「アカリ」
意味深に笑ってみせると、老人の全身から強烈な魔力が発せられた。圧倒的なまでの存在感に気圧されてしまいそうになるが、なんとか持ちこたえる。だが同時に恐怖を感じた。一体何が起こっているというのだろう?
「お主は死んだ。私が殺したのだから」
「!」
驚き、そして困惑した。自分がこの男によって殺された?いやいや、あり得ないって!だって彼は僕の親友であり、そして何より僕なんかよりもずっと強い存在なのだから! だが、現実としてここに居るはずの人物は自分と全く違う人物であり、その言葉に嘘偽りはないのだろうと感じる。だからこそ混乱してしまうのだ。
「お主には死んでもらう必要があったのだよ」
続けて言われるものの実感は全く湧かない。そもそもこの人は誰なんだ!?この人がどうして僕を殺す必要があったというんだ!? 疑問は尽きないがとにかく今は話を聞かなければならないと思う。それに……ここで死ぬつもりは微塵もなかったし。僕は彼を真っ直ぐに見据えると口を開いた。
「どういう理由で、どうして僕を殺したのか。聞かせて下さい」
「良いとも」
あっさりと肯定された。どうやら聞いてくれるような雰囲気だ。ひとまずホッとする。……とはいえ安心するのは早いのかもしれないけれど。
ともかく僕はこの世界に来た経緯を思い出していくのだった。
◆
「つまりお主は勇者召喚に巻き込まれたのじゃ」
アルスランさんの説明を聞き終えた僕は、その言葉の意味を理解出来ずにいた。
「ゆ、ゆうしゃ?」
「うむ」
なんでもこの世界では魔王と呼ばれる存在による侵略が進んでおり、既にいくつかの街が滅ぼされているのだという。そのため人々は魔物への対抗手段として異世界から力ある存在を呼び寄せる事にしたのだそうだ。
「そしてお主は選ばれたのじゃ」
「そ、そんな……」
「ふふふ、驚くのも無理はない」
だが、まだ希望はあると彼は言った。
「実はの、お主以外にもこちらに呼ばれてきた者達が居たのじゃ」
それはこの世界の人間ではない存在。異界からの来訪者。すなわち僕と同じ日本人であったという。
「でも、どうして……」
「ふふ、それは勿論、お主の存在があったからじゃよ」
本来であれば召喚されるはずでは無かった僕が巻き込まれてしまったため、結果として勇者達がこちらに呼ばれる事になったのだと言われた。
だがそれは、僕が死ねば良かったという話で……。
(……あ)
そこでようやく気付いた。……なるほどね。そういうことか……。僕が死んだら良かったんだな……。
(ふぅん。だったらバスタードソード貸してやるから死ねよ)…………。
(……何だ今のは?)
一瞬だけ変な映像が頭に浮かび、消えた。……あれは、何だったのだろうか。
「お主を喚ぶにあたって必要なのは大量の魔力なのじゃ」
故に彼はその魔力を得る為に多くの命を奪い、血を捧げ、そして最後におのれの命も投げ捨てたのだとアルスランは言う。
「じゃがお主がこうして生きている以上、その試みは失敗したと言える」
「そうですか」
淡々と答える。もう、何もかもがどうでもいい気分だった。誰かを殺しまくってスッキリしたい。突然殺意がみなぎってきた。
「俺が失敗作だと? この野郎。人をバカにするのもいい加減にしろ。死ね!」
俺は彼に殴りかかった。しかし彼は余裕で避けた。ムカつく。もう一度攻撃するが、これも避けられる。腹が立つぜ畜生め。
それからしばらくの間、彼への攻撃を続けると急に眠くなってきた。
「……な、何? これは、いったい……」
頭がぼーっとしてきた。意識が遠ざかる。次の瞬間。俺は新宿の路上で女子高生をボコボコに殴り殺していた。悲鳴と血しぶきが舞う。ああ気持ちが良い。最高だ。興奮が収まらない。まだまだ足りない。
もっとだ。もっと殴らせろ。
「いいや、終わりさ」
いつの間にか近くに居た彼が告げる。……終わった?……何が終わったというのだろう?……そんな事はどうでも良いじゃないか。どうせもうすぐ死ぬんだし。
「さっきの話を覚えてるかい?」……何か言っていたっけ。……思い出せない。
『…………』
無言で続きを促すも返事は無い。
「君が死んだらどうなると思う?」……?……分からない。そんなの考えた事も無かったから。……どうするのだろう?……やっぱり殺されるのだろうか?……いやいやそんな訳無いだろうに。いくら何でも殺されはしないよね?……だって彼は僕の友達だし、」
「もう友達じゃねえよ。お前を殺す!」
彼が叫んだ瞬間。首筋に強い衝撃を受けた。身体から力が抜けていき、そのまま地面に倒れ込む。意識を失う直前。彼の手の中に光るものが見えたが、それを確認する間もなく僕の視界は闇に染まったのであった……。
「ここはマーズたこやきオペラ」の世界だ。お前はマーズ様の御命令によりたこやきオペラの踊り子となるのだ。さぁ、女らしく身支度を整えろ」「いやですわ!」
「うるさい。さっさと来い。お前には拒否権なんてないんだよ!」
私は必死で逃げようとする。すると男が鞭で私を打った。痛みで思わず足が止まる。
「ほら、行くぞ」
再び腕を引っ張られると私は舞台へと連れて行かれた。そこでは二人の女性が楽しげに踊っているのが見える。一人の女性に目を奪われた私は息をすることすら忘れていた。……なんて美しい女性なんでしょう!あの人のようになりたい!強く願ったその時だった。私の体は光に包まれたかと思うと一瞬にして変化してしまったではないか!そう、まるで変身したかのような感覚だ。
私はその力で彼女に近づくとダンスを申し込んだ。
「はい」彼女は微笑むと私の手を優しく握ってくれた。……ああ、素敵だわ。こんなにドキドキするのは生まれて初めてかもしれない。すると彼女が話しかけてくる。
「ところで貴女のお名前は?」
「アカリ」と素直に答えた。「良い名前ね」と言ってくれた彼女に心を奪われる。それからしばらく一緒に踊ると彼女は去っていった。……待って。行かないで!お願い!そう叫ぶと体が熱くなり、気が付けば元の性別に戻っていた。「あら残念。もう少し貴方と一緒に踊りたかったのだけれど」……私は自分の運命を悟った。きっとこのままここに居れば、ろくでもない結末を迎える事になるだろう。ならば……今しかない。意を決すると彼女を見つめた。
「……あ、あなたを、お慕いし、しています。どうか私をお傍においてくださいませんか?」……そう言って告白すると、相手は少し困ったような表情を浮かべると、こう答えた。「ありがとうございます。でも、ごめんなさい。今はお断りさせていただきます」
ガーンとショックを受ける。「えっ!?」と驚くと同時に目の前の相手が憎くなる。そして、怒りに任せて掴みかかろうとした時だった。不意を突かれて押し倒されてしまう。馬乗りになった相手を見るとニヤッと笑われたような気がしてゾクっと背筋に悪寒が走った。
それからは地獄だった。
まず殴られて蹴られた。何度もだ。それからはナイフを取り出されると切りつけられたりもしたし、首を絞められそうになったりもしたし、水をかけられたり、火のついた煙草を押し付けられたりもした(火傷の跡が残っているのはそのせい)。また他にも様々な嫌がらせをされたのだが、それはここでは割愛させていただく。