第三十四話 烈兵団、斧と弓の盟約、無頼漢
--メオス王国との国境の街ヴァンガーハーフェン
南方から来た多数の革命軍の大型輸送飛空艇が郊外の飛行場に次々と着陸していく。
着陸した飛空艇からは、ゾロゾロと人相とガラの悪い兵士達が降りてくる。
烈兵団。
それは革命軍が兵力不足を補うために罪人を徴用した兵団。
農民を徴用した兵士より勇猛ではあるが、占領地で悪逆非道の限りを尽くす事で知られていた。
烈兵団を率いるイタ大尉は、今回の東北戦線への転進を喜んでいた。
今までの東南戦線は荒野が広がる戦場であり、相手はミノタウロスのような
戦闘で勝っても戦利品は無く、
それに比べ、今度の戦場であるメオス王国は人間の国家であり、戦う相手は人間であった。
戦利品にも期待出来た。
イタ大尉は、飛行場に整列する兵士達を前に命令を出した。
「街には入るな。準備が出来次第、メオス王国に進攻する」
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--数日後、メオス王国王都エスタブリッシュメント
伝令の兵士が大慌てで王宮に駆け込んでいく。
「大変です!! バレンシュテット軍が攻めて来ました!!」
応対したガローニは兵士からの報告に驚愕した。
「なんだと!? 至急、ナブと全隊長を呼べ! 非常招集だ!!」
(クソッ、講和するどころか、本土に攻め込んでくるとは)
程無くメオス王国軍のガローニとナブの将軍二人とクルト他、全隊長が王宮の一室に集合し、対策会議を開いた。
会議の席でナブがガローニに話し掛ける。
「敵の情報は?」
ガローニが答える。
「烈兵団というらしい。罪人を徴用した部隊だと聞く」
ナブが苦笑いする。
「また性質の悪い部隊が攻め込んできたものだ」
クルトが対応を質問した。
「我が軍はどう対処致しましょう?」
ナブがガローニに尋ねる。
「何か、策はあるのか?」
「ある!」
ガローニは自信がありそうな返事をナブにした。
「どうするつもりだ?」
ガローニが作戦を説明する。
「住民を東部へ疎開させつつ、遅滞戦術を取り、王都エスタブリッシュメントまで敵を引きつける」
「ふむ」
「王都エスタブリッシュメントはカルデラ湖に浮かぶ島の上に築かれた都。彼奴らのゴーレムは深い湖を渡れない。それに王都の堅牢な石の城壁は、彼奴らの魔法の氷槍にも爆炎にも耐えられる」
「・・・なるほど。しかし、王都まで下がるとなると、国境から三百キロは彼奴らの侵略を許すことになるぞ? 我が国への被害は甚大だ」
「国家存亡の危機だ。被害や犠牲はやむを得ない。そして切り札を使う」
「切り札?」
「先の戦では使えなかった防衛条約『斧と弓の盟約』を発動させる。北のドワーフと南のエルフの援軍が来る。それで王都まで攻め込んできた敵軍を三カ国連合軍で包囲殲滅するのだ」
「おぉ。三カ国連合軍なら勝てそうだな」
ガローニが説明した作戦に隊長達も沸き立つ。
「国王陛下には私が説明する。早速、取り掛かってくれ」
「おおっ!」
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--首都ハーヴェルベルク、転職から数日後。
夕刻。
ジカイラは宿舎の廊下でヒナが自分の部屋から出てくるところに居合わせる。
「ヒナ。何処に行くんだ?」
「ちょっと街までお買い物」
「もうすぐ暗くなるぞ?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃねぇよ。都会の夜は危ないんだぞ?」
「平気よ」
ジカイラにそう言うと、ヒナは廊下を歩いて行った。
「・・・しょうがねぇな。」
ジカイラはそう呟くと、ヒナの後を付いていく。
ヒナが歩く三歩後をジカイラが歩いていく。
ヒナがジカイラに話し掛ける。
「どうして付いてくるの?」
「女一人じゃ危ないからな」
「そう?」
「そうだ」
会話はそれだけであった。
ヒナは人通りの多い表通りを通り抜け、薄暗い横丁へ入った。
横丁には、怪しげな店や飲み屋が並ぶ。
ヒナはポーションの店に入った。
ジカイラもヒナの後を追って店に入っていく。
老婆が店の経営者で店の奥で椅子に座って佇んでいた。
ヒナはあれこれと品定めをしていたが、意を決したのか、魔力回復のポーションを買う。
ジカイラはその様子を離れたところから見守っていた。
ヒナが買い物を済ませて店を出る頃には、辺りは真っ暗になっていた。
ヒナが店を出ると、ジカイラも店を出る。
