縁結びの当て馬令嬢①
「あの、秘書官とは?」
動揺で声が微かに震えてしまう。けれども表情は崩れていない筈だ。
例えば宰相の御令息や御息女だとか、学園でトップクラスの成績を修めた才女なら話は皇帝の秘書官と乞われても分かる。だが、タロット占いしか誇れるものが無い者に皇帝の秘書官など務まる筈がない。
「お前の疑問は尤もだが、全て承知の上だから気にするな。言わなくても察していると思うが、お前の事は全て調べさせた。俺はお前自身の口から『縁結びの当て馬令嬢』と呼ばれるようになった経緯を聞きたいんだ。生い立ちや趣味趣向を含めてな。時間はたっぷり取った。気にする事はない」
皇帝は自信たっぷりに言うではないか。
(いや、そういう事ではなくて気にするところもそこではないのですが……)等と言える筈もなく、半ば自虐的に、かつ開き直って話をはじめた。皇帝が言っているのは、要約すれば
『お前の事は全て調べがついている! 包み隠さずお前の口から吐け! 隠し立てするのはお前の為にならんぞ?』
という意味だ。#脅し__・__#とも言えそうだ。フォルティーネだって隠蔽罪に問われたくはない。恥ずかしい件も開き直って話すしかなさそうだ、と腹を括った。
フォルティーネ・エマはリビアングラス侯爵の次女としてこの世に生を受けた。母親は精霊人でθ、父親は獣人族でαだった。五年ほど先に生まれた兄はα、優秀な跡継ぎとして既にその片鱗を見せていたし、三年ほど先に生まれたθの姉もまた幼い頃から才色兼備と言われていた。その為か、良くも悪くも両親はじめ周りは、αでもθでもなく人間のβとして生まれたフォルティーネに何も期待しなかった。
その事が、フォルティーネを卑屈にもさせたし自由気ままにもさせた。
「優秀な御両親の遺伝子を最高に上手く引き継いだ御長男と長女。次女は残りカスで出来てしまった為全てにおいて平凡でお気の毒に」
社交界ではそう噂されているのはよく知っている。貴族は五歳から通う事が義務づけられているシュペール帝国立魔法学園内でも然り。
だが、ドアマットヒロインの物語によくあるように、使用人がフォルティーネを蔑むような事は無かった。家族にはそれなりに愛されていたし、使用人への教育は母が徹底してしっかりとなされていたからだ。ただ、唯一無二の存在として溺愛される事はなかったというだけで。
誰にも期待される事も無かったが、兄姉のような才能に恵まれなくても失望もされなかった。それが寂しかった事もあるが、同時に常識さえ外さなければ何をやっても許されるという自由は魅力的でもあった。そんな風に開き直れるようになったのも『タロットカード』に巡り合ったお陰だ。頑張ってそこそこ上位の成績にはなれるものの、飛びぬけて優秀になる事はなかった。
あれは十歳の時だ、もしかしたら気付かないだけで、自分にも何か才能があるのではないか? 統計学である占いを参考にしてそれを伸ばせば良いのではないか? そんな思いが占いに興味を持つ切っ掛けだった。専属侍女に付き添って貰って鑑定室に入り西洋占星術と易で占って貰ったのを思い出す。占い師は聖母マリア様のような衣装に身を包んだ、淑やかな美人さんだった。
「……あなたは何でも一通りこなせちゃうとても器用な方ね。ただ、器用貧乏になりがちだから気をつけて。世の中、過去も昔も国を問わず真面目で善い人がこの世界を支えて行くものなの。沢山いる縁の下の力持ちさんで、目立たないかもしればいけれど非常に重要なポジションなのよ」
気遣うように占い師は言った。フォルティーネの期待に満ちた眼差しで、
「わたしにも何か才能がないか占ってもらえますか?」
と問う幼い侯爵令嬢に、必死に言葉を選んで伝えてくれた。子供心にも悟った。自分は「その他大勢のモブキャラ」なのだ、という事を。ショックだったけれど、がむしゃらに頑張る必要もないのだ、と気持ちが楽にもなった。それよりも、占い師がテーブルに並べている様々な種類のタロットカードに惹かれた。
「気になる? 自分でも簡単に出来るようになるわよ」
落ち込まないか心配したのだろう、占い師はタロットカードをシャッフルして見せてくれた。それが、タロットカードとの出会いとなった。
瞬く間にその魅力に虜となり、タロット占いにのめり込みストイックに追及する事となる。先ずはタロットカードの歴史から勉強していった。ただ単純に『当たる』だけではない、悩みの根源と本質にヒットする。タロット占いに資格も何もないけれど、これだけは誰にも負けない。フォルティーネの密やかなる自信となった。そうした占いは、魔法のように占いで奇跡を起こして貰おうと他力本願なクライエントには向かない鑑定ではあるのだが。そこをどうして行くのか? それは今後の課題となるだろう。
話を少し戻そう。
母親はミントグリーンの髪に琥珀色の瞳を持つ儚げな美女、父親は藍色の髪と同色の瞳を持つ美丈夫だった。兄はほぼそのまま父親の遺伝子を引き継ぎ、姉は母親のミントグリーンの髪と父親譲りの藍色の瞳を受け継いだ派手な美女へと成長した。
では、フォルティーネは? 両親のどちらにも似なかった。シャンパンの色の髪は厄介な癖毛で、雨の日はあちこち髪が広がってしまう侍女泣かせの髪質。瞳の色は柔らかな紫色だった。唇も鼻も取り立てて美しくもなく、さりとて醜くもなく平凡だった。ただ、丸みを帯びた柔らかな紫色の瞳はシャンパン色の長い睫毛に煙るように縁取られ、くっきりとした幅広の二重瞼と誰よりも大きくその存在を主張していた。幼いころ、誰かが言ってくれた……ように思う。うっすらと残る記憶、フォルティーネにとっては御伽噺のような。
「瞳の色、|匂い紫《ヘリオトロープ》みたいだな。……ミステリアスで綺麗だ」
と。容姿について面と向かってはっきりと褒められた事が無かったフォルティーネはそれ以来、ヘリオトロープはお気に入りの花となり、バニラに似た甘い香りのその香水を仄かにまとうのが日課になっている。ただ、その時の記憶が酷く曖昧過ぎて、いつ何処で誰が言ってくれたのか朧げだ。次第に童話の中の一場面を現実だと誤認識してしまったか、もしくは夢だったのかもしれない……と感じるようになり、18歳の成人の義を迎える頃にはすっかり「夢」だったのだと思うようになっていた。
優秀な両親と長男長女に平凡な次女、思えばこの構図からして生まれながらにして『メインキャラの引き立てる為に生まれたモブ令嬢』という立ち位置だったように思う。
最初の『当て馬令嬢』としての片鱗を見せたのは、僅か四歳の時だった。