第二十話 契約
ナナの表情が固まっている。
何を考えているのか想像ができる。多分、俺でも同じ事を言われたら、考えてしまうだろう。
「ねぇリン君。もしかして、新しくマガラ渓谷を越えられる場所を見つけたの?それとも、作ったの?」
「違う。神殿の権能で、ゲートを設置した」
「ゲート?」
「転移ができる門と言えばわかるか?」
「・・・。リン君。頭、大丈夫?それとも・・・。ニノサがうつった?」
「ひどいな。大丈夫。どこにもぶつけていないし。信じられないのは、しょうがないけど、今はゲートがあると思って、話を進めてくれ」
「・・・。わかった。その言い方が、ニノサと同じなのが気になるけど、いいわ」
「メルナの屋敷の近くから、神殿に入る
ナナを見ると、何か考えている。
説明を続けて大丈夫なようだ。ミトナルも、俺の話で大丈夫だと頷いている。マヤは、変わらない。ナナが用意したお菓子を妖精の姿で貪っている。妖精の姿だとお菓子が素晴らしく大きく見える。ミトナルが言っていたけど、妖精の姿の時なら食べなくても大丈夫だと・・・。嗜好品の感じなのだろうか?おいしそうに食べている。両手で持って、齧っている。
緊迫感が薄れるから、マヤはマヤのやりたいことをさせておこう。ナナも、考えながら、マヤを見ている感じがする、
「ナナ。ゲートの設置には条件がある」
「条件?」
「設置できる数と場所だ」
「そう・・・。でも、マガラ渓谷を越えられるのよね?」
「越えられる。神殿の中を移動することにはなるが、現状のマガラ渓谷を越える工程よりは安全だ。まず、落ちる心配はない。そして、魔物も出ない」
「そうね。それだけで、十分ね」
「あと、馬車もそのまま通ることができる。”セトラス商隊が通り抜けられる”と、言えば解りやすいか?」
「え?あっ・・・。そうなのね」
「どうした?」
「渓谷の警備隊の奴らが、”セトラス商隊が数年ぶりにマガラ渓谷に向かっている”と、話していたのを聞いてね。心配をしていたの・・・」
「心配?」
「警備隊の連中が、見境が無くなってきていて・・・」
ナナの話を簡単にまとめると、商隊や行商人がマガラ渓谷を越える時には、王国が定めた支払いが行えれば大丈夫という取り決めがあった。ここ数年は、それも形骸化してしまっていた。それが、最近になって商隊や行商人からの訴えを聞き入れて、何人か警備隊の連中が左遷される形で他部署に回された。アゾレムの領主命令で、通行に必要な支払いではなく、設備の利用料を徴発するようになった。それも、気分で変わる。
大手の商隊や行商人は、マガラ渓谷を避けるようになる。
「それで?セトラス商隊がどう関係する?」
「警備隊の連中は、久しぶりの商隊が来るから、どれだけの収入になるとか、何を買うのだとか・・・」
「あぁ・・・。そうか、それで、急にセトラス商隊が消えたように居なくなったから・・・」
「そう、上にも報告を出しているみたいだし、大慌てね。先走った奴は、まだ入ってきてもいないのに・・・」
「そこまで、劣化しているのか?」
「酷いものよ。マガラ渓谷が越えられなくて、長逗留している人も出始めているよ」
ナナの愚痴は止まらない。
マカ王国からの輸入品は、アロイで安く買いたたいて、アゾレムの御用商人が王都で高く売りさばく。
自分たちの首を絞めているのがわからないのか?