ヒナがほとんど人通りの無くなった横丁の飲み屋の前を通りすぎようとした時、男がヒナに近付いてきた。
ジカイラはヒナに近寄る男を観察する。
男はヒナを値踏みする目で見た後、獲物を見る目に目付きが変わった。
ジカイラは男の目付きが変わった事を見逃さなかった。
ジカイラは男の左手を見る。
左手の甲、人差し指と親指の付け根の間。”合谷”と呼ばれる部分。
入れ墨があった。
ジカイラは自分の左手の同じ部分を見る。
同じ文様の入れ墨がある。
『特等刑務所収監者』が入れられる入れ墨。
それは『凶悪犯』の証であった。
無頼漢とは、何にも頼らず自分の力で、己の力のみで生きる男。
しかし、大きく二種類に分かれていた。
それはジカイラのように義理人情や仁義を重んじる任侠の徒『侠客』と、人の道を外れ他人を顧みず食い物にする『外道』の二種類。
ジカイラは暗黒街で育った。
そこで身につけた嗅覚が「この男は明らかに『外道』だ」とジカイラに告げる。
男は優しげな顔つきに変わり、ヒナに声を掛けてきた。
「お姉ちゃん、一人かい?」
ジカイラは直ぐにヒナの傍に行く。
「ワリぃな。コイツ、オレの女なんだわ」
ジカイラは男にそう言うと、自分の右腕の小脇にヒナを抱える。
ヒナがジカイラに反論しようと言いかけた時、ジカイラは左手の人差し指でヒナの口を塞ぐ。
ジカイラはヒナに耳元に顔を近づけ、小声でそっと囁く。
「コイツは『
ヒナは自分が置かれている状況を理解し、ジカイラの指で口を塞がれたまま、コクコクと頷いた。
目を付けた
男はジカイラとヒナの所有権を巡って争う事を避けた。
男が舌打ちする。
「チッ。イチャつきやがって」
男はそう言うと、飲み屋の奥に消えていった。
「宿舎まで傍にいる」
そう言うとジカイラはヒナの傍らを歩く。
少し歩くと、また男が近づいてきた。
「・・・お前、タケチヨ一家のジカイラじゃねぇか?」
「ひょっとして、カスか?」
「おうよ!」
声を掛けてきたカスと呼ばれた男は、ジカイラの過去の同業者、海賊であった。
「タケチヨ一家は、
「・・・オレだけ生き延びたんだよ」
「そうか」
「お前こそ、何でこんなところにいるんだ?」
「まぁ、積もる話もある。立ち話も何だ。そこで話そう」
カスは横丁の安酒場にジカイラとヒナを連れて行った。
三人は席について飲み物を頼む。
ヒナは、さっきの一件の事もあり、ジカイラの傍らで大人しく座っていた。
「まぁ、一杯やれよ」
ジカイラがカスに酒を奢る。
「すまねぇな。・・・オレは商会が解散してから陸の上で商売していたんだが、ドジ踏んで、しばらくムショに居たのさ」
「ほう」
「そしたら収監されていたオレ達、罪人が革命軍に徴用されて、しばらく南のほうで
「
「ああ。人食いの怪物だよ。・・・ところが数日前に転進命令が出されて、オレたちの部隊は北に行くことになったんだ」
「・・・北?」
ジカイラは頭の中で状況を整理する。
革命軍が戦っているのは、東北戦線と東南戦線が主な戦場であった。
(北と云えば東北戦線しかない)
(カスが居た部隊は、東南戦線から東北戦線に向かっていたって事だ)
(革命政府はメオスとの講和を蹴って、東南戦線の部隊をメオスに差し向けたって事か)
「そうだ。オレ達を乗せた輸送飛空艇が北へ向かう道中で、この町の郊外に止まった。その時にオレは革命軍を脱走したのさ」
「脱走兵かよ」
「そうだ」
「聞かなかった事にするよ」
「すまねぇな。で、お前さんは何しているんだ?」
「海賊からは足を洗って、今は堅気で革命軍士官だ」
ジカイラは、そう言ってカスに階級章を指差して示した。
「中尉!? 出世したな。タケチヨ一家の、あの悪童が革命軍中尉とはな」
「おうよ。稼ぎも良い。おかげで今はこうして女連れだ」
「景気のいい話だな」
「さて、そろそろ帰るわ」
ジカイラはそう言うと、ヒナを連れて席を立とうとする。
「もう帰るのか?」
「おう。コイツを待たせているからな。野暮な事は聞くな」
ジカイラはそう言うと、ヒナを傍らに抱き寄せた。
「ヘヘ。悪かったな。これから、しっぽりお楽しみかよ? じゃあな」
カスは席に座ったまま、酒の入ったグラスをかざして、帰るジカイラ達を見送った。
ジカイラとヒナの二人は、人通りが殆ど無い横丁から表通りに出て、宿舎に戻った。
「ジカさん、今日はありがとう」
安堵したヒナがジカイラにお礼を言った。
「こっちこそ。昔の知り合いとの席に付き合わせて悪かったな」
「ううん。いいの」
ヒナは、自分を部屋まで送ってくれたジカイラの帰る背中が見えなくなるまで、自分の部屋の前で立ち止まって見つめていた。