第六十一話 氷の魔女vs宮廷魔導師
中核都市エームスハーヴェンの市民と十万人のカスパニア王国軍が見守り、ジカイラが立ち会う中、二人の魔導師、ヒナとナオ・レンジャーが互いに睨み合って対峙する。
二人から漏れ出る魔力が周囲の空気を一層、張り詰めたものにしていき、ヒナの黒髪のポニーテールが空気の振動で揺れる。
ヒナは、普段は物静かな東洋系の整った顔立ちの美人だが、この時ばかりは真剣な眼差しで、気迫に満ちた表情をしていた。
二人は、ほぼ同時に魔法の詠唱を始める。
「「
「「
「「
ヒナとナオ・レンジャーの二人は、空へ飛び上がった。
ジカイラが驚いて空を見上げる。
「ヒナ。
ナオ・レンジャーは、余裕をみせて口を開く。
「お嬢ちゃん! 対魔導師戦の心得は、あるようだねぇ!!」
ヒナも相手を睨みながら答える。
「そっちこそ!!」
ヒナは決意を改にする。
(私は、もう逃げない! 負けない!!)
ヒナの決意には理由があった。
ヒナは、地元の公務員試験に落ちて、公務員一家である実家に居場所が無くなり、逃げるように革命軍士官学校へ入学した。
士官学校へ入学してラインハルトやジカイラ達に出会い、ラインハルトに憧れたものの、ナナイという強力な恋敵に負け、二人を遠くから眺めているだけであった。
配属されたユニコーン小隊で、仲間と一緒に旅や冒険をしている中で、ジカイラという伴侶を見つけた。
ナオ・レンジャーの戯れで、ジカイラを奪われる訳にはいかなかった。
ヒナにとってジカイラは、恋人であり、自分の存在を認めてくれる唯一の居場所、帰る場所であり、『譲れない一線』であった。
先に仕掛けたのは、ナオ・レンジャーであった。
ナオ・レンジャーが手をかざして魔法を唱える。
「
ヒナも手をかざして魔法を唱える。
「
二人の魔法は、互いの間の空中でぶつかり合い、青白い大きな
二人の戦いを見守るエームスハーヴェンの市民とカスパニア王国軍の兵士達から、驚きと、どよめきの声が上がる。
「おおっ!!」
一呼吸置いて、再びナオ・レンジャーが仕掛ける。
ナオ・レンジャーが手をかざして魔法を唱える。
「
ナオ・レンジャーの足元に一つ、手の先に魔法陣が等間隔で四つ現れ、ヒナに向かって大きな雷撃が走る。
ヒナも手をかざして魔法を唱える。
「
ヒナの足元に一つ、両手の先に魔法陣が等間隔で四つ現れ、魔法陣からナオ・レンジャーに向けて、一直線に激しい凍気が噴き出す。
二人の魔法は、互いの間の空中でぶつかり合い、先程より大きな青白い
再び、二人の戦いを見守るエームスハーヴェンの市民とカスパニア王国軍の兵士達から、驚きと、どよめきの声が上がる。
「第四位階魔法だ!!」
「凄い!!」
ナオ・レンジャーが不敵な笑みを浮かべる。
「小娘にしては良くやったと褒めてやる!」
ナオ・レンジャーは、大きな身振りで魔法の詠唱を始める。
「
(万物の素なるマナよ)
「
(ウプサラの三神の一人)
「
(アスガルドの一角、スルーズヴァンガルより来たれ)
「
(タングリスニとタングニョーストの戦車)
「
(今、此処に轟音と共に現われ)
「
(我が敵を粉砕せよ!!)
「
ナオ・レンジャーの足元に一つ、頭上に魔法陣が等間隔で六つ現れ、かざした両手の先に巨大な雷の球体が現れ、ヒナに迫る。
ナオ・レンジャーが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「これで終わりだ!! 小娘!!」
ヒナも両手を上げ、天を仰いで魔法の詠唱を始める。
「
(万物の素なるマナよ)
「
(ロキとアングルボサの長子)
「
(太陽と月を追い求める万物の災厄)
大気中から無数の光線が空中に居るヒナの周囲へ向けて伸びていき、円形に雲を作る。
「
(両極の牢獄より常世に現さんと欲す)
「
(今、此処にフェンリルの牙となりて現出せよ!!)
「
(我が敵を貫け!!)
「
ヒナの足元に一つ、頭上に魔法陣が等間隔で六つ現れ、ヒナの周囲の雲から無数の氷結した水晶の槍が現れ、ヒナがかざした両手の先、ナオ・レンジャーを目掛けて集まり、飛んでいく。
二人の魔法は、互いの間の空中でぶつかり合い、巨大な青白い
地上に居たジカイラは、その爆風に巻き込まれ、十メートルほど地面の上を転がる。
「うぉおおーーーっとっと!?」
ジカイラは剣を地面に突き立て、その場に踏み止まると、上空のヒナを見上げる。
「・・・ヒナ。無茶し過ぎだぞ」
二人の魔法がぶつかった閃光と爆風は、戦いを見守るエームスハーヴェンの市民とカスパニア王国軍の兵士達まで届いた。
二人の戦いを見守る人々が呆然と口にする。
「第六位階魔法・・・」
「凄い、凄すぎるぞ・・・」
激しい閃光と大きな爆風の後、ナオ・レンジャーは、ヒナが空中で未だに自分と対峙していることに驚愕する。
「まだ居るだと!?」
ヒナは、両手を広げ、更に魔法の詠唱を始める。
「
(万物の素なるマナよ)
「
(ロキとアングルボサの娘)
ヒナの足元に一つ、頭上に大きな魔法陣が等間隔で十個現れる。
「
(死者の国を支配する氷の女神よ)
「
(永遠に凍てつくエーリューズニル、氷の巫女よ)
「
(今こそ神々の黄昏の時!!)
大きな十個の魔法陣は、ヒナのかざす両手の先に二個ずつ、サイコロの五の形のように並んで位置取り、配置を変える。
「
(ニヴルヘイムより来たりて)
「
(その力を我に貸し与え給え!!)
「
ヒナの両手の先に並ぶ、サイコロの五の形のように並んだ大きな魔法陣からナオ・レンジャーに向けて、五本の巨大な円筒状の白い柱が伸びて飛んでいく。
空気の断層によってできた巨大な円筒の柱は、絶対零度の凍気を内包するため、外周は氷結した霜で白く覆われていた。
ヒナが放つ魔法にナオ・レンジャーは驚愕する。
「・・・第十位階魔法だと!? この小娘が?? くっ!!」
ナオ・レンジャーは逃げ出すが、ヒナの魔法はナオ・レンジャーに命中する。
轟音と共に空中に大きな白い霜の球体ができ、一呼吸置いた後、その白い霜の球体は砕け散った。
ヒナが呟く。
「ジカさん、やったよ。私、勝った」
そう言うと、ヒナは気を失い、ヒナの体は地上へゆっくりと降下していく。
ジカイラがゆっくりと降りてくるヒナの元へ駆け寄り、両腕でその華奢な体を抱き止める。
「無茶しやがって・・・」
二人の戦いを見守っていたエームスハーヴェンの市民とカスパニア王国軍の兵士達は、その魔法の威力に絶句する。
エームスハーヴェンの市民達とカスパニア王国軍の兵士達の上に、空から白い雪が降ってくる。
「・・・雪?」
「・・・雪だ!」
ヒナが放った第十位階魔法は、その周囲に雪を降らせるほどの威力があった。