第3話
皆で焼き鳥を堪能し、腹をある程度満たした後、男女それぞれに分かれてテントに入り身体を休めている。
俺が見張りを担当する時間は、朝の四時頃に決まった。そして、なんとイザベラ嬢と一緒に見張りをする事になってしまった。
騎士学院の仲間たちや魔法学院の生徒たちは、この国の貴族のトップである公爵家のご令嬢と二人きりで見張りをするのは、緊張しすぎて無理だというのが総意となったらしい。
そして、俺が焼き鳥を焼くのに集中している最中に、俺、イザベラ嬢、クララ嬢を除いた七人で話し合い、俺に押し付け……お願いする事にしたようだ。
まあ、この十人の中で最も実家の爵位が高いのは、辺境伯家に生まれた俺に間違いはない。その事からも、イザベラ嬢とペアを組んだとしても、多少の問題はあれど身分的にもつり合いがとれているといってもいいだろう。
だが、男女で二人きりという事が問題だ。俺はその点から、イザベラ嬢が断ると思っていたのだ。
「それで問題はありません。もし後から何かを言われたとしても、公爵家の方で対応いたしますので、ウォルターさんにご迷惑をおかけする事はありません。ご安心ください」
最後の頼みであったはずのイザベラ嬢が、早々にペアになる事を認めてしまった。
そこからはトントン拍子で話が進む。部隊の仲間たちは、俺が口を挟む隙を与えまいと一致団結し、お休みなさいとテントに向かって行ってしまった。
最初の見張りを担当する者たちも、イザベラ嬢を「早くお休みください」とテントに向かわせる。イザベラ嬢もお礼を言いながら、テントに戻ってしまった。
イザベラ嬢の言葉によって、俺が何か言われたり罪に問われたりする事がないようにすると、公爵家として確約された。
なので、俺から異論を口にする事すら出来なくなってしまい、結局彼らの連携に白旗を上げざるを得なくなってしまった。俺は黙ってテントに入り、静かに眠りに入った。
そして、眠りに入ってから数時間後、遂にその時が訪れた。
「ウォルター、時間だ」
マークの呼びかけにパッと目を覚ます。
即座に意識を覚醒させ、テントから出て見張りを交代する。イザベラ嬢も、前任の見張りの生徒と交代し、テントから姿を現す。
彼女は公爵令嬢で、野営をする事も勿論、こんな早起きをする事はないはずだ。にも関わらず、イザベラ嬢は日中と変わらぬ様子であり、意識もハッキリとしているようだ。
そのまましっかりとした足取りで、
「こうしてゆっくりと話すのは、初めてですね」
「ええ、そうですね。学院が違うというのもありますが、俺は十五になるまで、辺境伯領から出た事がありませんでしたから。それに、社交界も苦手でして」
「なる程。ですが、気に病むことはありません。実は、私もウォルターさんと同じで、社交界は苦手なんです」
「え、そうなんですか?意外ですね。公爵令嬢ともなれば、幾つもの場に出て慣れているものかと」
驚いてそう言うと、イザベラ嬢がフフフッと微笑む。
「確かに、慣れているといえば慣れてはいます。だからといって、楽しい場ではないものの方が非常に多いです。それに、ウォルターさんが仰ったように私は公爵家の者です。ですから、そういった場で近づいてくる者の中には、色々な思惑を持つ者が多くいます。その者たちの相手をするのは、非常に疲れるものです」
「そういう事を聞いてしまうと、ますます社交の場に出たくなくなりますね」
「……ウォルターさんは、どうして社交界にお出にならないのですか?」
唐突に、イザベラ嬢がそう聞いてきた。
俺は転生した事を抜きにして、辺境で生きる事の過酷さや、魔境の強大さや危険度をイザベラ嬢に分かりやすく説明していく。
「そのような事もあって、死にたくないので必死に鍛えていましたね」
「なる程。その様な過酷な場所ならば、そう考えるのも理解します。…………そうですよね、そんなに簡単に死にたくはありませんよね。――――
「……え?」
驚く俺に、イザベラ嬢がニッコリと微笑みながら言う。
「私も、クララも、貴方と同じって事。私たちも前世の記憶をもって生まれ、今度こそ早死にしないように、二度目の人生を必死に生きている。そんな特殊な人間なのよ、同類さん」