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そして口づけを交わすと、少女は幸せそうな表情で眠りについた。

―ぐにゃり 歪んだ景色の中で、男は少女に何かを囁いていました。すると、少女の顔がだんだん青ざめていくのが見えました。すると私の頭に触れた時、私の頭の中に映像が流れ込むような感覚が襲います。
―どくん その瞬間、頭の中を誰かの記憶が流れました。――そこは真っ白な世界、そこに一人の少女が立っている。彼女は周りを見渡すと何かを見つけたのか、そちらに向かって駆け寄っていく。その先に居たのは一人の青年でした。その顔はどこか寂しげで、しかしとても優しかったです。「おとうさん!!!」
少女は彼に勢いよく抱きつく。それに応えるように彼も優しく彼女を抱きしめる。
そして二人はしばらく抱擁した後、お互いの手を握って見つめ合う。そして口づけを交わすと、少女は幸せそうな表情で眠りについた。そしてそれを見た彼も、少女の額にキスをして、愛おしそうな目で少女を見下ろしていた。「瑠奈」と、彼は優しく呟いた。
そして場面は暗転する。
「もう大丈夫ですよ」
と、私を気遣うような声で男が言う。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
私は何度も何度も、繰り返しそう言い続けた。その言葉を聞くたびに私の瞳から熱いものがこみ上げてくる。私はその度に何度も感謝の気持ちを口にした。しかしそれと同時に私を縛りつけていた何かが解けていくような気がした。その時です。突然、目の前に黒い渦が現れたのです。その向こう側には、少女の姿がありました。
「どうして?」
「ごめんね。本当は呪いを解いてもらうためだったの」
「そう……なの?」
「うん。だって……お父さんは私を救ってくれなかったから」
その一言を聞いた私は驚きました。なぜなら私はこの少女の呪いを解いていたと思っていたからです。
「あの人は嘘つきで卑怯者だった。でも私にとっては大切な人で、ずっと一緒だった。だから私にとっての家族はこの人だけなの」
「そうなんだ……」
「でも安心して」と少女は言います。「私にはまだこの人という家族がいるのだから」
少女は笑顔で言う。その顔は、どこか清々しい様子であった。そして、彼女の口から一つの提案がなされる。
「ねえ、もしもの話なんだけどさ」
「うん」
「私が呪いを解いてほしいっていったらどうする?」
「ええっとね……」
「やっぱりストレートに言うべきだと思う?それともサプライズを仕掛けるべきかな?」
「そうだね……」
「それとも手紙を書くべき?」
「それは……」
「ん?どうしたの?」
「それはあなた次第よ」
「そっかぁ……」
「そうだね」
「もしもの話なんだけどさ」
「うん」
「私が呪いを解いてほしいっていったらどうする?」
「ええっとね……」
「やっぱりストレートに言うべきだと思う?それともサプライズを仕掛けるべきかな?」
「そうだね……」
「それは……」
「それは?」
「それは……」

「……なんだい?」
男は優しい声で少女に語りかけます。そして私は聞きます。
その言葉は……、一体何?少女の言葉を待つと、少女は静かに言い放ちます。その言葉はとても冷たく、鋭利な刃物のような鋭さと重さを持った言葉でした。ラジオ魔人山の呪いがさく裂したのです。魔人山には遊郭がありました。
「どうして?って聞いたわよね?」
少女は男を見つめて問いかけました。男は動揺していました。
「どうして?どうしてって言ったの?」
男は何度聞かれても黙っていました。それは私も同じです。そして少女は私に向かって言の葉を紡ぎます。
「どうしてあなたたちは私を救わなかったの?」
「違う、僕は君を救うつもりだったんだ」
「私のために死んでくれるって約束してくれたじゃない」
「それは……」
「あなたが私のこと好きって言ってくれたから私もあなたのことを愛したのに、どうしてこんなことになるの?」
「魔人山のせいさ。あそこには遊郭の廃墟があってね。江戸時代にやり捨てられた女の怨念と白骨が転がってるそうだよ。そういえば君の前世も湯女だったとか」

「……そうよ」
「だからその恨みの念に君の魂は乗っ取られたんだよ」
「だったら私はあなたに復讐してやる。私はあなたの奥さんに呪いをかけて、そして殺してやったのよ」
その少女は男に対してそう言い放つと、
「だからあなたにも、同じ苦しみを味あわせてあげる」
と、少女は言って男の喉に噛みついた。するとそこから鮮血が溢れ出し、少女は口を真っ赤に染め上げる。
「ほら、あなたも早く私を殺しなさいよ」

「く……う……あ……」
「出来ないの?」
「……できない」
「そう、じゃあもういい」
「あ……待ってくれ……」
「もういいよ。もうたくさん」
「待ってくれ!」
「私、知ってるよ。お父さんは私よりもお母さんのことの方が好きなんでしょ?」
少女は男の胸にナイフを突き立てました。そしてその手を男の首へと伸ばします。
そして、力を込めて握りしめました。
その時、私は自分の身体から何かが抜けていくのを感じました。私の体から命が溢れ出していくような感覚がしました。
すると少女は私の方へと近づいてきて、私の頭に触れました。すると私の頭の中に映像が流れ込んできたのです。
――どくん 私の頭の中に映像が流れ込んできました。
――どくん
「あなたの娘はね、まだ生きているのよ」
少女は男にそう告げました。
「嘘だ!」
「本当よ」
「じゃあなんで僕のところに戻ってこないんだ!?それに、この映像はいったい……」

「この子のお母さんが、あなたを殺すために呪ったの」
「なんで……?」
「あなたが、私の家族を奪ったから」
「違う、僕は、ただ、お前を救いたかっただけなのに」
「それならなぜ、私を置いて先に死んだの?」
「それは……」

「もう遅いの。もう取り戻せないの」
「そんなことはないはずだ、だって、今こうして一緒に居るじゃないか」
「私はあなたが憎い」
「頼む、僕を殺してくれ」
「嫌」
「君は僕を愛してくれているんじゃなかったのか?」

「私はもうあなたが嫌い」
少女はそう言いました。すると突然男は叫びました。
「どうして!?あんなに可愛がっていたのに!!どうしてなの?どうしてなの?」
「あなたが私のお母さんを殺したから」
「違う!!」

「違わないよ。あなたが殺したんだ」
少女は冷淡に答えた。すると男は、
「そうだよ、僕が殺したんだ。ごめん、許してほしい」
「謝れば良いと思ってるの?」
「お願いします。この通りです」

「だめ」
「本当にごめん。何でもするから」
「なんでも?」
「うん。だから……助けてください」
「私を助けてくれるの?それじゃあさっき私が言った事を覚えてる?」
「もちろん」
「だったら、あの言葉を言ってみて」
男は、
「分かった」
と、大きく息を吸うと、はっきりとした口調で少女に告げます。
―愛しているよ、と。少女はそれを聞くと、嬉しそうな顔をした後、静かに目を閉じて眠ってしまいました。
「お父さん、どうして私を置いて先に逝ってしまったの?」
「……君を守るためだよ」
男は、悲しそうな表情で呟きました。そして少女の亡骸を抱きかかえると、そのまま立ち上がります。そして少女の体をそっと置くと、少女の顔を見て言いました。
「瑠奈、また会いに来るよ」

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