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第3章の第64話 X11 違法手術! クレメンティーナ捕まる



☆彡
――クレメンティーナの回想シーンから、現在に戻る。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
語り終えたクレメンティーナ、事実をありのままに話したわ。
それを聞いていたのは、私たち、恵ミノルさん、恵アヤネさん、父ダイアン、長女ルビーアラ。
そして――
「――殺した?」
スバル君の一言が、全員の意識をそちらに向ける。
「!?」
「医師が、そんな言葉遣い、手術後に吐くかな?」
「!」
「僕なら、思わずなら、吐く可能性はあるけど……。フツーはどんなに手を尽くしても、この手から零れ落ちてしまった……。死なせてしまったじゃない……?」
「「「「あっ……!」」」」
まさか……。
「そうよ、スバル君……」
「「「「ッ!」」」」
まさかという思いで、驚き振り返る一同。
「確証は持てないけど、ダーリンには、不自然な点がいくつかあったのよ……。元々が悪だしね。
それに一緒に暮らしていれば、
ホントに些細な変化だけど……女のあたしなら、その変化を拾っていたの」
「……例えば?」
「俺とか、私とかの自分の呼称ね……。それが何か引っかかってね……」
「なるほど……。……『心の均衡』かな……!?」
僕は、そう推察した。
「……」
「……」
「……」
「……」
そして、スバル君の口から。
「――何か裏があるな」
「ええ」
何かを勘ぐる僕。
頷き得るあたし。
(……スバル君もそこに気づいたか、さすがね……! なら、あたしも……)
あたしはこう言葉を連ねた。
「そう思って、順純なフリをして、彼の弱みになりそうなものを、ある時期から物色し出すようになったわね」
あたしも、彼が怪しい、そう思っていたからだ。
だけど、この場で、その発言は、実は禁句だったりする。だって……。
「お前……盗んだのか……!?」
「うっ……うん……。で、でもねっ! 当時、あたし達はまだ『婚約中』よ。彼も、あたしのを見ていたし、お互い様じゃない!?」
「「ッ」」
ダイアン、ルビーアラと衝撃を受ける。
「「!?」」
それは恵ご夫妻にしても、同じだった。
((((どっちなんだ……!?))))
クレメンティーナが、善か悪かよくわからなくなってきた。
そこであたしが。
「それに妙なのよあの人」
「妙……?」
「うん……何か怪しい組織と通じていた……。確か……う、う……うどん!?」
「「「「「うどん!?」」」」」
一同の頭の中に、讃岐うどんが思い浮かんだのだった。
「それとも、蛇の鱗……、……だったかなー!? そんな怪しい組織繋がりが、いくつかあったような……う~ん……」
これにはあたしも、頭をかきながら、当時の出来事を振り返ってみるけど……。
「う~ん……う~ん……」
ホントに色々あって、よくは思い出せないのよね……。
「……他には?」
そう尋ねてきたのは、恵アヤネさんだった。
あたしは、その人にこう答える。
「他には……、スプリング、サマー、オータム、ウィンター様の4人が、警察に捕まったぐらいね」
「「!!?」」
これには父ダイアン、長女ルビーアラと驚く。
当時付き合っていた彼氏スプリングが、なんと警察に捕まったというからだ。
これには驚かざるを得ない。
だが、そこで異議を唱えたのは、なぜか日本人の恵アヤネさんだったわ。
「あれっ……ちょっと待って……!?」
この時、あたしは頭の片隅に何かが引っかかり、頭を抱えて考え込む。
「……確かクレメンティーナさんは、アメリカのハーバード大学に在籍してたんですよね!?」
次に恵ミノルさんが。
「ちょっと待って……それなら、オータム……って……まさかあの……!?」
「ええ、そうよ! 当時『オータム大統領』に不正疑惑があって、4人揃って、刑務所送りになったわ」
「「「「「ッ」」」」」
「今でも服役中じゃないのかしら……? それとも氷結で凍え死んだ……? まぁいいけど……」
「……」
「で、あたしも捕まりそうだったんだけど……どこかの誰かさんが、あたしを見逃した……みたいなのよね……。
なぜかは、よくわかんないんだど……」

――パチンッ

う~ん……
と考え込むクレメンティーナ。
続く言葉は。
「あたしも、捕まる覚悟はできてたんだけどね。ハハッ……」
もう苦笑いだ、空笑いだ。実際、捕まっていてもおかしくはない。
「「「「「………………」」」」」
これには一同、ただただ唖然茫然とす。

【――壮絶な人生を送っていた……】
【目の前の彼女は、コロコロと感情を変えながら、笑っているが、時には落ち込みもするが……】
「はぁ……」
【ともすればそれは、この先――彼女の体験談を知れば、自ずとわかってくるだろう――】


