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第22話 やっぱりお風呂は気持ちいいですね

宿屋「クマの手」に迎えに来ていた馬車に乗った俺は、10メートル近い行列の中ほどにいる。



ラスク亭の前では看板娘のリルちゃんがこちらを見て手を振っている。



その微笑ましい姿に手を振り返す。



冒険者ギルドの前では、物凄い数の視線が向けられているがそのほとんどは強い妬みを含んでいた。



まともに感じ取っていると眩暈を起こしそうなので、気配察知を極限まで落としておく。



何故完全に消さないのかって?



その妬みからくる悪意は今にも俺を殺そうとしているようだもの。



悪意だけでなく本当に襲い掛かってこられたら困るから。



でも気配察知を完全に消さない本当の理由は別にあるのだ。



実はこの行列の中、つまり王家から遣わされた人達の中からも強烈な悪意をいくつか感じ取れるんだよね。



例えばそう、この馬車のすぐ横で馬に乗って警護してくれている騎士とか。



その感情の中には愛しい人を失った悲しみの感情と俺に対する憎しみが混じっているのだ。



俺誰か巻き込んで殺しちゃったっけ?



殺されることはあっても人を殺したことは無かったと思うけど。



その騎士に対して危機察知能力を限定してみた。



その騎士にのみ集中して気配察知を絞り込む。



数分すると、その騎士以外の気配が全く無くなり、感情がより鮮明になってきた。



さらに集中力を高める。



すると、その騎士の声が聞こえてくる気がした。



上手くは聞き取れないが、その感情だけが俺の心に語り掛けて来るようだ。



強く悲しい思いがだんだん俺の中に流れ込み、ひとつの映像となる。



剣の音、あの時の犬っころ、草原で寄り添う2人、運び込まれた女性騎士の死体、周りですすり泣く数多くの声。



断片的な光景ではあるが、はっきりとわかった。



この感情の主は、恐らくあの王女様を助けた現場で亡くなった騎士の恋人なんだろう。



彼は彼女を護れなかったことを悔いているに違いない。



もし俺がもう少し早く着いていたら、亡くならずに済んだかもしれないと思う彼の気持ちが、俺に向かっている負の感情となっていると思う。



彼女があの時、どこに居たのか、いつ死んだのか、後どのくらい俺の到着が早ければ助かったのか、それは分からない。



でも彼にとって彼女の死は受け入れがたい真実であり、こうして姫様に呼ばれて国王から褒賞されるであろう俺に負の感情を向けてしまうのはしようの無いことなのかもしれない。



このバイオレンスな世界では、こんな悲劇は日常茶飯事なことなのだろう。



そう考えると、この世界に渦巻く負の感情はあって然るべきものかもしれないな。



こんな哲学的なことを考えていると、馬車が静かに停止した。



「ヒロシ様、到着致しました。

これより、お身体のお清めを行いまして、国王陛下への謁見となります。」



馬車を降りて案内される方向に歩いて行く。



あの悪意を俺に向けていた騎士も少し離れて付いている。



俺はその騎士を見て頭を下げる。



彼の恋人を死なせたのは断じて俺では無い。



それは彼も良くわかっていると思う。



でも俺が声をかけて謝るのは彼を余計に苛立たせ、そして悲しませるはずだ。



ならばどうする?



俺は彼に深々と頭を下げることで、彼の気持ちを理解したことを伝えたかった。



それしか思い浮かばなかったのだ。



彼はそれに驚いたようだったが、何かに気付いたように俺に頭を下げてきた。



彼の感情からは俺に対する負の感情が薄くなってきたのが、せめてもの救いだった。



やがて案内された場所は、大浴場であった。



大きな浴槽とそこに滔々と流れ込むお湯。



明るい窓から見える露天風呂。



まさしくザ・日本と呼べる景色であった。






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わたしの名はポリマー。名誉ある王家騎士団で騎士を拝命している。



わたしには結婚を誓い合った女性がいた。



名前はローズ。同じ騎士団の後輩だった。



ローズは頭が良く、気遣いの出来る娘であった。



南の丘の上で結婚の約束を交わした数日後、彼女はイリヤ王女様の護衛任務についた。



本来なら10日ほどでローズは王都に戻って来て、彼女の家に挨拶に行くことになっていたのだが、出発から丁度10日後、彼女は物言わぬ姿で戻って来たのだった。



王都まであと1日のところで、イリヤ王女様の一行はシルバーウルフの群れに遭遇してしまった。



20人いた護衛騎士の内、無事に戻って来れたのは5人だけだった。



ローズはその中にはいなかった。



大聖堂に並べられた真新しい棺の一つにローズは眠っていた。



勇敢に戦い、姫様を守って名誉の戦死である。



葬儀では国王陛下から感謝の言葉を頂き、彼女は誉れ高き英雄の1人として葬られていった。



あのゴルドー団長ですら戦死されるほどの戦場で、奇跡的に助かったというランス副団長の話しでは、神の奇跡によりイリヤ王女様以下7人だけが助かったと聞いた。



それほどの戦場であれば果敢に戦いイリヤ王女様を救ったローズは間違いなく英雄であり、その死は騎士の最期としては誇れるものだ。



ローズやローズと一緒に失った同僚達との別れの儀式も終わった数日、騎士団の中にあるひとつの噂が流れた。



聞かされていた神の奇跡は、1人の異国の平民が起こしたもので、その人物が王都内で見つかったと。



翌日俺はその人物を城に護衛する任務についた。



まだ成人したばかりにしか見えないひ弱そうな男が、すぐ横の馬車に乗っている。



不可思議な神通力、最近では魔法か、を使って全滅寸前の部隊を救ったという。



とてもそうは見えないが、イリヤ王女様が確信しておられるのだから間違いないだろう。



この男はイリヤ王女様を救った英雄だ。



彼によってイリヤ王女様やランス副団長等は助かった。



そうであれば、ローズはなぜ死ななければならなかったのだ。



なぜ彼は彼女を救えなかったのか。



俺の中に自分でも理解出来ない理不尽な感情が湧いてくる。



なぜ!



馬車が王城に着き、馬車を降りた彼は少し歩いたところで、突然俺の方に振り向いて頭を深々と下げた。



俺は一瞬何があったのか分からなかったが、すぐに彼から流れ込む謝罪の感情を感じとることができた。



俺はそんな彼に感謝の気持ちを伝えたくて、頭を下げたのだった。




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