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引き際は大事

「もちろん、カスティリーニ家もいくらか痛手を被るわよ」
「それは百も承知です。ですが、あなたの方が傷は大きいでしょうね」
「何が言いたいの?」

 覚悟を決めたのか、夫人は大きなため息を吐いてエルネストに向き直った。

「取り引きしましょう。お金以外のことなら条件をのむわ」
「懸命です。では、今後我がカスティリーニ侯爵家に足を踏み入れず、口出しもしないと約束してください。ただ、ドロシーにとってあなたは祖母だ。あの子があなたや伯爵と会いたいと望めば、外で会うことは許可しましょう」
「・・わかったわ。それだけ?」
「ああ、そちらの女性との結婚も、他の誰との結婚話も、あなたのところに来た私との縁談は、きちんんと断ってください。侯爵には意中の女性がいて、他の女性は一切受け付けないと」
「うちより家格が上の家から来たら、そういうわけにはいかないわよ」
「上手く取りなしてください。それくらいは頑張ってください」

 丸投げもいいところだと思いながら、アリッサは二人のやりとりを聞いていた。
 ドロシーの母親の品格保持費について、怪しいところがあると気づいたのはアリッサだったが、それを聞いてエルネストは調べると言っただけだった。
 きっとディレニー伯爵家の家計も既に調べ、伯爵夫人がシラを切り通せば、それをつきつけるつもりだったのだろう。
 それだけで伯爵夫人を黙らせられたのではないだろうか。

(結婚相手がどうとかって下り、必要だったかしら。別に私との関係を持ち出さなくても良かったんじゃ・・)

 そう思っていると、伯爵夫人からアリッサに視線を戻したエルネストが微笑んだ。
 彼女が何を考えているか、わかっているかのように頷く。

「おわかりいただけたなら、今日はもうお引き取りください」

 エルネストのその言葉で、二人のすごすごと帰って行った。
 項垂れて出て行く伯爵夫人に対し、アメリアはまだ諦めきれないのか、期待を込めた目をエルネストに向けていたが、彼の視線が彼女と絡むことはなかった。
 アリッサがこの部屋に入ってきてから、エルネストはただの一度もアメリアと視線を合わせなかったのだ。
 それでも期待を込めた眼差しを彼に向けるアメリアを見て、アリッサはブリジッタのやるせなかった気持ちを思いだし、アメリアに一瞥も向けなかったエルネストにジルフリードの姿を重ねた。

「意外とあっさり帰られましたね」
「あれで引き下がってくれて良かった。恐らくディレニー伯爵は知らないことだろう。夫人が勝手にやっていたことだ。もし、知らない振りを通していたら、伯爵に伝えるつもりでもいた」
「一体何に使ったんでしょう」
「若い愛人を囲い、賭博にも手を出していた。しかも愛人は一人じゃなく複数いた」
「え!」

 目を丸くして思わず驚きの声を上げた。

「人は、見かけによりませんね」

 複数の愛人を囲っていたようには見えなかった。その馬力にある意味感嘆の呟きが漏れる。

「その資金源が我が家から出ていたと思うと、腹立たしい限りだ」
「ビエラ様は、きっと逆らえなかったのでしょうね」
「そうだな。気の弱い儚げな風情の人だったから。それでも兄とはうまくやっていた。兄も彼女のことを思いやっていい夫婦だった。もっとも私は殆ど外にいて、あまり一緒にはいなかったが」

 その言葉の裏に、疎遠だったことの後悔が滲み出ていた。

「それより、私は必要なかったのではないですか? 用意した証拠で十分交渉が可能だったと思いますけど」

 疑問に思ったことをアリッサは口にした。

「別に偽の結婚相手をつくらなくても、良かったと思いませんか?」
「確かに。だが、結婚相手にと女性をつれてこられて、つい先走って本心が表に出てしまった」
「そうですよ・・え?」
「順番は後先になったが、言ったことは本心だ」
「何が・・本心」
「もちろん、カスティリーニ家のためではなく、ちゃんと自分が添い遂げたいと思える相手と結婚したいということです」
「そ、そうですね。それはいいことです」

 一瞬、結婚したい相手が自分だということが、彼の本心だと言うことだと思ったが、結婚観のことだと知って納得した。

「良い方と巡り会えるといいですね」

 アリッサがそう言うと、彼はきょとんとして彼女を見た。

「どうかされましたか?」
 
 怪訝そうに尋ねると、彼は「まいった」と呟いてから深いため息を吐いた。

「そこまで興味が無い素振りを見せられると、自分がまったく魅力が無いのだと思い知らされる。それとも、わざとなのか?」
「あの、エルネスト様?」
「本心だと言ったのは、結婚の形だけじゃない。結婚相手のこともそうだ。私は、結婚するなら君がいいと思っている。いや、君以外考えていないと言ってもいい」
「・・・え?」
 
 笑いながらそう言われたなら、からかわれていると思っただろう。
 しかし、エルネストの表情は少しもそんな素振りがなかった。
 
 

 

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