第16話 幽霊
「え? ろっくんもソラちゃんも部活行けないの?」
放課後になり、ソラネがしおんに部活に行けないことを告げた。
「ろっくん、昨日用事があるなんて言ってなかったよね?」
「あーまあそうなんだけどな」
おいおい、言い訳どうしよう。考えてなかったし。
「あ、ごめんね、しおん。コイツが行けないのアタシのせいなのよ」
「え? どういうこと?」
「ほら、ウチの弟たちって、妙にコイツに懐いてるでしょ? また遊んでほしいって行っててね」
確かに俺はソラネの弟たちに懐かれている。弟たちというのは、ソラネには弟の他に妹もいるのだ。弟の方はやんちゃ盛りだが、「アニキ」と慕われている。どうも以前に、ソラネと弟がケンカした際に仲介したことがきっかけでそうなったようで。
「つれて来いってうるさくてさ! だから今日はごめんね! ほら行くわよ、ヒロ!」
「あ、ちょ、引っ張んなって!? そ、そういうことらしいから、しおんは気をつけて帰れよ!」
「え、ちょっと待ってよ二人ともぉ! ろっくぅぅぅんっ!」
最後に切ないしおんの叫び声が聞こえたが、俺は問答無用でソラネに引っ張られていく。
「おい、いいのかあれで?」
「いいのよ。長々と言い訳なんかするとボロが出るもん。ああ見えてしおんってば鋭いし」
さすがは親友。しおんの鋭さには気づいているようだ。
ただ親友の正体には互いに気づいていないらしいが。
しおんだって、自分を討伐するかもしれない相手を友人には選ばないだろうから。
俺はソラネと一緒に急ぎ足で学校から出て、そのまま駅がある方面へと向かっていく。
そして一軒のファストフード店へ入り、それぞれ摘まめる程度のものを買って席へ着いた。
「それで? 話の続きはどうした?」
「待って。もうすぐ来るから」
「は? 来るって誰が……」
するとソラネが「しっ、来たわ」と小声で言って、ある人物に視線を巡らせた。
俺もその視線を追うと、一人の男性が店に入って来て、どういうわけか何も頼まずに、そのまま奥の方の席へと座ったのである。
見たところ何の代わり映えもしない、少し禿げ上がっている四十代くらいの男性だ。
「あの男にまだ目を合わせちゃダメだからね」
「は? ああ……まあいいけど」
一体全体あの男が何だというのか……。
そこへ女子高生の集団が、キャピキャピしながら男が座る席の隣のテーブルに座って談笑し始めた。
ああ、あの場所じゃうるさくて俺なら席替えするよなぁ。
事実キャッキャと笑い話でもしているのか結構うるさい。
しかし男は、不自然なほどジ~ッと女子高生たちを見つめている。
さすがに見過ぎだろオイ。バレたら炎上まっしぐらだぞ。
だが視線に気づかないのか、女子高生たちは楽し気なままだ。
……おかしいな。何人か男がいる場所に視線が向いてるのに気づいてねえぞ?
ていうかあれだけ真っ直ぐ見つめられているんだから、さすがに気づくだろう。男のテーブルには何もないし、ただただ自分たちを見続けているんだぞ。
不思議に思っていると、男は何を思ったのかゆっくりと女子高生に近づき、姿勢を低くし始めた。
「おいおい、あのオッサンまさか……!」
テーブルの下に顔を入れ、視線は女子高生たちが使っているテーブルの下。
ここまで言えば分かるだろう。あのオッサンは、完全に女子高生たちの下着を観察している。
隣で明らかに不審な動きをしているにもかかわらず、まだ女子高生たちは気づいていない。
あそこまでされて気づかないのは異常だ。
俺は説明を求めようとソラネの顔を見ると、彼女は冷たい視線を男に向けたままタピオカドリンクを飲んでいた。
そして――。
「そろそろ動きそうね」
と口にしたので、反射的に男に視線を戻すと、男が満足気な表情で顔を上げ、そのまま後ろの壁の方へと歩き出す。
は? あのオッサン、壁に向かって何を……!
