有り難迷惑な申出
「私はただ呼び止めただけで、彼女から品物を返してきましたし」
実際は投げつけてきたのだが、是非お礼をと言われて、アリッサは断る気まんまんだった。
彼女が騎士団や王宮での仕事ではなく、個人の家で働こうと思ったのは、貴族や騎士団と関わりたくないからだ。
日本と同じくらいの人口があるこの国で、目立たず暮らしていいればこの先関わらないでいられる。
だから元騎士団に所属していた貴族とお近づきになるつもりはまったくない。
「食事も喉を通らないほど怯えておられたなら、悪いことをされたと反省されているようですし、それでいいではありませんか」
こうなるとわかっていたら、雑貨店に行ったことも知らない振りをすればよかった。
しかし店の主人にベルトラン家で働いていると話してしまったし、遅かれ早かれアリッサのことなど調べた付いたとは思う。
「侯爵様にも、何もいらないとお伝えください。お嬢様のことは口外しないとも」
もしかしたら口止めに来たのかもしれないと思い立ち、そう付け加えた。
しかし、彼は引き下がらなかった。
「そういう訳にはまいりません。必ずその方を探しだし、お嬢様に直接お礼を言わせるようにと、主から命令されておりますれば、是非とも一度侯爵家にお越しください」
「融通が利かない。くそ真面目か」
「はい?」
「あ、いえ、何でもありません」
思わず心の声が漏れた。彼がくそ真面目なのか、それとも侯爵がそうなのか。騎士団に勤めていたといっても、必ずしも実直でストイックとは限らないが、どうやらエルネスト・カスティリーニという人物は、目の前の代理人同様、四角四面な人物らしい。
「とにかく、私はここの奥様のお世話をするために雇われております。お嬢様も反省されていらっしゃるようですし、お気持ちだけで十分でございますと、お伝えください」
「そんな、それでは私が主に叱られてしまいます」
「そうおっしゃられても、礼は不要と言っている相手に、お礼の押し売りをされるのもどうかと思います」
はっきり言って有り難迷惑だと、そんな気持ちを込めて言った。
「しかし・・」
「アリッサ、彼も困っている。一度だけ、招待に応じてはどうかな」
「ロドニー様」
見かねたロドニーが口を挟んだ。雇い主で、立派な方だと尊敬していなければ睨み付けたところだ。
「ベルトラン卿」
味方を得たと、彼はロドニーをキラキラした目で見つめた。
「ですが、旦那様。私は・・」
「少しぐらいなら大丈夫だ」
「ですが、そう仰って二週間前も奥様がお怪我を・・」
「それは私も反省している。まだまだ私も彼女の身体のことで、どう対応すればいいか知らないことが多すぎる。しかし、君だって具合が悪くて寝込むこともあるだろう。君に任せきりというのはどうかと、マージョリーとも話していたのだ」
「治療に積極的に取り組まれるのはいいことですが、私はそのために雇われているんですから気になさらないでください」
ここに来てまだ二ヶ月半。マージョリーはまだまだリハビリは必要だし、脳梗塞は再発する可能性がある。
「もちろん、君を解雇するとかそういう意味ではないから、勘違いしないでくれ。君が来てくれてマージョリーの体調も少しずつ良くなってきて、感謝しているよ」
「ありがとうございます」
「あの、アリッサ様はベルトラン家の使用人なのですよね」
「はい」
「だが、ただの使用人ではない。私の妻の看護人だ。ちゃんとオルノー看護学校で二年間勉強をして、一番優秀だったんだ。しかも美人で品も良い」
成績優秀は認めるが、美人とかの評価は看護に関係ないとは思う。しかしロドニーの言葉に彼も頷いた。
「そうなのですか。私はてっきりメイドだと・・」
「帰って侯爵にお伝えください。どうしてもとおっしゃるなら彼女をうかがわせますが、本人は乗り気ではない。お気を悪くされないといいのですが、ご理解ください」
「侯爵閣下とドロシー嬢のお気持ちは嬉しく思いますが、私は当たり前のことをしたと思っています。ですから、この件で特に感謝していただく必要はありません」
「わかりました。残念ですが、帰ってそのように主に伝えます」
ガルバンは残念そうだったが、彼女の事情もわかってくれたようで、これで侯爵も引き下がってくれることを祈るばかりだった。