─帰還─
目が覚めると外はまだ闇の世界だったが、まだ眠い目をこすりながら窓を開けた。
「あぁ……また、朝早く起きちゃったか……まだいつもの癖が抜けないなぁ……」
そう、呟いて空を見上げた。
「オスク、今はどこで、何をしてるの?」
私にはとても仲の良い幼馴染みが居たのだ。
黒髪に
──そして少しだけ、特別だった。
***
朝早く起きた私は、手早く学校に行く支度を済ませると、寮を後にする。
そして、少し離れた所にある男子寮へ忍び込むと、ある部屋のドアをノックした。
「オスク、起きてるー?」
「おうルアル、開いてるぞ」
彼が言い終わらないうちに部屋に入り、挨拶もそこそこに机に投げてあった白い布──包帯を取って、羽織っていたシャツを椅子に掛けたオスクの後ろに回り込んだ。
彼の肩甲骨の辺りには──闇色の鱗がある。
私はコレを綺麗だと思う。けど、他の人たちのほとんどはそうは思っていないようだった。
手早く包帯を巻いて行く。
私の両親が作った“コレ”を届けるついでにと、幼い時からやっているので慣れたものである。
でも……やっぱり私には、この包帯が枷にしか見えなかった。
これが無ければ、オスクは魔法を制御出来ない時があるけど……思いっきり使えないのは、それはそれで大変だから。
時々、辛そうにしているのを見て声をかけても「大丈夫だから」としか言わないのは少し──寂しかった。
いつも一緒に居るのに……。
一緒と言えば、どうやら私たちは色々と目立つようだった。
まぁ、片やこの魔法学校の経営者の息子にして、"聡明なる
片や世界でも有数の
しかも、私は長く伸ばした白銀の髪に青い瞳なので、オスクと見た目が真逆だからなぁ……。
いつからか『
どういう意味なのかは言っていた本人たちを締め上げ……じゃなくて、丁重に聞き出したので間違いないだろう。
朝早く起きて、幼馴染みの寮へ忍び込んで包帯を巻き、他の男子たちに見つからないように窓から飛び降りる。
そして食堂前で落ち合って、いつも通り二人揃って朝食を食べて、朝練をする。
授業だけは別々に受けるが、昼休みはやっぱり一緒だ。
1日の授業が終わればまた合流し、日が落ちるまで勉強や魔法の練習に励んでから、それぞれ寮に戻って風呂を使ってから夕食を食べに行く。
夕食が終わればオスクは私を寮の前まで送ってくれる。
そして次の日の早朝、私はまたこっそりと包帯を巻きに男子寮へ忍び込む。
それがいつもの日常だった。
──あの時までは。
ある年の競技祭──魔法競技祭の時だった。
たぶん、私たちは目立ちすぎていたのだろう。
私は攫われた。
男女合わせて5人の生徒たちに。
森の奥に連れて行かれて……魔法で攻撃された。
もう、ダメかと思った時だった。
「ルアル!!」
来てくれた。彼が、オスクが来てくれた。けど……
「おまえらッ……!」
低い、とても低い声だった。
──いけない。
今、怒りに任せては……。
オスクは今、包帯をしていないし、何かに耐えているようだった。
このままでは、彼は…………!
オスクは幼い頃に力を暴走させた事があった。
あの時は彼の両親が側に居たから大事無かったけど、その時の彼の姿は……
『グォォォォォォォォンッ!!』
はっとして、我に返った。
聞こえたその雄叫びは、獣のモノではなかったか……?
でも、ソレはただの獣ではなく、何か大きな──
その時だった。
生徒たちが「ひいっ」と声を上げて逃げ出したのだ。
私は痛む体をなんとか動かして、オスクのほうを見た。
しかし、そこに居たのは見慣れた幼馴染みではなく、太い手足と体が闇より黒い鱗で覆われた巨大な──
「闇、竜……?」
呆然としてしまった。
それでも彼は心配そうな瞳で私を見て、
そしてふっ、と魔力のこもった息を吹きかけて来る。
すると傷がみるみるうちに塞がり、消えていった。
……色々と驚いたけど、やっぱりいつもの優しいオスクだった。
私がそっと頬に触れると、彼はゴロゴロと喉を鳴らす猫のように目を細めた。
──「それだけで充分だ」と言うように。
そして、コウモリのような漆黒の翼を広げ、空へと舞い上がってしまった。
登った太陽の光を反射してキラキラと落ちて来たのは──漆黒の鱗だった。
幼馴染みが、親友が行ってしまう!
「オスク……オスクリタ!!」
気が付くと、叫んでいた。
『闇』を意味するその名を。
彼は一瞬私を見てくれたけど、すぐに大空へ旅立ってしまった──
***
「ふあぁぁぁ」
と、朝早く起きてしまった私は開け放った窓から大空を見上げながら大あくびをした。
もう、あれから数年が経っている。
そして今日は……二人の誕生日だった。
「せっかく成人になるのに、オスクはどこに居るんだろう……“あの約束”もどうするつもりなの?」
そう、約束だ。
この学校に入学した頃に交わしたソレは、"二人で親たちに最高の恩返し──魔法で演舞をする"というものだった。
「約束、守らない気なの?」
そう、呟いたときだった。
『おねーたん!りゅあるのおねーたん!!』
舌っ足らずな声がした。
声の主を探すと、すぐ近くの森の入り口に生えている木の枝に居た。
ソレは何処かの
「ルフス!」
私も両親と同じように動物たちと会話が出来るのだ。
ルフスはこの森に住むカーバンクルの中でも、特に仲の良い子だった。
私は窓を大きく開けて、部屋に招いた。
『あったかぁい~』
和んでいる姿を見ると無性にモフりたくなるが、グッと堪えた。
「それで、一体何があったの?」
『あっ、うわさをきいたの~』
「噂?」
カーバンクルの噂は1日で星の裏にも伝わるという。
『このちかくのもりに~くろい……どりゃごん?がきてるみたいだよ~』
「えっ、黒い
いてもたっても居られなかった。
ドタバタと制服に着替えると、魔法を使いながら窓から飛び降りた。
この方が近道なのだ。
ルフスはきょとんとしていたが、すぐに興味を無くしたらしく、ベッドの上で丸くなっていた──はずだ。
魔法をフルに使い、森の奥へと走った。
途中、小枝で手足に細かい傷が出来てしまったが、気にしているヒマは無い。
ふと、立ち止まったその場所は──奇しくもオスクと別れたあの場所だった。
「オスク!オスクリタ!!」
虚しく声が森に響く。
噂は、やはりウワサに過ぎなかったのか。
私が項垂れた──その時。
一瞬、森を巨大な影が覆ったのだ。
はっ、とした私は空を仰ぎ、再び叫ぶ。
「オスク!!」
その声は影に届いたようだった。
闇より黒い鱗を持った竜がぐんぐん近づいて来る。
──約束を守ってくれたんだね。
私は再び走り出した。
彼が近くに降り立ちながら、姿を人間のソレに変えて駆けて来るのを見ながら。
ここから私たちの物語は──また、動き始める。