そう思った直後、あろうことかオッサンがスーッと壁の向こうへと消えていったのである。
いや、消えるというよりはすり抜けたといった方が正しいか。
「よし、行くわよヒロ!」
「え? あ、おい!」
いきなり店から出ていくソラネの後を追う。
そして先程男が通過した壁の方へと向かうと、そこは裏路地になっていた。
「……いたわ、あそこ!」
男は裏路地を淡々と歩いていた。
俺たちは尾行をし、男がどこに行くのか様子を見る。
しばらくすると、少し開けた場所へと出て、男がさらにその先にある公園に向かっていることが分かった。
そこにある一つのベンチに仰向けに横たわると、
「はぁ~、やっぱ女子高生のパンツは最高だぜ」
確実に事案な言葉をご満悦な様子で口にした。
その言葉を聞き、「はぁ」と呆れたような溜息を吐いたソラネが、男の前に姿を見せる。
「性懲りもなく、まだこんなバカなことをしてるのね」
「えっ!? だ、誰だっ!?」
いきなり話しかけられたことに、異常に驚く男。
一瞬で飛び起き、ソラネをその目で捉えギョッとする。
「お、おおおおお前はぁぁぁ……っ!?」
「前に言ったわよね? 次に同じことをしたら強制成仏させるって」
「お、お、俺はまだ成仏なんてしたくねえ! 頼む! 見逃してくれぇぇぇ!」
情けないことに、男は女子高生であるソラネに向かって土下座をした。
それでいいのか、オッサン……。
「な、なあソラネ、このオッサンと知り合いだったのか?」
「知り合いといえば知り合いね。ヒロももう分かってると思うけど、コイツは幽霊なのよ」
「…………だろうな」
さすがにあの状況を見て違うとは口にできない。
「前にね、あのファストフードとは違う場所の店で、今日とおんなじ覗きをしてたのよコイツ。それで捕まえて除霊してやろうって思ったんだけど、二度としないって言うから一度くらいはって見逃してやったってわけ」
なるほど。でもオッサンは約束を破ってまた覗きをしてたってことか。
「い、いいじゃないか! なあ君も男なら分かるだろ?」
「え、俺に振るのかよ!?」
「ヒロ……?」
「い、いや、俺は別に下着を見たいとか思ってねえし! つかオッサン、俺を巻き込むんじゃねえよ!」
まあ確かにバレない覗きができるなら……って、思うのは止めとこう。少なくとも今は。
「だって俺はもう死んでるんだし! 直接的に迷惑かけてるわけじゃないんだぞ! だからあれくらい許してくれたっていいじゃないかぁ!」
「ったく! 前にも言ったでしょ! 悪さばかりしてると、悪霊になってしまうって! たとえバレなくても、魂は穢れていくのよ! もし悪霊になったら取り返しがつかないのよ!」
「生きてた時だって報われない人生だったんだ! 死んでから少しくらい楽しんだっていいじゃないかぁ! ああっ、何で俺は童貞のまま死んだんだぁぁぁ!」
うっ……何かちょっと同情してきた。そっかぁ、オッサン……童貞だったんだな。
「アンタの人生が報われなかったのは、アンタの報われるための努力が足りなかっただけよ!」
うわ、きっつぅ……。
「死んでも悪さばっかしてると、来世もまた報われない人生を送ることになるのよ! それが何で分からないの!」
「う、うるさいうるさいうるさーいっ! 俺は……俺は……俺だってぇぇぇ――っ!?」
するとその時、男の表情がまるで餅を喉に詰まらせたような苦悶の表情に変わる。
そして――。
「あっ……がァ……んギ……グゲ……ッ!?」
変な呻き声を上げ始めたと思ったら、突然男の身体が宙に浮く。