「ナナ。話を戻して、神殿の権能で、簡単な建物を作ることができる」
「え?」
「アロイの街道沿いとメルナの森に村を作った。メルナ側は、旧アゾレム領や近隣から逃げ出した隠里の者たちを誘致できないか考えている
「・・・」
どうやら、隠里の事も何か知っているのだろう。
雰囲気から、隠里が形成されるのに、ニノサあたりが関係したのだろう。今でも、サポートを続けている可能性がある。ナナが、アロイで宿屋を経営している理由がわからなかったが、今の表情でなんとなくだけど推測ができた。
情報を収集して、マガラ渓谷を越えた場所にあるアゾレムや宰相派閥の情報を収集するのが目的なのかもしれない。問い詰めても、意味がないことだし、放置だな。何か、必要になれば教えてくれるだろう。
「ナナ。アロイ側に作った村の村長をやってくれないか?」
「ねぇリン君」
「なんだ?」
「何を言っているのか理解をしている?」
「わかっている。ナナに、この店を閉めて、俺に協力してくれと言っている。それも、最初に狙われる場所で、危険な立場になる。聞き方によっては、”死んでくれ”と言っているのと同じことを頼んでいる」
「はぁ・・・。本当に、ニノサにそっくり」
「え?」
「教えてほしい事があるの?」
「なんでしょうか?」
「なんで、私なの?リン君は、神殿を統治するからダメだとしても、ミトナルちゃんもいるし、どうやらセトラス商隊も仲間なのでしょう?この流れだと、あの腹黒ローザスや陰険ハーコムレイ辺りも絡んでいるのでしょ?ナッセやアッシュとも繋がっているのでしょう?」
「ナナが名前を上げた中で、俺が信用して、信頼をしているのは、ミトナルだけだ。そして、マヤだ。次に、信頼しているのが、ナナだから、ナナに任せたい。俺とミトナルは、戦場に身を置くことになる。だから、俺とミトナルを除いて信頼できる人物に、一番厄介で一番危険で一番難しい場所を頼みたいと考えた。答えになっていないか?」
「セトラス商隊は、”商”に偏っているけど、ナッセ・ブラウンなら任せられるのでは?」
「ナッセは、神殿でギルドをまとめてもらう」
「・・・。厄介よね」
「え?」
「その目よ。ニノサと同じ。逆らうのが難しい・・・。わかったわ。その難しくも、楽しそうな役目を引き受けるわ。でも、条件はつけさせてほしい」
「条件?なんでもは難しいけど、できる限りは叶える」
「ダメよ。絶対に、叶えてもらう」
「・・・。わかった。ナナは、俺に何を望む?」
ナナは、俺とミトナルを見てから、天井を見つめる。
天井ではなく、遥か上空を見上げているようにも思える。そして、口元が歪む。何か、面白い事でも思いついたのか?違うな。誰かと会話をしているのだろう。
「リン君。10年後。ううん。20年後に、お酒を飲みながら、ニノサの悪口を言い合いましょう。それまで、勝手に死なないで、私に内緒で戦場には行かないで、もう誰かを見送るのは・・・。無理なの・・・」
「わかった。10年後には、昔のナナが知っている母さんの秘密を教えてくれ、そして20年後にニノサの悪口を言い合おう」
「素敵ね。私の役割は、”村を守ること”でいいの?」
「”無理のない範囲で”を頭につけてくれ、防衛に必要な人員の確保も頼むが、アッシュを動かすのと、ハーコムレイとローザスから借りを返してもらうつもりだ」
「あと、ガルドバも一緒でいいわよね?」
「もちろん」
「それなら、人員はガルドバの伝手を使ってもいいわよね?」
「任せる」
「あと、敵はアゾレムだけ?」
「違う。教会も敵になる可能性がある。宰相派閥が敵だ」
”俺と同世代の男女が敵になる可能性が高い”は、言葉にしないで飲み込んだ。
「それは、ガルドバが喜びそうね。リン君。あと一つお願いがあるの?」
「ん?」
「村の名前は決まっている?」
「決めていない。作っただけで、誰も住んでいないから、これからだ」
「それなら、私に決めさせてもらえる?アゾレムと教会への嫌がらせになると思う”名”があるのよ」
「わかった。ナナに任せる」
「うん。リン君。それでは、契約しましょう」
ナナが羊皮紙を取り出して、”アスタ”と名前を書いて、指を噛んで血を羊皮紙に押し付けた。
俺も同じことを行う。なぜか、ミトナルとマヤも同じようにする。妖精の状態だと血が出ないので、ミトナルと入れ替わって血を羊皮紙につける。
「ナナ。これは?」
「探索者や傭兵で行われる契約ね。お互いに決められたことを守るという誓いを立てる・・・。ニノサとサビニは、契約を破ったのだから、悪口を言われてもしょうがない・・・。のよ」
「そうか・・・」
ナナが立ち上がったので、俺たちも立ち上がって、ナナが差し出した手をしっかりと握る。
ナナがガルドバを呼びに行って、概略を話すと、ガルドバも羊皮紙に名前を書いて血を押し付けた。俺だけのけ者にして楽しそうなことをするなと怒られてしまった。