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2 婚約者は忙しいようです

 アランが所属している生徒会は、官僚への登竜門と言われています。
 所属する条件が厳しくて、誰でも希望すれば入れるというものではありません。
 入学以来の成績が常にベストテンに入っていて、なおかつ教授陣の推薦が貰えることなのですが、模範的な生活態度も求められるためとんでもない狭き門なのです。

 アランから五年生になったら生徒会に入るよう推薦されたと聞き、どれだけアランが頑張ってきたのか再認識しました。
 そんな彼が私の婚約者という事実が誇らしく、忙しくなるから今までのように頻繁には会えないと言われても、全然かまわないと思ったのです。

 エヴァン様とお茶をしてから、アランはますます張り切って勉強にも生徒会の仕事にも取り組みました。
 当然ですが、私とアランはほとんど会うこともできない状態になりました。
 それでも教室移動の時や学食などで見かけると、昔通りの優しい笑顔で手を振ってくれますので、それほど不安ではありませんでした。

 私は卒業したらすぐにアランと結婚して領地に戻るものだと思い込んでいましたが、アランがこのまま官僚となれば王都で暮らすことになります。
 きっと官僚となったアランは多忙を極めるでしょうから、私がアランを生活面でも精神面でも支えていくのだと思っていました。
 ララとも交流が続けられるし、むしろその方が嬉しいなんて気楽に考えていたのです。

 アランが最終学年になる前の長期休暇の時に、二人で領地に戻ってそんな未来設計をハイド子爵夫妻と話し合いました。
 アランのご両親は残念がっておられましたが、愛する息子の努力を認め、帰るまでは今まで通り領地経営をすると約束してくださいました。

「ローゼリアちゃん、結婚式はあなたの卒業に合わせてやりましょうね。王都で暮らそうとここで暮らそうと、あなたたちが夫婦になることには変わらないのだから」

 ルーナ伯爵夫人はそう言って嬉しそうに微笑まれました。
 アランと私は顔を真っ赤にしつつ頷いて見つめ合いました。

 そうです。ここまでは親たちが私たちのために用意してくれた人生のレール通りに生きてきたのです。
 領地に戻るのが遅れるだけで、他には何も変わらない。
 そしてそのことに何の疑いも持たず、毎日をただ楽しんでいたのです。

 留学してくる王女殿下はエヴァン様の言った通りアランと同学年で、最終学年として編入されました。
 まだ登校はされていませんが、入寮はせずに王宮でお暮しになるそうです。
 アランは王女殿下のご学友として、学園内ではほとんど行動を共にすることになるそうです。
 アランが卒業するまで、公式行事でも王女殿下を優先するために、エスコートもしてもらえないことになりましたが、これもアランの将来のためです。

 いつものようにララの帰宅にくっついて行ったとき、久しぶりに休みが取れたエヴァン様もおられ、私に申し訳なさそうにおっしゃいました。

「ごめんね、私がアランを推薦したばかりに、ロゼには寂しい思いをさせてしまうけど、この一年間をアランが上手く乗り切れば官僚どころか大臣クラスの側近も夢じゃないからね」

「エヴァン様。私たちは本当に感謝しています。卒業前のデビュタントは絶対にエスコートするからって言ってくれましたし大丈夫です!」

 私の力強い宣言に、ドイル伯爵家の皆さんが拍手をしてくださいました。
 本当に爪の先ほども疑っていませんでした。
 アランと私は、病めるときも健やかなるときも、死が二人を分かつまで共に仲よく暮らすのだと信じていたのです。

 そしてパーティーの夜、それが私の一方的な思いだったと知りました。

 壇上に並んで座るルーカス王配とマリア王女。
 生徒たちは着飾って低学年から順に挨拶をしていきますが、婚約者同志は衣装の色を合わせたり、一目でカップルだとわかります。
 こうしてみると婚約している生徒がかなり多いと気づかされますが、私はアラン以外の男性に興味を持ったことがないので知りませんでした。

 もちろん私とアランも衣装を合わせています。
 きっとアランのお母様が気を利かせて下さったのでしょう。
 私のドレスは私の髪色に合わせた濃紺で、アランの正装の刺し色も同じ濃紺です。
 それとは別にアランからは彼の瞳の色であるエメラルドグリーンの宝石を使った髪飾りが送られてきましたので、喜んで身に着けています。
 
