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ええ。この度、最愛の婚約者に『魂の番』が現れてしまいまして……

 フォルティーネ・エマ・リビアングラス侯爵令嬢はその時、半ばヤケクソになっていた。そうでなければ、あの#冷酷非道な暴君__・__#として名を馳せている皇帝を目の前にして平静でいられたという説明がつかない。皇帝と一旦別れた後から、背筋に悪寒が走ると同時に徐々に鳥肌が立ち、膝から崩れ落ちたあの恐怖の感覚を今でも鮮明に覚えている。

 その当時に時を戻してみよう。

 「……これから、どうしましょう? いっそ、魔術掲示板を利用して顔出しをせずにミステリアスを演出して個人でやって行こうかしら? それとも、『当て馬令嬢フォルティーネの縁結び鑑定』とか打ち出してみる? 最早出会うのは伝説の領域と言われる『魂の番』に出会えるかも?! とか。開き直って『ええ、タイトル通り。この度、最愛の婚約者に「魂の番」現れてしまいまして』とでもしてみようかしら」

 その時、未来に希望を見出せず思考が停止していた。とにかく、生きて行く為に行動を起こすのみ、と得意の占いを活かそうと『ギルド』へと連日足を運んだ。そこで、『占い師所属事務所』を紹介されるも、使用期間三か月にも満たない数日で解雇となってしまうこと七回。解雇の原因は……

 「占いの技術は問題無いです。しかし、何せ客商売ですので。クライエントには#事実__・__#よりも#夢__・__#を与えて次に結びつける事が大切かと」

 という事だった。相談内容は、大半が恋愛に関する事で圧倒的に不倫や略奪、二股以上の事での悩み事だった。そこで、鑑定結果の通りをそのまま「成就は困難」である事を伝えたのがクレームに繋がってしまうらしい。つまり、占いには現実的なアドバイスや正論よりも#不可能を可能にするような奇跡の力__・__#を求めており、そのような鑑定を演出する力に長け、巧みにリピーターを獲得し開運グッズ購入に結びつける商才に溢れた占い師が望まれるというのだ。

 「ダメなものはダメと現実をしっかり知った上でどう行動すれは良いのか? それをアドバイスするのが『占い』の本質ではないの? 人の気持ちを操作支配なんて出来る訳ないのだから、#奇跡の魔法__・__#を求めるなら『占い』ではなく『魔導士』や『魔女』のところへ行きなさいよ。呪術の領域で違法スレスレなんだから」

 怒りのあまり人気の無い王立公園のニワトコの木の下で、ついついひとりごちてしまった。何せ、相思相愛だった筈の婚約者が『魂の番』とやらに出会ってしまい、大公妃となるつもりで精進していた日常が崩壊してしまったのだ。人目の無いところで、かつ念の為盗み聞きを防ぐ為に簡単ではあるが『防音魔法』もかけた事だし、少しくらい感情を吐露してみても罰は当たらないだろう。

 「ほう? それは実に興味深い」

いきなり背後より響いた深みと艶のある声に、『心臓が口から飛び出る』という表現がこの時ほどピッタリだと感じた事は無かった。ベンチより飛び上がるような形で立ち上がり、許可無く防音魔法を破り唐突に話しかけて来た不躾な声の主を見やる。

 「あ、あなたは……」

驚愕のあまり、それ以上声を失ってしまった。そこには高身長でしなかやな体つき、純白の軍服に皇族の紋章が彫られた銀色のボタンとカフス、純金の勲章やチェーンの飾り。サラリと流れるプラチナブロンドの髪は陽の光集めたかのよう。髪と同色の長い睫毛に囲まれたアーモンド形の瞳は、グレーがかったインディゴブルーだ。射貫くような強い輝きを放つ双眸は、さながら磨き上げられた最高品質の『ロンドンブルートパーズ』を連想させる。内側から光を放つかのような象げ色の肌。芸術の神が丹精に創作したとしか思えないほどの繊細で端正な顔立ち。それらのどれを取ってみても、ここエーデルシュタイン帝国の皇帝、冷酷非道の暴君、冷血皇帝、氷の皇帝……等と異名を持つランハート・ルイ・ギベオン、その人である事を示していた。

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