★彡
【スラム街】
まったく同じ顔のヨーシキワーカがここにきていた。
1人はご本人だろうが、もう1人はアンドロイドか何かか……!?
「……ッ」
口を開こうとしたアンドロイド!?
だが、それを制すようにヨーシキワーカが。
「……ここにはある目的のために来てるんだろ?」
「!」
「声に出す必要はない」
「……」
「……お前は黙って、俺に付いてくればいい」
それだけを告げ、俺は歩み出す。
考え込む同じ顔をしたアンドロイド、その意に従うしか、今は仕方なく、その後ろ姿をついていく。
「……」
「……」
前を歩くヨーシキワーカ、その後ろについていくのが同じ顔のアンドロイド。
よく辺りを見回すと、浮浪者がこっちを睨んでいた。
歩みを進めるヨーシキワーカがこう語る。
「……ここにいるのは、ハメられた人達で、人生を棒に振ってしまった被害者たちだ」
「?」
「よぉ、ヨーシキワーカ、いい酒あるぜ!」
掲げるお酒、それはガラス瓶の上部が割れた跡が残る一升瓶であった。
中の酒は、誰かの施しだろうか。
俺はそれを見て。
「あはっ、後で頂きますよ!」
「? 隣の奴は、アンドロイドか何かか? 変な趣味だぜ、お前……」
「クスッ、そうですね」
「……」
にこやかに笑うヨーシキワーカ。
僕はその人の顔を見て、感慨にふける。
「ここにいるのは、就職難の成れの果ての人たちや、会社が倒産し、法人株主様と一緒に連帯保証人の元、自己破産してしまった人達だよ。中には、ある理由で、戸籍がない人もいる……」
「……」
「……俺と同じ、敗北者側だよ……」
そこに見渡すは、先行きの見えない不安に怯える貧民たちであった……。
「どうしようもない問題や、犯人当てゲームの成れの果てさ……ほんの一部の人たちはね……」
「……」
僕は口を開けようとして。
「おっと、一言も何も喋る必要はないよ」
「……」
「多重債務や、まだお金があると誤認してしまう、借入等が原因の1つだよ、利息は付くのにね」
「ッ」
「……」
「……」


★彡
【――あの後、手術室では】
ドクターイリヤマは笑みを浮かべ、こう言い放つ。
「――フッ……行ったか」
それはスプリングに続き、クレメンティーナの足音が遠ざかっていく足音だった。
頃合いを見計らって、ドクターライセンが。
「……上手く行きましたね? イリヤマ先生!」
「ああ、ライセン先生」
ドクターイリヤマとドクターライセンは、昔ながらの付き合いだ。
フッ、と笑みを浮かべるドクターイリヤマに。
ニッ、と笑みを浮かべるドクターライセン。
「手筈は……?」
「今、警察(ポリス)が動いている! 予定調和だ!」

――どこかで、紫の瞳の眼光が捉える。

そして――
『……』
『……』
その様子を見守る医療用アンドロイド。その電子空間では。
スチームが、オーバが、エキナセアが、そしてレムリアンが、その話を固唾を飲んで聞いていた。
レムリアンはこう語る。
『クレメンティーナは警察に捕まる』
『ッ』
『だが、それは計画の内だ』
『……なぜ? こんな事を……?』
『……誰が上か、思い知らせるためだ。そして、誰に就いたほうが得か、そいつに刷り込ませるためでもある』
そう語る重く語るレムリアン。
そして、語り継ぐようにオーバが。
『それがどうしようもない問題なんですよ!
そうやって彼等彼女等は、ターゲットを定め、
借金・多重債務の話を持ち出して、責任を負わせ、償いきれないとして、その助け手段として、こちらかの要望を打診する……!!
そうやって優秀な人材を引き抜いていく!』
次にスチームが。
『本人が白だって言い切っても、それが1年2年と続けば、例えどんな奴だろうが、白でも黒と嫌でも認める……! 否が応でもな……!
従わぬ場合は、何度も幾度も、就職の話をワザと蹴落としてな……!』
そして再び、レムリアンが。
『それか、地方の病院に飛ばしたり、左遷降格処分したり、ハローワーク行っても、指定した求人がめぼしいものはなく、ワザと白紙の画面を見せたリな!
本人はどうしようもなくなって、食いつなぐために、パートやアルバイトなどの求人へいき、自ら落ちぶれていく……。
やがては、その日を生き繋ぐようになっていく。
最悪の末路は、自殺だったりする」
その話を聞き、エキナセアが。
『なぜ?』
『……どんな奴でも、身の回りでヒソヒソ話が続けば、
自ら強迫観念にかられ、ある出来事で一突きにすれば、
精神の均衡が大きく崩れる……!
そうやって、人知れず、自殺した人も稀にいる……!!」
その話を聞き、嘆き悲しむエキナセア。
『……ッ、なんてヒドイ……』
そして、3人揃って。
『『『それが上の圧力、どうしようもない問題なんだ……!!』』』


