5話 最初の挨拶が大事
あの後、すぐに教師がやってきて……
俺は、そのまま学院長室に連れて行かれた。
「やれやれ……君はなにをしているのじゃ?」
6歳くらいの幼女が、60歳くらいのような感じで肩をすくめてみせた。
人形のように愛らしい幼女だ。
将来が期待されるのだけど……
あいにく、彼女はずっとこのまま。
『時の魔女』。
不老不死を成功させたらしいが、代償として、肉体年齢が8歳で固定されてしまったとか。
ソファーに座っているものの足が届かなくて、ぷらぷらと遊ばせている。
精神年齢も幼いのかもしれない。
あるいは、肉体年齢が幼いから、それ故の無自覚の行動なのか。
まあ、本人は楽しんでいると聞いている。
「教員との待ち合わせをすっぽかして、勝手に学院内を歩く」
「散歩だ。それくらい、いいだろう?」
「貴族を相手にケンカを売る」
「任務のためだ」
「挙げ句、校庭に大穴を開ける」
「もっと結界を強固にした方がいいぞ?」
「だぁあああああ! 誰のせいじゃと思っているのじゃ!?」
学院長……リーゼロッテ・エンプレスが怒り、ばしばしと机を叩いた。
しかし、その外見のせいで微笑ましい印象しかしない。
「ジークよ。お主、任務のことを忘れたのか?」
ちなみに、彼女は俺の正体や任務を知る、学院で唯一の人間だ。
サポートがいないと困るので、彼女だけは全てを明かされている。
「もちろんだ」
「そう、お主の任務は密かに王女の護衛を……」
「魔法学院で技術と知識を学び、さらなる魔法の高みへ……」
「ちっがーーーう!!!」
ばしばしと再び机が叩かれた。
「お主の任務は、第三王女の護衛じゃ! 密かに護衛するのじゃ! あと、周囲に正体がバレるような行動は慎め! もっと、おとなしくするのじゃ!!!」
「了解」
「はぁ、本当にわかっているのやらいないのやら……とにかく、決闘の件はなんとかもみ消してやろう。じゃから、これ以上騒ぎを起こすでないぞ?」
「努力しよう」
「では、教室へ向かうがよい。もちろん、第三王女と一緒のクラスじゃ」
「わかった。色々と手を回してくれて、ありがとう」
学院長室を後にしようとして、
「ああ、そうそう」
軽い調子で言葉をかけられた。
「我がアカデミーへようこそ」
――――――――――
「「「……」」」
教室の壇上に立つと、たくさんの視線が集まるのを感じた。
教室へ移動して、遅れた新入生である俺の紹介がされた。
そして、自己紹介をするように言われたのだけど……
なぜだろう?
やたら注目されているな?
「……あいつだよな? ドグ様にケンカを売った無謀者は」
「……校庭の大穴、彼の仕業だって聞いているけど、本当かしら?」
「……腕が六本足が四本、目が三つの化け物って言ってたの誰だよ」
「ふむ」
どうやら、今朝の決闘が注目されてしまい、噂が広まっているみたいだ。
目立たないように、と言われていたのだけど……
でも、仕方ないか。
ネコネを守る、という任務のためだ。
相手がドグのような貴族であっても、排除の対象になるだろう。
とはいえ、このままだとまずい。
人間、第一印象が大事と聞く。
最初の挨拶をうまいことやれば、ある程度のリカバリーは可能だろう。
「はじめまして、ジーク・スノーフィールドです」
あらかじめ考えておいた挨拶を口にする。
「病気の療養をしていたため、入学が一ヶ月遅れてしまいました。一ヶ月分、みなさんの後輩ということになります。そのため知らないことが多いと思うので、色々と良くしてもらえると幸いです」
うん。
ほどほどに良い挨拶ができたのでは?
ついつい自画自賛してしまう。
「よろしくお願いします」
ぱちぱちと拍手が響いた。
それを見て、担任はほっとした顔に。
「えっと……スノーフィールド君の席は、レガリアさんの隣ですね」
「はい」
第三王女のことだ。
「ただ、せっかくなので親交を深めるために、少しだけ質問タイムを設けましょうか。誰か、彼に聞きたいことがある人はいませんか?」
「「「はーい!」」」
たくさんの生徒が手を挙げた。
目立つな、と言われているが……
これはクラスメイトとの親交になるから、特に問題ないだろう。
「定番の質問だけど、趣味はなに?」
「魔法の研究だ。魔法がすごく好きだから、いつも魔法のことばかり考えている」
「へー、だからここに?」
「なら、とんでもない魔法を使う、っていう噂は本当のことなのか? なんか、校庭の大穴はノースフィールドの仕業、って聞いているけど」
「ただの偶然だ」
偶然。
それで片付けてしまえば、なんとなく相手は納得してしまう、とても便利な言葉だ。
「そっか、偶然か」
「なーんだ、つまらないの」
「でも、そうだよな。常識的に考えて、あんな大穴、ありえないし……」
良い方向に話が流れていく。
うん。
これなら目立つことなく、普通の生徒として潜入することができそうだ。
「あ。そういえば、病気って?」
「正確に言うと怪我だ」
「怪我?」
「ちょっと失敗して、腹が半分吹き飛ぶような怪我をしたんだ。さすがに治療に時間がかかってしまった」
嘘を吐くには適度なリアルを混ぜるといい。
そんなことを誰かが言っていたような気がする。
なので、過去の経験を交えた話をしてみたのだけど……
「「「……」」」
クラスメイト達は顔をひきつらせて、ドン引きしていた。
……なぜだ?