第七話 ミア
「リン様。一つ、お願いがあります」
突然、猫人族の長が俺に話しかけてきた。
「ん?」
長は、連れてきた少女を呼んでいる。固有名詞が無いのは、不便ではないのだろうか?
少女が、俺の前に出てきて、跪く。
どういう状況なのか解らない。ブロッホを見ても、何か納得した顔をしているだけだ。ミルを見てみても、首を横に振るだけで、俺と同じで困惑している。
「長?」
「リン様。この者を、リン様の従者として連れて行って頂けないでしょうか?」
状況がさっぱり解らない。
「どういうこと?」
ブロッホが耳打ちするように説明を開始した。
「旦那様。この者は、リン様とミトナル様及びマヤ様の従者としてお連れください」
「従者?」
従者?俺たちに?
「はい。旦那様たちが、お強いのは存じています」
「ブロッホ。話が見えない」
「リン様とミトナル様の身の回りの世話をする者が必要です」
ミルは、どちらでもいいという雰囲気だ。少女を連れて行くのには、賛成のようだ。
「世話?」
「はい。お二人が、ご自分のことは、ご自分で行えることは、解っております。しかし、我ら、眷属の総意として、お二人には従者が必要だと考えておりました」
「それは、前に聞いた」
ブロッホだけではなく、各種族の長から”お願い”された。
「ありがとうございます。神殿におられる時なら、誰かが従者のように振舞えるのですが、我らは、旦那様からお役目を頂きました」
「そうだな」
「その為に、従者の役目を専任で行える者が必要だと考えたのです」
「それは、わかったけど、”なぜ”俺やミルに従者が必要になるの?」
「旦那様は、我ら眷属の長です。専属の従者が居て然るべき立場です」
そういう常識だと考えればいいのか・・・。神殿の中にいる時だけ・・・。は、ダメなのか?
「・・・。わかった。それで、”なぜ”この子なのだ?」
「はい。これは、眷属の間で話し合ったのですが、我らでは、旦那様が神殿におられる時以外では、お側に控えるのには不適格だと判断しました」
村とかならいいかもしれないけど、王都にラトギやジャッロやヴェルデやビアンコを連れて行くのは難しいな。アウレイアやアイルなら、俺のジョブはテイマーと同等だと言えば、なんとかなるかもしれない。リデロも同じだけど、リデロの場合には、違う意味で狙われそうだ。
「そうだな。それで?」
「この者なら、旦那様の側仕えになるのではないかと愚考しました」
少女を見ると、俺とミルを交互に見て、また頭を下げる。
たしかに、少女なら”眷属より”は”まし”というレベルだ。少女を従者とするのには、少しだけ無理があるような気がする。
「長。この少女は?」
「はい。この者は、群れでは異端で・・・」
長の説明を聞いて、納得した。
いじめられたり、忌避されたり、少女を群れから追い出そうとしている状況ではない。長が、少女を本気で心配しているのが話からも伝わった。しかし、少女は猫人族としては、姿が人に寄りすぎている。猫の要素は、見た目からは、耳と尻尾だけだ。今でも、ミルが”ガン見”している。俺が、拒否しても、ミルが連れて行くと騒ぎ出すのは確定だ。
長は、猫人族の標準だと言っている。
二足歩行の猫だ。ほとんどの者が、長のような見た目をしているのなら、少女は異端だろう。
少女の前にしゃがみ込む。少女は、身長は高くない。俺やミルよりも、頭一つ半ほど低い。
「君は、どうしたい?」
可愛く首を傾ける。
ミルが少しだけ、本当に少しだけ興奮している。
「どう?」
「うーん。俺とミルの従者になってくれる?今から、王都に行くけど、ついてきてくれる?」
「うん!あっ違った。はい!」
少女を、ミルに預ける。
ミルが抱き着きたくて仕方がないという雰囲気を隠さなくなってきていて、少しだけ怖かった。
「長。ブロッホ。少女を、俺とミルで、預かる」
「ありがとうございます」
長が俺に深々と頭をさげる。
少女のことは心配だが、長として、群れも大事なのだろう。
「長。神殿に移動する準備をして欲しい」
「わかりました」
長が洞窟に戻る。
「ブロッホ。この少女は、暴力を振るわれたり、食事を制限されたり、いじめられたわけじゃないのだな?」