――僕たちは続きを語り継ぐ。
「――上手く抱き込めそうですね?」
「当たり前だ! この手の問題に詳しい俺に任せればいい!!」
自慢気に語るドクターイリヤマ。
「金と伝手はいくらでもあるんだからな!」
ニィ
と笑みを零れる。
こうした手口は、何度も行っている為、それは自信となって表れていた。
僕は、その人にこう問いかける。
「イリヤマ先生は、凄いコネを持ってらっしゃるんですもんね!?」
「フッ、まぁな!」
と大威張りのドクターイリヤマ。
続く言の葉は。
「若く、活きのいい、頭のいいやつを引き抜く……!」
確信をもって、その言葉が告げられた。
「そういった天才を引き抜いていけば……クックックッ!」
思わず笑みが零れてしまう。
俺は心の中で。
(俺の株も上がるというものだ!)
と言い、周りに悟られないようにした。

クックックッ
と手術室に不気味な笑い声が木霊する。

「――また、仕掛けるんですか? あれを?」
「ああ、どうしようもない問題で、訳がわかんないようにしてやる……!」
「また、電話を取り次ぎましょう! メールもたくさん、各方面にバラまいて!」
僕は、この人から視線を切り、
「……」
あっちの方へ足音が行った思われる方へ顔を向け、こう告げる。
「――いい、(才能の持ち主)人を見つけましたもんね」
「ああ」
クレメンティーナさんは、稀に見る才能の持ち主だった。
しかもあの顔であの体だ、その器量は深い。
続く、ドクターイリヤマの言葉は。
「あのように若く美しく、類稀な肢体(からだ)を持つ女を知らない」
これから語られるは、クレメンティーナを使った悪巧みの話だ。
「色々と悪巧みで、使えそうですもんねぇ?」
「ああ、あの美貌を使って、詐欺に陥れてハメる」
「いったいどれだけ稼げるのか……!? 男ならコロッと騙されそうですもんね!? あの顔にあの肢体(からだ)だから……! フフフッ、それにクレメンティーナさんは、前科持ちですから……ねぇ」
「フフフフッ」
不気味に笑うドクターイリヤマ。
(いい経験者が、仲間内に入りそうな話だ……!)
これは笑われずにはいられない。
「あの女は頭がキレる!! 女子高生時代でも、前科が上がったが……中々捕まらなかったのは、そーゆう事だ!」
「でも、下手に動いたら……さすがにご家族の誰かが、気づきますよねぇ?」
「その点に関しても問題ない」
(ああ……)
その事情は、僕としても知り得ている。
他ならない僕たちの企みだから。
「あのひったくり犯を使って、あの女の親族に、不安を与える……!!
バレないようにするにはどうすれば良いか? 知っているか?
それはな……。
事実を織り交ぜた、理想の虚実で、信じ込ませる事だ!!」
「それは、白の中に溶け込んだ灰色、いいえ、黒ですね?」
「フフフッ、誰もが思うまいよ」
俺は俯いていた顔を上げて、こう語る。
「……まさか、あんたみたいな教師が実行犯の犯人の1人だったとはな……!?」
「でも、実は警察の方にも、僕等の知り合いが、横の繋がりがいて、ただ騒いでるだけですもんね?」
「ああ、電話口で、口先だけな!
だから、確たる証拠がないのだ。
面と向かって向き合ってないから、電話口だからこそ、詐欺電話として働き、いったい何が真実なのかわからない……。何も証拠を残していないからだ!」
と次に僕が。
「勝手に周りで騒いでるだけだから、確たる証拠がなく、問い詰めても、いったい誰が発信者なのか……特定ができませんもんねぇ?」
「ああ、ウソの情報を織り交ぜているから、優秀な探偵でもない限り、その真実を突き止めるまでには至らない。
いや、こっちの方でも、そうした事態に備え、探偵を用意しているのだからな。
あちらとしても、その便宜(真偽)に迷い、焦巡(しょうじゅん)してしまうのだよ。
いったいどっちが本当なんだ……と!?」
それが、向こうで雇われた探偵の心情だろう。
もしくは、仲間内でもそう囚われずにはいられない。
「しかもこちらは講師、あちらは単なる一生徒。裁判沙汰になっても、こちらが用意した法律に強い弁護士を立てれば……、
逆らう気なんて、起こりませんよ!」
「フフフッ、こっちには強力なバッグが控えているからな……!」


