第二十七話 本陣潜入
--夜、革命軍宿営地
宿営地は、今日の戦勝でお祭り騒ぎであった。
ユニコーン小隊のメンバーも割り当てられた陣屋で、ささやかながら戦勝祝いの夕食を取っていた。
ハリッシュは、クリシュナの前で格好いいところを見せることが出来たため上機嫌であり、いつも以上に饒舌であった。
ヒナも活躍出来たため、満面の笑みを浮かべ、ハリッシュの話しに相槌をうっていた。
ジカイラは敵将ナブを仕止め損なったため、いささか悔しそうであった。
「惜しかった。もう少しで倒せたんだがなぁ」
ラインハルトがジカイラをフォローする。
「まぁ、敵将に手傷を負わせて、敵軍は撤退したんだ。充分だろう」
ナナイが疑問を呈する。
「街に逃げ込んだ敵軍は、どうするの?」
「すぐには立て直し出来ないだろう。敵の防備の情報が欲しいな」
ラインハルトの答えにナナイは同意する。
「そうね。まずは偵察ね。それと街を戦場にはしたくないわ」
「王国軍に占領されてはいるけど、街の人々はバレンシュテット国民だから、極力、戦火には巻き込みたくない。敵の戦意をくじく方法を考えないとな」
ラインハルトの意見に小隊の皆も同意していた。
「夕食を終えたら偵察に出る。ハリッシュ、ヒナ、ジカイラは休んでいてくれ」
--夜、国境の街ヴァンガーハーフェン
メオス王国軍の本陣がある市役所は、重苦しい空気に包まれていた。
軍議の席でのナブ将軍からの報告は、ポクリオン王や戦闘に参加していなかった隊長達を愕然とさせた。
軍議の議題は、街の防衛をどうするかということであった。
ナブが案を出す。
「まずは、町の外にある程度の部隊を配置し、馬防柵の構築と対魔法壕の掘削だろう」
ガローニが補足する。
「うむ。彼らの攻撃を食い止め、なんとかして講和の機会を掴まんとな」
「勝てるか?」
「帝国軍は非常に強力だ。勝つ事は難しいだろう。負けないよう戦うしかない。それに帝国軍人は誇り高い騎士達だと聞く。町の住民を巻き込むような事はしないだろう」
「そう願いたいな」
「よし。諸君、すぐに取り掛かってくれ」
隊長達は軍議の席を立ち、街の防備構築に取り掛かった。
--深夜、国境の街ヴァンガーハーフェン郊外
ユニコーン小隊は、昼間の戦闘で魔力を使ったハリッシュとヒナ、一騎打ちを行ったジカイラを休息させ、五人で偵察に出る。
ヴァンガーハーフェン郊外の森の中に馬を隠し、クリシュナとティナに馬番をさせる。
ラインハルトとナナイ、ケニーの三人は、ケニーの潜伏スキルを使用して、街に近づき周囲を偵察する。
メオス王国軍は煌々とかがり火を焚きながら、夜通して防御陣地の構築を行っていた。
ラインハルトが望遠鏡で工事の様子をうかがう。
「・・・馬防柵だな。・・・それに壕か」
ラインハルトは場所を指差しながら、ナナイに望遠鏡を渡す。
「馬は使えないわね。街の防備は、木の塀に櫓門と櫓がこちら側に四箇所」
ラインハルトがケニーに尋ねる。
「ケニー、街の中の様子を探れるか?」
「出来るよ。こっそり塀を登って中に忍び込めば」
「よし。概要だけで良いから、探ってきてくれ」
「了解。僕は『潜伏スキル』があるから敵に見つかる事はないけど、僕から離れるとスキルの効果が無くなるから、森の茂みから出ないでね。二人とも目立つから」
「判った」
ケニーはそう言って笑みを浮かべると、鉤付きロープを櫓の死角の塀に投げ掛け、ロープを登って街へ忍び込んでいった。
ラインハルトとナナイは、ケニーから離れたため、森の茂みに身を隠して王国軍の様子を伺う。
「二人きりで前線に出るのは久し振りね。」
ナナイがラインハルトに話し掛ける。
「ガレアスの戦闘以来だな。私とナナイと。ジカイラは甲板だった。」
ラインハルトの答えを聞いたナナイが口元に手を当ててクスリと笑う。
「もう『僕』じゃなくて、『私』なのね」
ラインハルトは鼻で笑う。
「可笑しいかい? 将校がいつまでも『僕』じゃ、他の部隊の手前、立場があるからな。それに・・・」
「それに?」
「もう学生じゃない」
