ついに便乗したタクト。
博多駅から小倉行きの電車に乗り込む。
年末だから人が多く、座ることはできない。
しかし、それもアンナとの時間を楽しむための口実になる。
30分ほど、今日の出来事を振り返って、話が盛り上がる。
俺の地元。真島駅についたことで、彼女とは別れることに。
「タッくん。今日は本当にありがとうね。明日……寒いかもしれないから、気をつけて」
「ああ。俺も楽しかったよ」
列車の自動ドアが閉まるまで、手を振り続けるアンナ。
別れが惜しいようだ。
ドアが閉まり、ゆっくりと列車はホームから走り去っていく。
「よし……」
列車が去ったことを確認した俺は、駅舎に上がろうとはせず。
近くにあったホームのベンチに座り込む。
「30分ぐらいでいいか」
スマホのアラームを、30分後に設定する。
アンナに帰ると見せかけて、次のミッションを遂行するのだ。
女装したあいつも誕生日だが、もうひとりの……ミハイルをまだ祝えていない。
きっと、今から帰宅して“彼女から彼”に戻るのだろう。
着替えるのには、時間がかかる。
だから……俺は待つ。
~1時間後~
30分間もホームで待機したせいで、身体が冷えきってしまった。
ま、それでもいいさ。
今は“こいつ”を、ミハイルに渡したい気持ちの方が強いからな。
真島駅から2駅離れた|席内《むしろうち》駅。
ミハイルの故郷だ。
年末ということもあってか、商店街は閑散としていた。
いくつか街灯が立っていたが、それでも薄暗い。
目的地である洋菓子店に着くと、俺はスマホを取り出す。
2階の窓を見ると、明かりがついていて、人影が見える。
きっと彼が着替えているのだろう。
電話をかけてみると、すぐにミハイルが出る。
『も、もしもし!? どうしたの? タクト……』
どうやら、かなり驚いているようだ。
「よう。久しぶりだな、ミハイル」
俺は下からずっと彼の影を見ながら、話している。
『うん……って、今日はアンナと誕生日デートだったんじゃないの?』
「そうだ。ちゃんと祝ってきたよ。喜んでくれた」
言いながら、彼の影があたふたしている姿を見ていると、笑ってしまいそうだ。
『じゃあ、オレに用があるの?』
「ああ……ミハイル。ちょうど、お前ん家の前にいてな。今から出てこれるか?」
『え、えええ!? 今から!? こんな遅くに?』
「すぐに終わるよ」
『分かった。待ってて!』
しばらくすると、店の裏から、ミハイルがこちらへと向かってくる。
随分と慌てているようだ。
アンナの時とは、対照的なファッション。
黒のショートダウンに、デニムのショートパンツ。
長く美しい金色の髪は首元で1つに結び、前髪は左右に分けている。
ただ、唇に違和感が残っていた。
急いで出て来たため、化粧が落ちていない。
ピンクの口紅が、目立っている。
「ど、どうしたの? タクト。オレの家になんでいるの?」
本人はそれどころじゃないようだ。
「それはな、ミハイル。お前に渡したいものがあるんだ」
そう言って、リュックサックから、小さな紙袋を取り出す。
「これって……」
「お前の誕生日だろ? 俺からプレゼントだ」
「タクトが? オレに?」
俺としては、半年前にミハイルからプレゼントを貰っているので、渡すのは当たり前だと思っていたが。
どうやら、本人は考えていなかったようだ。
小さな口を開いて、かなり驚いている。
「あ、ありがとう……プレゼントをもらえるなんて、思わなかったから……」
頬を赤くして、ゆっくりと紙袋を手に取る。
アンナの時と同じように、綺麗に包装紙をほどき、畳んで紙袋に入れる。
これも大事に、保管するようだ。
中にはミハイルの大好きなキャラクターがプリントされた、ギフトボックスが入っていた。
夢の国のストアで、購入したネッキーだ。
それを見たミハイルは、緑の瞳をキラキラと輝かせる。
「うわっ! これネッキーのやつだ!」
「ああ。お前が好きなの……って探したけど、良く分からなくてな……結局、これにしてしまったよ」
そう言って、頭をポリポリとかいてみせる。
照れ隠しのために。
だが、ミハイルはそんなことを気にしていない。
「ううん! オレ、このシリーズ好きだもん! 欲しくてたまらなかったやつだ☆」
「そうなのか?」
「うん☆ 開けていい?」
「もちろんだ」
ギフトボックスを開いて、中からネッキーとネニーのピアスを取り出す。
ちなみに、ダイヤモンドが入っている……。
「すご~い! カワイイ☆ 耳につけてもいい?」
「ああ……」
と言いかけたところで、思いとどまる。
なぜかは、分からない。
ただ、身体が勝手に動いていた。
「貸してみろ」
ミハイルから、ギフトボックスを取り上げる。
「え?」
「今、手が塞がっているだろ? 俺がつけてやるよ」
これは嘘だ。
口実にすぎない。
「え、え……? お、オレに?」
いきなり、そんなことを言われて、ミハイルは固まってしまう。
顔を真っ赤にして、視線は地面に向けられる。
従順なミハイルを良いことに、俺は彼の白い肌にそっと触れる。
冷たいが嫌じゃない。柔らかくて、むしろ気持ちが良い。
「じゃあ、いくぞ」
「うん……お願い」
ピアスなんて、したこともないくせに。
勝手にミハイルの耳へ、ピアスを差し込む。
不慣れなこともあってか、何度か失敗したが、それでも両方の耳へつけることに成功した。
「よし。できたぞ」
「あ、ありがとう……」
急に積極的な行動を取ったため、ミハイルは動揺している様子だった。
それでも、プレゼントは嬉しいようで、スマホのカメラを使い、耳元を確認する。
「カワイイ☆ これ、すごく好き☆」
「そうか」
久しぶりに、彼の笑顔が見られた……。それがとても嬉しかった。
いや、やっと安心できたのだと思う。
この前の学校は、最悪の別れだったから……。
「タクト。ホントにありがとう☆ オレ、今日が今年で一番嬉しい……ううん! 人生で最高に嬉しい一日だよ!」
「……」
なんとも眩しい笑顔だった。
相変わらず、宝石のように美しいエメラルドグリーンを輝かせて……。
俺は思い出していた。
今年の4月。
高校の入学式で、彼と初めて出会った日を。
あの時、笑ってはいなかったが。
俺は初めてこいつを見た時、確かに思ったんだ。
『可愛い』と……。
今までの人生で、見たこともないぐらいの美少女。
この地球で、こいつより可愛いやつは、いないんじゃないかって。
「タクト? どうしたの?」
「……」
2週間もこいつのことばかり考えていて、頭がおかしくなっていたのかもしれない。
今年最後の学校が、あんな終わり方じゃ、嫌だ……。
失いたくない。
そう思うと、何故か胸にぽっかりと大きな穴が、開いた気がした。
これを埋めるには、どうしたらいいか分からない。
でも……きっと彼ならば。
「た、た、タクトぉ!?」
「悪い……」
気がつくと、俺はミハイルを抱きしめていた。
力いっぱい。
もうお互いが、離れることのないように……。