★彡
その様子を見守るのは、医療用アンドロイドであり。
『……』
『……』
その電脳空間では。
エキナセアが、オーバが、スチームが、そしてレムリアンが見守っていた。
エキナセアがこう語る。
「――強力なバック?」
次いで語るはオーバ。
「ああ、スプリングさんの親は知ってるだろ?」
「ええ」
「実はその後ろに、とんでもない大物政治家が関わっているんだ!」
「えっ!?」
「その名は……」
そこへ待ったをかけたのは、スチームであった。
「――待った!」
「? スチームさん」
「サプライズだ!」
「! あぁ……」
オーバはスチームが何を言いたいのか察した。
続けてスチームが、エキナセアにこう語る。
「……そいつに会ったら、どんな奴でも腰を抜かすだろう」
続けてオーバが。
「かく言う僕たちにしても、そうでしたもんね?」
「ああ……」
と頷き得るスチーム。
その隣にいたレムリアンが、外の様子を見守る。
『……』

――その時、あるところから急な着信が届くのだった。
PPP……PPP……
エキナセアが、オーバが、スチームが、そしてレムリアンがそれに反応を示すのだった。
『!』『!』『!』『!』
そして、それは、外でも同じだった。
「!」「!」
それは腕時計型携帯端末に届いたものであり、あちらの意思を介して、エアディスプレイ画面が投影されたのだった。
それに映り込むは、謎の黒いシルエットの人物と膝の上に抱かれた1匹の猫であった。


★彡
【――あの後、病院長室】
あの後、あたし達は、ここ病院長室へ行き。
以前、彼が関わったとある患者さんの記録映像を見せてもらう。
その記録映像は、普段は資料室に置いてあるが、いちいち取りに行く必要はない。
なぜならば、当病院の関係者であれば、こうして端末から資料室にアクセスして、その記録映像を動画として閲覧できるからだ。
「……」
今、あたしの目の前でそれが再生されていた。
その横では。
「……」
スプリングがいて、今はあたしの手を応急処置してくれている。
両手には、ギプスがハメられていて、しばらくは、医術の研鑽は中止せざるを得ないわね……。
「……」
でも、今のあたしの関心は、強く興味を引くものは、まさにこれ。
「……」
あたしの強い関心が、瞳に映るのは、熱視線となってそれに注がられていたわ。
「………………」
私も、当時の情景を振り返るように、顔を上げ、私が初めて、手術中に患者さんを死なせてしまったオペビデオに向けられる。
私は、当時の力のなさに悔しむ。
「!」
あっ……。
彼は何を思ったのか、
グッと隣にいたあたしを抱き寄せたの。きっと悔しいのね……当時の力のなさが……。
「……」
私は、クレメンティーナをこちらに抱き寄せる。
その際、モニュウと私と彼女の胸の間で、乳房が優しくサンドイッチされる。
これが何とも心地いい。彼女のほのかに香る甘い匂いもあって。

【――あたしが見ていたのは、彼の初めての手術ミスだったの……】
【その人もやっぱり……】
【ええ、人間だからね……。どんなに医学が発達しても、どんなに超高寿社会になっても、人は必ずしも亡くなっていくものよ……】
【辛いわね……現実は……】
【ええ……】

ピッ……ピッ……、………………
それはバイタルサインが途絶えた瞬間だった……。
それはつまり、患者さんの死を意味するもの。
そこには、
「……」
「……」
「……」
力が足りず、愕然とする彼等彼女等の姿があったわ。
当然、その中には彼とレムリアンの姿も。
「……」
『……』
それは、どんなに手を尽くしても、全員を救える医師等いないことを物語っていたの。
あたしは、まだいい方よ。それを味わっていないから。
それが辛い現実となって、いきなり襲ってくるの。
現場のお医者様方は、何とか救おうと懸命に動いていたわ。
でも、
ピ――ッ……
心臓の拍動は止まり、心筋細動ショックパッチを何度もかけても、
ついぞ、その患者さんが、息を吹き返すことはなかったわ……。

「………………」
クレメンティーナ(あたし)を抱き寄せるその手、それは小刻みに震えていた。
「……」
悔しいのね。自分の力不足が。
「……」
だから、嘆いているのね。
「……」
「……」
クレメンティーナ(あたし)を抱き寄せていたその手が離れる。
ダラリと下がるその手。
落ち込む様子の彼。
(……こんな時、何て声をかけたらいいのかしら?」
「クレメンティーナ……」
「はっはい!」
「……見るか?」
「え……?」
何を……と思ったら、彼は立ち上がり、もう1つのエアディスプレイ画面の媒体となるマウスを持ってきた。
タブレット端末はない。
実は、このマウスが出力映像装置の役割を担っていて、右利き用左利き用と、エアディスプレイ画面の設定を通じて、定める事ができるの。
あたしは、そちらに移動し、彼の意図を伺う。
マウスの電源ボタンを入れて、起動する。
エアディスプレイ画面が投影される。
彼は、マウスを操作して、動画ファイルを開くと、
いくつもの手術件数がズラリと並ぶ。
「……」
「……」
彼の瞳に、あたしの瞳に、その手術件数が映り込む。
彼は、こう口を開く。
「……ここにあるのは、私が関わった事で、死なせてしまった……、……患者さんたちの記録だ……」
彼としても、その先を言うのが怖く、ためらっているキライがあったの。
「……」
そう、そうなの……。
そこに映っていたのは、彼が関わった事で、実際に死なせてしまった亡き患者さんたちのメモリーだったの。
あたしは、こう口を開く。
「これは……!?」
「ああ……」
「……どーゆう事?」
「……」