 私たちの順番がきて、私とララは一緒に挨拶に向かいました。
 何度も訓練した渾身のカーテシーを披露します。
 私の衣装を見た王女殿下が、あからさまに驚いた顔をされ視線をずらされました。
 アラン達生徒会メンバーは、挨拶をする生徒達の横に並んで控えています。

 私はこっそり王女の視線を追いました。
 王女はアランを見つめています。
 アランは私を見ることもなく、王女殿下を見つめ返していました。
 
 そこから私はほとんど何も考えられませんでした。
 ララと一緒に寮に帰り、ドレスを脱がせてもらってお風呂に入り、自室のベッドに腰かけて呆然としていると、ララがリビングに来ないかと声を掛けてきました。

 私たちの寮は二人一部屋ですが、ドアを開けると広めのリビングがあり、それを挟むようにぞれぞれの勉強部屋兼寝室があるのです。

「ロゼ、大丈夫?あれほど楽しみにしていたのにほとんど何も食べてないでしょう?」

「うん…」

「寂しかったのね?可哀想に。いくらご学友だからって婚約者より先にダンスをするなんて王女殿下も随分な方よね」

「でも、お役目だから…」

「それにしてもよ!私、お兄様に抗議のお手紙を書くわ!アランもアランよ!」

「私のドレス姿、アランは一度も見なかったわ」

「せっかくお揃いで誂えたのにね」

「この髪飾りもきっとアランが選んだのではないわね。叔母さまが気を利かせてくれたのだと思う」

「でもアランがつけていたタイブローチはロゼが贈ったのでしょう?」

「タイブローチはプレゼントしたけど、今日アランがつけていたのは違うわ」

「えっ!どういうこと!」

「ララは気づかなかったの?あれは王女が贈ったものよ。王女殿下の髪飾りとお揃いだったもの」

「だってあの色はロゼの瞳の色では…」

「いいえ、私の瞳はダークブルーでしょ?アランがつけていたのはスカイブルーだったわ。王女殿下の瞳の色よ」

「そんな…だって王女殿下が学園に来られたのは今日が初めてでしょう?」

「生徒会役員はひと月以上前に対面しているわ。それにアランはずっと王女殿下に付ききりだった」

「まだ決まったわけではないわ」

「でもどう考えてもそうでしょう?」

「ロゼ…」

 私は不覚にも泣き出してしまいました。
 ずっと耐えていた涙が溢れて止まりません。
 ララはずっと私を抱きしめて背中をなでてくれました。

「あの二人は恋をしているんだわ」

 しゃくりあげながら私は言いました。

「決めつけるのは早いわ。もしかしたら王女が友情の証として贈ったブローチを、社交辞令としてつけただけかもしれないでしょう?」

「だったらなぜアランは私を一度も見ようとしなかったの?ダンスだって王女殿下としか踊っていないわ。王女殿下は数人の男性と踊ったのだから、その間に私を誘ってくれても良いじゃない!なのにアランは来なかったわ!他の方と踊る王女殿下をずっと見つめて!王女殿下のドレスの刺し色はアランの正装と同じベージュだったじゃない!あれではまるでふたりが衣装を合わせたみたいじゃない!」

「でもあなたたちの衣装はアランのお母様が作ってくれたのでしょう?」

「きっとあの衣装を見て王女殿下が刺し色を変えたのでしょうね。ふふっ…王女様ならどんな無理でも通るのでしょうね」

「ロゼ…可哀想に。お兄様が悪いのよ!お兄様がアランをご学友に推薦なんてするから」

「エヴァン様は悪くないわ。きっと私たちの将来のことを考えてアランに道をつけて下さったのよ。それなのにアランが王女殿下に恋を…した…王女殿下もきっと…アランを…」

 その夜ララは、狭い私のベッドで一緒に眠ってくれました。
 私はララに強く抱きしめられながら浅い眠りに落ちました。
 パーティーの翌日から三日間の特別休暇が与えられています。
 学園に残るとアランに会うかもしれません。
 もし会ってしまったら、私はアランを責めてしまうことでしょう。

 そんな私の気持ちを察したララは一緒に帰ろうと誘ってくれました。
 本当に頼りになる優しい親友です。
 ララの自宅に入ると叔母さまが駆け寄って私の頬を撫でました。

「ロゼちゃん!どうしたのその隈は!美しい顔が台無しよ?何かあったの?」

 ララが叔母さまをなんとか宥めて、私たちはララの部屋に行きました。
 着替えているとドアがノックされ、エヴァン様が急ぎ帰宅したとのことです。
 ララは怒りの形相で立ち上がり、私の手を引いて居間に向かいました。

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