肩慣らしだ。そこから、地下に入っていく形にする。意味は無い。岩山で大体。5階層の高さにして、そのあとで、一気に落ちて、元々のダンジョンに繋げるようにする。落ちた先から、階層を降りた場所から、入口に戻れるようにしよう。ドアは一方通行にしておこう。
岩山の周りも変更しておこう。
ダンジョンの近くには、何も建築ができない様にしておこう。ダンジョンの地面と同じように、破壊ができないようにしておけばいいかな。入口から、500メートルくらいは破壊が不可能にしておけば、変更が可能だ。
あとは、徐々に設定を作ろう。
魔物や罠は、リスプに一任して、パスカルに補助させよう。
明日は、忙しくなるから、早め?に寝るか・・・。
「旦那様」
「シャープか?」
「はい」
「時間か?」
「はい」
「わかった」
起きて、シャープが持ってきた服に着替える。
動きやすい恰好だ。武器は、見える状態にはしない。移動速度の調整が大事だ。
「ターゲットは?」
「一部はすでに出ています」
馬車まで移動すると、アルバンが嫌そうな表情をしている。
「アル。どうした?」
「アイツら、飼い葉に毒を混ぜやがった。食べても影響はないけど、ここまでするの?兄ちゃん?」
「そうか・・・。もう、一線を越えているからな。確実に始末したいのだろう」
「それでも・・・」
アルバンは、どこか納得できない表情を浮かべているが、話を進める。出発しなければ、状況は変わらない。
「カルラ!」
「大丈夫です」
「クォート」
「御心のままに」
最後に、アルバンの頭を撫でてから、馬車に乗り込む。アルトワ町は、静まり返っている。
にこやかな表情を張り付けた、町長だけが俺たちを送り出してくれるようだ。
さて、茶番だが、儀式としては必要なのだろう。