【訝しげる彼の様子……】
【あたしとしても、何でこれを見せたのか、気になるところ】
【でもね、そこにあったのは、紛れもない……医師としての、せめてもの手向けとも思えるものだったわ……】

「……」
彼は、こう口を開くの。俯いていたその顔を上げてね。
「手術ミスを経験すれば、後日、あーすればこーすれば良かったんじゃないかと……後悔が過ぎり、成功への道筋が見えてくる時がある……!」
「……」
「それは偶然の産物。何かのメッセージなのかもしれない……」
私は顔を上げて。
「……新しい術式も、その時に生まれる……!」
「新しい術式……」
コクッ……
と小さく頷き得るスプリング。

【――それは小さな積み重ねだった……】
【現場の医師は、1個1個、石を積み重ねていくことで、患者さんの死亡率を、どうにかして最小限に抑えているのよ】
【それが彼等彼女なりの影の努力……!】
【昔からのその取り組みが、功を奏して、現代医療の礎があり】
【また、医師の在り方なのだとも思えたわ……】

「………………」
ジッとそのエアディスプレイを見続けるクレメンティーナ。
その時、ダーリンが離れていく。
部屋の隅っこで、胸元のポケットから着火式葉巻を手に取り、小さなボタンを押して、火をつける。
その味を楽しむように、追悼の意を送るように、それを吸って、白煙を「フ――ッ……」吹くの。
「……珍しい……」
「? ああ、俺は普段から吸わないからな」
「……できれば……やめて欲しいんだけど……」
「フフッ、こんな時ぐらいは、眼を瞑ってくれよ?」
「………………」
あたしは目を閉じて――見開く。
「俺がこれを吸うのは、追悼の意を込めてだ」
「……」
「俺は、普段から煙草は吸わない……。
現場の医師たちだってそうだ。
手術に携わる医師は、タバコは吸わない。
タバコの煙には、3大有害物質であるニコチン、タール、一酸化炭素の外にも、70種類以上の発がん性物質が含まれているからだ……!
重篤者は、肺が黒くなっていて、呼吸のし辛さを感じている。
自ら、依存症に陥っているから、やめられないのだ」
俺は、再びそれに口をつけ、「フ――ッ……」と白い息を吐く。
「現場の医師が、これを吸わないのは、有害物質である副流煙が、健康な患者さんの術野に入り、健康リスクを害する危険があるからだ。
だからそんな医師は、現場に入れさせてはならない。
病院長である俺でも、たばこの臭いが消えない限りは、入ってはならないと定められている。
また、往診にきた患者さんと接するようなら、それも避けた方がいい。
当院の評判を下げる、要因となり兼ねないからだ」
「……」
あたしはそんな彼の様子を見て、心の中でこう呟くの。
(――いや、だからなんで吸うのよ!?)
そんな疑問を抱かずにはいられない。
「……」
スプリングは、あたしが見ている前で、再三その着火式葉巻に口をつけて、「フ――ッ……」と白煙を吹くの。
「……」
あたしはそんな彼の様子を見て、妙に勘ぐってしまい、こう口を開いたの。
「……何でそんなに『イライラ』してるの……?」
「……」
吸ってから吐くまでのインターバルが、普通の人と比べて、妙に短ったから、怪しいと思ってしまう。
あたしはそんな彼の様子を、凝視するの。
「……」