「そうね」
ラインハルトはそう言うと、メオス王国軍の工事現場の方を向いた。
ナナイは、ラインハルトの横顔を見つめる。
強く優しく誇り高い、責任感を持って任務に直向きな
ナナイは、同い年なのにずっと大人びて見えるラインハルトの横顔に見惚れていた。
ケニーは街に忍び込むと、建物の影から表通りの様子を伺った。
表通りは混雑し、随所に臨時の救護所が設けられ、至るところで看護婦が走り回り、先の戦闘の負傷者の手当てが行われていた。
(怪我人がかなり居るんだな)
表通りが混雑している状況は、ケニーにとって好都合であった。
ケニーは、路地裏の小道に入ると、街の中心部へ向けて小走りに駆けていった。
街の中心部には市庁舎があった。
市庁舎の旗立てにはメオス王国軍の旗が翻り、市庁舎の入り口には王国軍の衛兵が歩哨に立っている。
(・・・どうやら此処が本陣)
ケニーは、離れた位置から市庁舎の様子を探る。
(さすがに正面は警戒されている。裏へ回ろう)
ケニーは、市庁舎の裏側へ回った。
どこか忍び込めないかと探していると、二階の窓が開いているのを見つける。
ケニーは、街へ侵入する時に使った鉤付きロープを引っ掛け、二階の窓から市庁舎の中へ潜入する。
潜入した途端、異臭がケニーの鼻に付く。
(げげっ! 便所の窓だったのか。どおりで臭いはず)
便所の中から薄暗い廊下の様子を伺う。
(ほとんど人通りは無いな・・・)
ケニーは、廊下から二階の各部屋を探る。
豪華な装飾が施されたドアの市長室から話し声が聴こえる。
ケニーはドアに耳をあて、室内の会話に聞き耳を立てる。
「陛下、もはやこの街も最前線となりました。
「余は、我が兵と共にある」
(陛下!? メオス王国の国王がこの街に居るのか??)
ケニーがドアの向こうの話し声に聞き耳を立てていると、メオス王国軍の軍人が廊下に現れた。
「おい! お前、そこで何をしている!?」
(しまった!!)
驚いたケニーが声のした方向を見ると、兜に鶏の頭のような飾りをつけた軍人が、円盾と手斧を構えて向かってくる。
「曲者め!!」
ケニーは、両手で二本のショートソード『ケニー・スペシャル』を抜くと、構えの姿勢をとる。
「メオス王国軍、四番隊隊長クルト・クルだ! 行くぞ! 曲者!!」
そう言うとクルトはケニーに斬り掛かってくる。
ケニーは、クルトが大きく振りかぶって斬り付けてきた手斧の一撃を、身を盾側に大きく寄せて、しゃがんで避けた。
そして、すれ違い様にクルトの足に足払いを掛ける。
右手に手斧、左手に円盾を持っていたクルトは、バランスを崩して顔から転び、顔を床に打ち付けた。
「おあっ!? ヒブッ!!」
クルトが間の抜けた嗚咽を漏らす。
薄暗い廊下に金属音と肉の塊が床に落ちる音が響く。
ケニーはショートソードを腰に戻し、素早く走り去る。
クルトは、ヨロヨロとよろけながら起き上がり、走り去ろうとするケニーに向かって言う。
「ぐぬぬぬ。小賢しい真似をしおって! 貴様に『戦士の誇り』は無いのか!!」
ケニーは振り返るとクルトに向かって告げる。
「僕は、戦士じゃないんでね! アディオス!!」
ケニーはそう言って、一度、クルトに向かって右手を開いて握ってみせると、侵入してきたトイレに向かって走り出した。
ケニーは、侵入した時に通った市役所の二階のトイレの窓から地上へ飛び降り、街の路地裏に姿を隠す。
「曲者だー! 賊が侵入したぞ! 門を固めろ!!」
本陣がある市役所の正面玄関のあたりから叫ぶ声がケニーに聞こえてくる。
(僕が入ってきたのは、門じゃないんだけどな)
再びケニーは街に潜入した経路を戻って塀を越え、街の外に逃れた。
「お待たせ。戻ってきたよ」
ケニーが街の探索から戻ってきた。
ナナイがケニーに労いの言葉を掛ける。
「お帰りなさい。ご苦労さま」
「宿営地に引き上げる。詳細は帰ってから話そう」
ラインハルトはそう言うと、撤収を指示する。
三人は馬番をしていたクリシュナとヒナの二人と合流し、宿営地に引き上げた。