「はい。長や群れの者の説明には、矛盾や嘘はありません」
「わかった」
もう一度、ミルに抱きつかれて、戸惑っている少女を見る。
ステータスの確認は、後日に行えばいいか・・・。
「それで、”なんで”少女を群れから出す?」
「まずは、少女の希望です」
「希望?」
「少女は、群れの中で、自分だけが違うと感じてしまっていました」
見た目が違う。
この情報だけでも、”違う”を感じてしまうのはしょうがないだろう。
「それは解る。それで?」
「少女は、何度か、群れから離れようとしたようです。それでも、長は少女を群れで養っていたのですが・・・」
「そうか、群れが襲われた一端が、少女にあると考えたのか?」
「いえ・・・。長ではなく、子供を持つ一部の親たちが、考えたのですが、長や年長の者たちも、これ以上は少女を庇うのは難しいと判断したようです」
洞窟で、制限された生活をしていたら、誰かをスケープゴートにしたい感情が芽生えるのは当然だな。
「そうか・・・」
洞窟から、長たちが出てくるのが見える。
ミルは、少女を連れて行く気だ。今にも抱き寄せたい様子が手に取るようにわかる。
「ブロッホ。あとは、頼む。マヤに、全員の名前を考えるように伝えてくれ」
「かしこまりました」
ブロッホが、俺とミルに頭を下げてから、長たち猫人族の集まりに向かった。
長とブロッホが何か話をしている。長だけではなく、猫人族が俺とミルに深々と頭をさげる。満足そうに、頷いているブロッホが何かを言ったのだろう。神殿までは、大変な場所もあるだろう。
そう思っていたら、ブロッホが人から竜に戻った。猫人族たちは表情をひきつらせるが、話を聞いていたのだろう。それほど驚いてはいない。一度飛びだって、すぐにブロッホは平らな大きな岩?を持って戻ってきた。猫人族たちを運ぶために使うのだろう。
神殿に移動させる方法を考えていなかったが、ヒューマたちの里まで移動して、祠を使うのだろう。確かに、現状では一番確かで、安全な方法だ。
「ミル」
「なに?」
「その子は、従者ってよりも、メイド見習いだよな?俺たちの感覚では?」
「うん。名前も付けないと・・・」
ミルの中では、少女を連れて行くのは確定だ。
俺が反対するのではないかと警戒している様子さえある。
少女は、怯えた感じはない。
忙しく、抱きついているミルと俺を見ている。
「ねぇリン?」
「この子の名前・・・。”ミア”じゃだめ?」
「ん?ミルが決めたのなら、反対しないよ?」
ミルは、少女から身体を離して、正面から少女を見つめる。
「ぼ・・・。私たちと一緒に来てくれる?」
「うん。じゃなくて、はい」
「わかった。人と戦うことになるよ?」
「え?はい。大丈夫です」
きっと解っていない。
でも、”戦う”という事と、”大丈夫”が結びついているのなら、理解はしているのだろう。
「うん。貴女に名前を付けたいのだけどいい?」
「名前?」
「そう、呼び名」
「はい!」
きっと、名前もあまり理解していない。
ただ、好奇心は旺盛のようだ。
「貴女の名前は、”ミア”」
「ミア?」
「そう、これから、貴女は、名前を聞かれたら、”ミア”と答えるのよ?」
「はい!」
「いい子。私は、”ミトナル”。ミルお姉ちゃんって呼んで」
「はい!ミルお姉ちゃん」
ミアが、俺を見る。名前を知りたいのか?
「俺は、リン」「リンお兄ちゃんって呼んであげて」
ミルが余計な一言を追加する。
別に、”リン”だけでいいのだけど・・・。でも、”お姉ちゃん”や”お兄ちゃん”呼びだとしたら、従者やメイドではなく、”妹”枠だろう。説明も楽になる。義妹として連れて歩くのも、案外わるくない。従者やメイドよりは、説明が簡単だ。それに、ミルが手を繋いで歩いたら、可愛いだろう。
でもそうなると、ブロッホや眷属たちの願いとは違う結果になる。
うーん。従者は、また別に考えよう。
”世話係”と、考えると、人型でないとダメだろう。そのうえで、魔物に見えないとなると、ブロッホだけど、ブロッホには神殿を守って欲しい。
次に神殿に戻った時に考えればいいかな?
新しい妹ができたと考えよう。
ミアは、何が嬉しいのか、笑顔だ。笑顔を見せてくれた。今は、それだけで十分だと思っておこう。