【イライラ?】
【ええ、アヤネさん……何か彼を見ていたら、そんな気がしてきたのよ】
【あぁ、女の勘というやつね?】
【うん……】

(こいつめ……とぼけているが……勘の鋭いやつめ……!!)
――とその時だった
バタバタバタ、ドンッ
誰かが入ってきた。
それは、黒服を着たいかにも恐い人たちだったわ。
「!!」
(着たか……!!)
俺は心の中で、邪な笑みを浮かべる。
もちろん、俺たちが仕組んだ事だ。
私は、シレッと着火式葉巻の消化ボタンを押し、白煙の出る口径を閉じ、窒息消化を促した。
現場に証拠は残さない。
「……何用だ?」
俺は、背中を向けたまま、彼等にそう尋ねる。
「行政の強制捜査立ち入り検査のものです!!」
「ぎょ……行政……?!」
ハッ
とするあたし。
慌てて彼の方を見るが、彼は背中を向けたまま、こう問いかける。
「行政……行政の強制捜査の立ち入り検査……か? ……誰かの密告か? ……何しに来た?」
「こちらに救急患者さんが搬送されませんでしたか?」
「ああ、きたな……俺が切った」
「……」
黒服の人たちは、スプリングの説明を聞きながら、怪しむような視線で、クレメンティーナを捉える。
「!!」
これにはクレメンティーナもタジタジだ。
「……密告がありまして」
「ほぅ……密告……」
誰からのだ。ああ、あいつ等か。フフフ……。
背中を向けていた俺は、ここで彼等に正面を向いて、こう言い放つ。
「誰が誰を、密告したんだ?」
「相手は明かせません……。ただしわかっているのは、動画で、その娘さんと同じ顔をした人が、その救急患者さんを執刀した事です」
「何!?」
「ッ」

【いったい誰が……!? と思ったわ】
【でも、彼には確かなアリバイがあったの……そう、ほとんどあたしと一緒だったからね……】
【だから考えられるのは……――】

(――もしかして……――)
あたしの脳裏に浮かんだのは、あの2人の姿だったの。
(あ、あいつ等ァアアアアア!!!)
あたしは怨嗟の炎を燃やす。
怪しいのは2人、ドクターイリヤマとドクターライセンだった。やられたわ……ッ。

【ああ、それはハメられたわね……】
【うん、その2人で間違いないと思う……】
【あっ……やっぱり……】
【って事は……】
【ま、まさか……】
【そーゆう事か……】

脳裏に過ったのは、ハメられたの一言だ。
そして。
「犯人を捕まえろ――!!」
「――ッ!!」
それは瞬く間の出来事だったわ。
あたしを捕まえにくる行政の人達。
ジッと黙ったまま見据え返す彼。
あたしは慌てて、彼に助けを求めようとしたんだけど。
「――!」
待ったをかけられたの。
彼は、あたしの前に手を出して、あたしの動きを、思考を、制止させたのよ。
俺に飛び火を与えないでくれ、そう言わんばかりに。
そっそんな。
「犯人確保――!!!」
「ああっ!?」
あたしは彼等彼女等の手によって、捕まってしまったわ……。
ショックを受けたあたしは、見る見るうちに、破顔して……。

【――ガクッ……と首を折って、諦めたの……】
【まさか、こんな事になるだなんて……。終わったわ……あたしの人生……】
【もう、この短い花の人生で何回目なのかしら……?!】
【そこは知らないわよ】
【むしろ、自業自得だろクリスティ!! ああ、だからか、うちにTV電話がかかってきたのは……】
【……ッ……ッッ」

