バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

7話 無能王女

 午前は座学。
 そして、午後は実技だ。
 訓練場へ移動する。

 訓練場はスポーツの競技場と似た構造だった。

 中央に舞台。
 周囲に被害が出ないように、結界らしき塔が設置されている。

 さらにその周りに観客席が並んでいた。
 アカデミーの祭典や競技などがここで行われるらしいから、そのためのものだろう。

「今日は基礎をおさらいするぞ」

 実技担当の教師がそう言うと、クラスメイト達はだるそうな顔になった。

 入学して一ヶ月。
 今更基礎なんて……と、思っているのかもしれない。

 ただ、それは間違いだ。
 全ての物事において基礎は大事だ。

 例えば、スポーツでは体力トレーニングが基礎となるだろう。
 それを疎かにしたら?
 まともに動けなくなって、なにもできない役立たずの選手になってしまう。

 魔法も同じだ。
 基礎を繰り返すことで魔力を増やして、知識を重ねて、閃きを広げていく。

「ファイア」

 教師は指先に小さな火を灯してみせた。
 下級の火属性魔法だ。
 子供でも使うことができると言われている、初心者の中の初心者用魔法だ。

 ただ……

「この状態を最低でも一分は維持できるようにがんばること。わからないこと、疑問、なにかあればすぐに聞くように。では、始め!」

 教師の合図で、クラスメイト達は一斉に「ファイア」と唱えた。
 それぞれ指先に火を宿すけど……

「くっ、ダメだ……!」
「もう限界……」
「あっ、集中が……」

 大半は10秒ほどで魔法が解けてしまう。

 魔法を放つのではなくて、その場に留める。
 実はこれ、かなり難易度が高い。

 常に魔力を放出し続けなければいけない。
 さらに、その場に固定するために高い集中力と演算が必要になる。
 初心者用の魔法だとしても、維持するのはとても大変なことなのだ。

「……」

 クラスメイト達が苦戦する中、ネコネは……なにもしていない。
 魔法を使わないで、じっと指先を見つめている。

 とても真剣な顔だ。
 サボっている様子はない。
 ならばなぜ、魔法を使わないのだろう?

 無能。
 実力が全てのアカデミーで蔑まれている。

「……もしかして」

 とある可能性に思い至り、彼女に声をかける。

「レガリアさん」
「あ、スノーフィールド君……あはは、恥ずかしいところを見られちゃいましたね」
「それじゃあ……」
「はい……私、魔法が使えないんです」

 ……故に、彼女は無能王女と呼ばれていたのだった。



――――――――――



 レガリア王国は魔法の研究が他国よりも大きく進んでいる。
 故に、魔法大国と呼ばれていた。

 アカデミーを設立して、魔法の教育に力を注ぐのは自然な流れ。
 王族も魔法の研鑽を積むのは当たり前のこと。

 しかし……

 ネコネは魔法を使うことができなかった。

 魔力がないわけではない。
 むしろ、測定の結果、ネコネは尋常ではない魔力の持ち主であることが判明した。

 知識がないわけではない。
 彼女は勤勉で、物心付いた時から勉強を重ねていた。

 だが、なぜかネコネは魔法を使うことができない。
 なにをしても。
 どれだけ努力をしても。
 初心者向けの魔法を一回たりとも発動させることができなかった。

 そして……
 いつしか、彼女は無能王女と蔑まれるようになった。



――――――――――



「情けない話ですよね……人々の模範とならなければいけない王族が、まったく魔法を使うことができないんですから……」
「どうやっても?」
「たくさんがんばってきて、たくさん力を貸してもらってきましたが……全部ダメでした」
「なら、どうしてアカデミーに?」
「……諦められませんでした」

 ネコネは泣きそうな顔をして……
 でも涙をこぼすことなく、強い口調で言う。

「ここなら、もしかしたらなんとかなるかもしれない。そう思い、入学を決めました」
「でも……変わらない?」
「……はい」

 ネコネは小さく頷いた。
 ただ、その目は死んでいない。

「今はダメです、なにもできません。それでも……いつか、きっと!」
「そっか」

 その根性、嫌いじゃない。
 魔法に対する情熱も好ましく思う。

「ふむ」
「え? え?」

 ネコネの顔を覗き込むと、彼女は頬を赤くした。

「な、なにを……」
「そのままじっとしててくれ」
「は、はい」

 瞳を覗き込み、ネコネを視る。
 魔力の流れや淀みがないか、診断する。

「うん?」

 ほどなくして違和感を覚えた。

 魔力の流れがおかしい。
 スムーズに流れることはなくて、デタラメな方向に流れていて……
 時折、動きを止めているなどして詰まっている様子だ。

 いったいこれは……

「こら、そこ!」

 教師がこちらを睨みつけてきた。

「のんびりとおしゃべりをしているとは、ずいぶん余裕があるな? 課題をこなすこともできず、一流の魔法使いになれると思っているのか?」
「いいえ、思いません。なので、課題はきちんとこなしています」
「なんだと?」

 怪訝そうな顔をする教師に、俺は頭の上を指差した。

 そこには、小さな火がゆらゆらと浮かんでいる。
 もちろん、俺が生成したものだ。

 それを見て、教師が唖然とした顔に。

「ま、まさか、ずっと使い続けていたのか……? しかも、体から離れた任意の場所に自由に展開をして……? そんなバカな。どれだけの魔力と精度を要求されるか……」
「納得してもらえましたか?」
「う、うむ……そう、だな」

 教師は汗を流しつつ、離れていった。
 納得してもらったようでなによりだ。

「……」

 見ると、ネコネもぽかーんとしていた。

 これくらいは、わりと大したことない。
 練習すれば誰でもできるようになるのだけど……

「……うん」

 ややあって、ネコネはなにかを決意した様子で頷く。

「スノーフィールド君」
「うん?」
「私を……あなたの弟子にしてくれませんか!?」

しおり