「よしっ! 犯人を署まで連行しろ!!」
あたしは、ほぼほぼ現行犯逮捕で掴まり、その行政の人たちに連行されることになったの。
でも、その時待ったをかけたのは――
「――待ちたまえ!」
他でもない彼だったの。
「!」
「!」
彼等彼女等が。
そして、とうに諦めていたあたしが顔を上げる。
「私も、任意同行しよう」
「……」
その言葉を聞いて、あたしの心に希望が宿ったの。
「……あなたは?」
「私は、当大学病院の病院長を務めるものだ!」
「「「「「!!!」」」」」
「……」
あたしは彼に助けて欲しい、そう、熱の籠った瞳を向けたの。
「彼女が切った。これは訂正しよう、間違いない……」
「ッ」
「1つ、半分だけ嘘をついた。非礼を詫びよう」
謝る彼。礼儀を取って頭を下げる。
「……」
「……」
彼等彼女等が。
そしてあたしが、その様子を見詰めたの。
彼は顔を上げて、続けてこう事実の言葉をもって、唱える。
「事実だ。これは認めろ……クレメンティーナ……」
「……」
認めるしかない。つくづくそう思ったわ。
「………………」
彼等彼女等も、間をおいて、次の彼の言葉を待つ。
「……謝罪の意味もかねて、私も任意同行しよう」
「同伴されるのですか?」
「ああ」
「ですが……他の病人患者は?」
「確かあなたは、病院長でしたよね? そんな方が抜けたら……?」
ザワザワ ザワザワ
その時、この病院長室だけではなく、その廊下の辺りでザワつきし出した。
「あぁ、私がいないと病院の経営が回らないだろうな……。ここの一棟の病棟だけでも、300人以上の入院患者さんがいる!」
「………………」
「しかも、今日はほとんど非番ときている……!
現場の医師は、実に人材不足だ……!」
「……」
そう語りかける彼は、事実の言葉をもって、彼等彼女等を見据える。
行政の人たちにとっても、この状況はいかんともしがたい……。
かかっているのは、入院患者さんの命だ。
彼は、こう語り部を続けるの。
「執刀医と助手は、彼女と私の交代とで行っている……。彼女に実務経験を学ばせたかったから……! 私は彼女の指導医であり、また指導者だ。
親が、子供の成長を見たいというのは、そうした心情なのだろう……うむ」
もう一度、私は彼等彼女等に見据え返し、こう続ける。
「半分とはそーゆう事だ!」
「!」
「!?」
これにはあたしも、行政の人達も驚き得る。
彼は真実の言葉をもって話す。
「動画か何かか……あいつ等め……ハァ……」
私は、当然知り得ているので、あいつ等の仕業だと断定できる。
もちろん、どのように働いたのかすら。
「よく動画を見たのかね?」
「……」
「……」
顔を振る、行政の人達。
私はあえて、そこには言及はしない。
「当時、私たちは人材不足だったのだよ……。現場対応に当たれる医師は、4人しかいなかった……」
「……」
「「「「「……」」」」」
そう、あたし達(私たち)4人だけ。
「それは、君たちも動画で見ているはずだ……!?
……。
……相違ないね?」
その言葉に行政の人たちは、対応に困る。
「なのに君達は、人材不足の中、行った私の英断を、ないがしろにするなら……、今、治療中の患者さんは……、……『亡くなる』事になるぞ!?」
「「「「「ッ」」」」」
「スプリング……」
私は、1つしかない命の話を、取引(トレード)に持ち出した。
さあ、君たちはどう取る? どう対応する?
「……」
迷う行政の人達。伸るか反るか、焦巡(しょうじゅん)し兼ねる。
語りかけるスプリング。
「君達は1つの手術に携わる者達を知ってるのか? 数えただけでも、執刀医、第一助手、第二助手、麻酔科医、機器出し、検査技師、臨床工学技士、放射線技師、そして手術室看護師」
「「「「「……」」」」」
「……」
「最低でも9名のスタッフの力がいる……! まぁ、簡単な症例では3人前後だが……。
今回は急な事態だった……!!
そんな中、たった4人で、1つの命を繋いだんだぞ?」
「……」
事実の言葉をもって語りかけるスプリング。その事情を知った我々に迷いが生じる。
それは、せっかく現行犯逮捕したクレメンティーナの手を、緩めるものだった。
「……?」
「その点に関して、最大限の便宜を図るように……ムッ!?」
何かの気配に私は勘づく。
それは、廊下の方から足音が響いてくるものだった。
それは人の接近であり、間もなくその人物は、この病院長室のドアを開けて、入ってくるのだった。
バンッ
「――病院長!!! これはいったい何事ですか!?」
開けて入ってきたのは、各病棟に当たっていた当日の看護師(ナース)の姿だった。
「はぁ……」
とこれには私も頭を抱え込む。何で入ってくるかなぁ。
まぁ仕方ない。
現場が現場だし、私はわかりやすく、彼女に伝える為、事実の話を持ち出した。
「クレメンティーナが現行犯逮捕された!」
「ちょっ!?」
マジッ!? スプリング。
いくらなんでもそれは……ッ。
彼は、その後の対応、展開を考えてなかった。
当然上がるのは、看護師(ナース)の悲鳴だった。
「えええええっ!? クレメンティーナ!! あんたまだ学生でしょ!?」
「「「「「学生……!!!?」」」」」
これに驚き得るは、やっぱり行政の人達。
「やっぱり、報告通り、まだ学生さんだったのか……!?」
「えっ、ホントに学生が手術したのか!?」
「有り得ねえだろう!?」
「あっ、研修生か何かか!?」
と、次々と話題と疑問が上がってくる。
もうメチャクチャだ。
「ハァ……」
これには私も言い淀んでしまう……。
(何でこうなるかなぁ……? 嫌な結末にしかならない……)
「ハァ……」
と私は溜息をつかんばかりだ。
予定とは違う。
予定調和のうちだが、これでは、私たちが立てていた企画(プラン)とは違う、メチャクチャになる。
(やはり、思うように事は運ばないな……!?)
つくづくそう思わんばかりだ。
理想と現実は、往々にして、こうも違うものだ。
私はそう認識させられた。
私は仕方がないとばかりに、この話題にこれを刷り込ませる。
「今、私は、腱鞘炎になっている!!」
「「「「「えっ!?」」」」」
行政の人たちが、クレメンティーナが、看護師(ナース)が驚き得て、振り返る。
続く言葉は。
「実は先日、ゴルフに行ったときに、利き手を痛めてしまってな……。腱鞘炎になっているのだよ」
ホラッ
私は、予め仕込んでいたサポーターをチラつかせる。
もちろんこれは、クレメンティーナがバイクマンのひったくりに合った時、既に仕込んでいたものだ。
まあ、実際行っているのだから、いくらでも言い訳が立つし、まあ筋書きが通るだろう……うん。
「だから、普段から、サポーターをして少しでも早く、現場復帰できるようにしてたんだ」
「……」
「だから、手術経験を彼女にもさせたかった……」
「……」
私は、クレメンティーナの顔を見て。
全員の注目の視線が集まり、次の言葉をもって、確約となる。
「――まさか、こんな事態になるとはな……ハァ……」
「……」
「……」
「……」
クレメンティーナが、行政の人たちが、看護師(ナース)がその言葉を聞いた。
みんなはこう思ったはずだ。
そんな私の状態に代わり、クレメンティーナが執刀医を引き受けたと。
その後、救急患者さんの容態が急変し、執刀医(クレメンティーナ)に代わり、第一助手(私)が引き継いだことになる。
これが筋書きだ。
「……」
「……」
私はクレメンティーナとアイコンタクトを取り、以心伝心を行う。
(――わかるな? クレメンティーナ?)
(――OK)

【――願ってもないと思ったわ】
【この危機的状況を抜け出せるなら】

パチッv
とあたしは、彼等彼女等に感づかれないように、ウィンクサインを挙げる。
それを見た私は、こう現場を動かし、支配する。
「仕方ない……君!」
「はっはい!」
私はここを出ていく前に、看護師(ナース)を呼び止める。
現場の病院長さながら、事後処理をしないといけないからだ。
「――今から私はクレメンティーナと一緒に、任意同行についていく!
みんなにはこう報告しなさい!
今日、ひったくり犯のバイクマンの手術を受け持ったと……!
『執刀医はクレメンティーナ』!
私はその時、腕を負傷していて、利き手がしびれていた」
「……」
あたしは、腱鞘炎なのに違和感を覚えるが、話のウマを合わせる為、頷いたわ。
コクリ
と。
「初めに、現場の医師に当たっていたのは、私とクレメンティーナとドクターライセン。
そして、医療用アンドロイドAIナビ:レムリアンにオーバだ。
そして、遅れて馳せ参じたには、ドクターイリヤマ。
『手術現場には、この4人』とAIナビたちしかいなかった……!!」
コクリ
「……」
と頷き得る看護師(ナース)。

【――これが後に、クレメンティーナのご家族に伝わる頃には】
【『執刀医がクレメンティーナ』で、『患者さんの体にメスを入れて』】
【なおかつ、『現場の医師に当たっていたのは、この4人しかいなかったことになる』】
【加えて、ドクタースプリングとクレメンティーナは行政の人たちの任意同行に付いていく形になるため】
【その後、病院に残る医師・看護師たちが尋ねるのは、ドクターライセンとドクターイリヤマだけになり】
【その言葉次第で、つぎはぎつぎはぎになるため、誤った情報伝達となってしまうのだ】
【まるで伝言ゲームのように……】
【奇しくも、この時、2人がその場に在籍していれば、こうはならなかっただろう――】

「――そうそう、レムリアン、ドクターライセン、オーバ、ドクターイリヤマ、そしてクレメンティーナは」
「!」
「実にいい働きをしてくれたよ」
「……」
あたしはその言葉を聞けただけで、顔がほっこりしたのだった。
医師冥利に尽きるわ。
「……」
スプリングが、ナース(彼女)に振り向いて、こう告げる。
「もしも、救急患者さんの容態が急変したら、すぐに私たちに報せるように!!」
私たち。
それはクレメンティーナ(あたし)にも繋がる事だから、なんか妙に嬉しく思えたわ。
そして、看護師(ナース)の返事は当然――
「――わ、わかりました!!」
だったわ。うん……と頷き得るあたし。
「さて……」
仕上げとばかりに、隅っこにいた私は歩みを進め、
現行犯逮捕されたクレメンティーナと黒服の彼等彼女等を見据える。
「その手を放しなさい……!」
「……」
「離すんだ!!」
「ッ」
ややあって、クレメンティーナを掴んでいた手が離される。
フン、どうよ。あたしの彼氏は凄いんだから。
あたしは強く握られていたこの手を労わる。

【――にしてもあの時の女……。やけに強く握ってたわね……?!】

「……」
あたしはその人に不信感を覚える。
それは黒服の女の人だったわ。
続くスプリングの言葉は。
「――……では、行こうか……」
そうして私達は、署まで任意同行の形になるのだった。


★彡
――病院内を歩く私たち。
廊下伝いを渡り、昇降機(エスカレーター)を使って下に降りて、再び院内の廊下を歩き、救急外来患者さんが使う道を通っていくと……。
「ムッ……!?」
「えっ……」
再び、当院に救急外来患者さんが運び込まれるのだった――


TO BE CONTINUD……

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